31・『血の無き絆』
「……ちっ」
私は小さく舌打ちをする。それは目の前の人には隙というものがないからだ。
右に動いて掴んで投げ飛ばすとみて足払いをしようか? いや多分、かわされて私の方が投げ飛ばされそうだ……。
そんな風に考えていたが、相手は考える時間を与えてはくれなかった。目の前の人はいきなり動くと、私との距離を詰めよってきたのだ。一瞬の出来事であり、考え事をしていた為少し反応が遅れたがなんとか相手の蹴りを避ける。
だけど、避けるのに必死だったため体勢を立て直すと相手を見失ってしまう。
こんな時は相手の魔力を感じ取とれば……って相手は《魔力なし》だから無理じゃね!?
なんとか魔素の流れで相手の位置を割り出したが時すでに遅し。後ろを振り返った所で相手に胸ぐらを掴まれてそのまま投げ飛ばされた。
「いだっ」
背中を地面に叩きつけられて、そんなうめき声を上げる。
「まだまだ、修行が足りないんじゃなくて、ラクサ?」
「エミリーが強すぎるだけじゃないかな……」
見上げる先には、空色の瞳と同じ色の花の髪飾りをしたエミリーがいた。
最近良く思うのだ。この世界の人は前世の世界の人と体の作りからして違うんじゃないかって。エミリーと戦っているとそう思えてくる。
「勝負あり! 勝ったのはまたエミリーか。ラクサは肉弾戦にとことん弱いな」
そんなマグナスさんことギルドマスターの声が聞こえてくる。
確かに私は武器を持たない肉弾戦は苦手だ。それは魔素を十分に活かせないからであり、魔素を操るのに刀もしくは長い棒のような物が必要だからだった。
何も持っていない状態だと何もできないと言っていいだろう。
「刀があれば、勝てるのになぁ」
「そうやってすぐ剣に頼ろうとするのはよくないわよ。もし、剣が手にない武器がない状態の時に、魔物に襲われたらどうするのよ」
もしも、そんなことがあったら? そんな時に取る行動は決まっている。
「魔素移動で全力で逃げる!」
武器を持ってないのに勝てるわけないじゃないか。逃げるが勝ちだよ。だけど、私の答えを聞いたエミリーは呆れた表情をしていた。
「……貴方ねぇ。大体、刀が無ければ魔素移動だって完全に使いこなせないじゃないのよ!」
「さ、最近は少しは流れを乗りこなせるようになったよ!」
魔素移動の仕方は二通りある。自然に流れている魔素の流れに乗る事と、自分で流れを作ってしまう事だ。
自分で流れを作れば、流れの方向も自由自在だし、こちらの方が速く移動できる。しかし、刀などの魔素を操る道具が必要だ。道具が無ければできない。
「あと、魔力を感じ取って相手の位置を特定しようとしていたでしょ? 結局失敗して動きが遅れていたわ。魔力や魔素に頼りすぎるのも良くないわよ」
ギクリ。ちょっと戸惑って動きが遅れただけなのになぁ……。たったそれだけだったのによく分かったね、エミリーさん。魔力や魔素に頼りすぎるのは良くないか、確かにその通りなんだけど……。
「確かに、エミリーの言うとおりだよ。だけどさ! 私から刀と魔素と魔力を取ったら何も残らないよ! 何も出来ないよ!」
いまさら魔素に頼るなと言われても、無理だ。そんな主張をしてみたのだか、何だがエミリーの様子が怒っているみたいだった。
あ、そう言えばエミリーは……。
「それは《魔力なし》の私には、さらに何もないって事でいいのかしら?」
先程の言葉は失言だと気づいたが遅かった。エミリーは腕を組んでこちらを睨みつけている。怖いよ!
