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2・『生きる決意』





「どうかしたのか?」


 黒髪の人……今世の私の父親が心配するように声をかけた。


「うん、ちょっとね……」


 朝の出来事のショックが大きすぎるのか、私は見ただけで元気がないと分かるらしい。


 家の中に戻った私はソファに体重をだらしなく預けて座っている。


 あの本は自然魔法について書かれていた。

 自然魔法は数ある魔法の中では、一番消費する魔力が多いらしい。


 だから魔力が足りないだけかもしれない。

 ……属性なしではないと思いたい。


「……本当か?」


 ソファの近くに立ち、鋭い瞳をさらに鋭くさせてこちらを見てくる父親。

 外見がイケメンなだけあって迫力は凄まじい。


 なんで……そんな怖い顔するんですか。ちょっと魔法が使えなくて元気が無いだけなのに……。


「なんでもないですよ、えっと……」


 そこで言葉が止まる。……この人の事、なんて呼べばいいんだ?


 父親だからお父さん? でも、このイケメンをお父さんとは恐れ多くて呼びにくいぞ。

 それに前世の父親の事をお父さんと呼んでいたから、そちらのイメージに引きずられる。


 パパ? パパはもっと呼びにくい気がする。お父様……様を付けるほどではないし……。


 ――あ、これだ!


「父上、私は大丈夫です。だからそんな怖い顔しないでください」


 うん、この呼び方なら良いだろう。

 私は一人納得していると父上の鋭かった目が一瞬だけ見開き驚いたものへと変わった気がする。


「そうか。……だがそんなに怖い顔をしていたのか?」


 なんだろう? 父上は驚いているようだったけど、それは自分が怖い顔をしていたことについてじゃない気がする。


 あ、そうか! 喋り方だ。三歳の子供の喋り方にしては、先程の私の喋り方は大人過ぎた。


「……そんなにこわくなかったよ? それでちちうえ! あの、ははうえはどこにいるの?」


 私は必死に三歳児の子供ぽい喋り方をして話題を逸らす。

 喋り方だけでなく行動とかも演技するか……。

 一応前世では演劇部だったから、こういうのは得意なんだ。


 ――そういえばもうすぐ学園祭の演劇があったな……。部長大丈夫かな?


 思考が過去に遡りそうだったのを必死で止めた。思い出してもあそこには戻れない。


 そんな風に考え事をしていたから、目の前の人の異変に気づくのが遅れた。


「ちちうえ?」

「……ルシアは、お前の母親はいないだろ。俺だけじゃ……父