「……えっとごめんなさい。でも、エミリーは武器を持ってなくても強いからいいじゃないか」
基礎的な強さで言えば、エミリーのほうが強いだろう。彼女とフェアな条件、先ほどの武器を持たない試合などでは彼女に勝ったことは一度もないのだ。
「そうだな、素の実力は申し分ない。最近は銃を使い出した事だし、この先もっと良い武器が手に入れば、エミリーはBランクになれるかもしれないな」
自分の子供を自慢するような感じで、エミリーの事について語ったギルドマスターだった。
マスターがBランクになれる程の実力と言うからには、やっぱりエミリーは強いということか。
エミリーは《魔力なし》だけど、何か戦いの才能みたいなものがあるのかもしれない。
もし、彼女が魔法を使うことができれば、とっくにBランクになっていそうだ。
「な、何を言っているのよ、二人共! 私はそんなに強くないわよ!」
褒められたのが嬉しかったのか、顔を真っ赤にしてそんな事を言うエミリーだった。
「おっと、もうこんな時間か。俺は昼飯を食べに行くがお前らも一緒に来るか?」
「はい、もちろんです!」
私はすぐに返答したが、エミリーは少しだけ悩んだ後答えた。
「マスターが奢ってくれるなら、私も付いていくわよ」
「……元からそのつもりだ。前に一緒に食いに行った時も俺が奢っているだろ」
「確認よ、確認。まぁ奢ってくれるみたいだし、私も行くわ」
やれやれと言った感じのマスターと少しだけ嬉しそうなエミリー。
……二人を見ているとちょっと微笑ましいく思う。時々、本当に親子なんじゃないかと思ってしまう。まぁ、全然似ても似つかない二人なんだけどさ。
「ラクサ! 置いて行くわよ」
「……あ、待って! 置いてかないでよ!」
二人共すでに訓練所の入り口に移動している。私は二人に追い付くために走った。
マスター達と共に、グラシードの街の大通りを歩く。この街に来て三年が経とうとしていた。
私は十三歳になった。だけど、まだCランクのままだ。
早くBランクになりたいとは思う。Bランクになるためにはギルドマスターの許可が必要だ。マスターがBランクの資格がありそうな人を見つけると、その人に昇格試験を受けさせ、見事合格すればBランクになれるのだ。中には試験なしでBランクに上がる者もいるらしいが、一般的には昇格試験を受ける。
Cランクに上がる時にも一応試験はあるが、私の場合はなかった。試験を受けなくてもよい実力だとマスターは思ったのだろう。
そんな事を思いながら、チラリとマスターを見る。
……その顔は相変わらず、怖い顔で図体の大きいマスターなので怖さが倍増だ。
怖かったので少し視線を逸らすと私と同じように、すれ違う人の中にはマスターの顔を見て、怖がっていた人達がいた。
「なんだぁ、人の顔をジロジロ見やがってぇ」
そんな反応をする人達が気になるのか、マスターがそちらを向く。
マスター、そんな怖い顔でそんな言葉を言いながらそんな事したら……。
「ひいい! ごめんなさいいいい!」
私の思った通り、彼らは逃げるように何処かへ走って行った。
「……あいつら冒険者だろ。人の顔見ただけでビビって逃げてるんじゃねぇよ、たく」
逃げていった彼らの背を見ながら、マスターは愚痴るように言う。だけど、少しだけしょんぼりした雰囲気な気がする。
「マスターはもう少し気をつけたほうが良いですよ。普通にしているだけの時でも、心臓が止まりそうなくらいに怖い顔面凶器なんですから」
項垂れるマスターに、とどめを差すようにドストレートに言い放ったのはアンナさんだった。彼女も一緒にお昼ご飯を食べに行く為に、というよりはマスターの奢り目当てで付いて来ていたのだが……。
正直に言おう、連れて来ないほうが良かった!
更に落ち込んでいる様子のマスターを見ているとそう思う。アンナさんは悪気はないようなのだが、だからこそ始末が悪い。天然毒舌、恐るべし。
「マスター、元気を出してください! 顔が怖いって言ってもそんなに怖くないですから!」
「……本当か?」
下を向いていたマスターはこちらを見るために顔を上げたのだが……。目には涙を溜めており、泣き出さないように我慢しているのか少し歪んだその顔は……。
「ひっ」
思わず、悲鳴が出てしまうくらいに怖かった。
「……おい」
「……ごめんなさい、マスター。どうやら私にはその顔はやっぱり怖いと感じるようです」
そんな顔と低い声が怖くて、マスターを直視せずに謝る。……ごめんね、マスター。悪気は無いんだって。
「……もう何やってるのよ! 確かにマスターの顔は怖いわ、でもその顔だって役に立つ時があるんだからそれで良いじゃないの!」
そんな私達のやり取りを見ていたエミリーがイライラしたように言う。
「エミリー……」
「その顔でひと睨みすれば、弱い魔物なんてビビって逃げるじゃないの。無駄な戦闘を回避できるわ、便利じゃないの」
「本当に、そうか……?」
「そうなのよ。……私はマスターの顔は怖いとは思うけど、嫌いじゃないわよ」
少しだけ照れるように言ったエミリーだった。
「そうか、怖いけど嫌いじゃないのか。……嫌いじゃない、か」
そしてそんなエミリーの言葉を聞いて、マスターはとても嬉しそうだった。今にも嬉し泣きしそうなほどだ。
「こんな所で泣かないで頂戴! ほら、さっさと飯屋に行くわよ! もうすぐ混雑してしまう時間だわ!」
そう言ってエミリーはスタスタと歩いて行く。
「マスター、私も顔は嫌いではないですよ。……怖いだけです」
「私もですよ。確かにマスターの顔は顔面凶器ですが、たまに迷惑な冒険者相手に役に立つ顔ですから」
私とアンナさんがそれぞれマスターに言う。
「怖い顔でも役に立つか……」
嬉しそうに呟いたマスターはどうやら元気を取り戻したようで、エミリーを追うように歩き出した。
私とアンナさんも二人を追うように歩き出す。
だけど、少し歩いた所、丁度街の中心辺りにある広い広場に近づいた辺りで足が止まる。その先は大量の数の人が集まっていて、この前を進むのは困難なほどだと思えるくらいだ。
人だかりの前で立ち往生していたエミリーに声をかける。
「ねぇ、エミリー! この人だかりは一体なんなの?」
するとエミリーは、こちらを振り返って困ったように言う。
「どうやら、竜神教の司教様がこの街にやってきたみたいよ」
「司教様?」
「ああ、今年だったか」
マスターは何かを思い出したように呟く。竜神教の聖職者らしいが私にはよく分からない。
「まぁ司教様が!? ……これは一目見ておかないと!」
アンナさんがなんかミーハーな感じで興奮したように言うと、何故か私とエミリーの腕を掴んだ。
「ちょっと! アンナさん!?」
「何するのよ!?」
「司教様はそれはそれはお美しいお方なのです! こんな辺鄙な街に来てくださるのなんて滅多に無いことなのですよ! そのお姿を拝見できるのも今この瞬間だけなのです! だから今から見に行きますよ!」
そう言ってアンナさんは、私達を引きずるように広場の中心、人だかりに向かって歩き出す。
「だからってなんで私達まで!?」
「そうよ! 別に司教様の顔なんてどうでもいいわよ!」
「いいえ、見るべきです。二人共、司教様のお姿を拝見をしたことがないのだから、そんな事を言ってしまわれるのですね。あの姿を一目見れば、きっと生きていて良かったと思えるほどなのですよ!」
意外に力の強いアンナさんに引きづられながら私達は、広場に連れて行かれる。
「……まぁ行って来い」
そんな私達に、苦笑しながら手を振るマスターだった。
私達は仕方なくアンナさんに連れられて、人だかりの中心を目指す。野次馬の大人達をかき分けて進むのは、少し大きくなったとはいえ、子供の私達には辛い。
それにしても、野次馬の人達はほとんど女性ばかりだった。先程、アンナさんが司教様は美しい方だと言っていたから、イケメンなのだろうか?
「ほら、あのお方が司教様のラザラス様ですよ」
アンナさんは嬉しそうに言う。私はアンナさんの声に釣られるように前を見た。
人だかりの中心、円を描くようにポッカリと開いた空間。そこには竜騎士団と思われる鎧を着た護衛達に囲まれて、話をしている二人。
片方はこの街の教会を任されている神父様。
そして、その隣にいたのは、陽の光のような金髪とエメラルドのような緑の瞳の優しそうな青年。白い神官のような服装がよく似合う、イケメンといったところか。
「ああ、やはりいつ見ても美しいですね。人間であるのがもったいないくらいです。エルフであればあの美しさももう少し長く見れるというのに……」
エルフであるアンナさんは残念そうに、ため息をつきながら言った。
聞けば司教様は三十五歳らしいのだ。らしいというのは彼が孤児であるため、正確な誕生日は分からないからである。それでも三十歳は超えているのは確かだそうだ。
本当にこの世界の人って歳を取らないんじゃないかな? だってどう見ても外見二十歳だよ! あれか、イケメンだからそう見えるのか!?
「まったく、確かに顔はいいけどこんなに騒ぐことかしら? 私には全く分からないわ」
うんざりしたようなエミリーの声が隣から聞こえてきた。
「同感だね。まぁ竜神教の偉い人みたいだし、これだけの騒ぎになるのも仕方ないのかも」
竜神教の司教様でしかもイケメン。世の乙女が騒がないはずがない。
まぁ、目の保養にはなるけど私は全く興味は湧かないけどね。
だってさ、一応好きな人が居ますから。前世の人だからもう会えないけど。……そろそろ、この恋を諦めるべきか。
そんな事を思っていると、隣から声が聞こえる。
「ねぇ、もういいでしょう。さっさとご飯を食べに行きましょうよ」
エミリーは司教様から顔を逸らすように言う。
なんだろう? 司教様に顔を見られたくないのかな?
あ、そっか、エミリーは《魔力なし》だからか。《魔力なし》だから、あまり竜神教と関わりたくないのかもしれない。
私も、あんまり関わりたくはない。
「そうだね。ほらアンナさん、行きますよ!」
「えっ!? ちょっと待って下さい、もう少しだけ! もう少しだけ! あの麗しいお姿をもう少しだけ見させてください!」
「ダメよ、マスターを待たせていることを忘れないで頂戴。ほら、早く行くわよ!」
来た時とは逆に私達がアンナさんを引き連れて、人だかりから離れていった。




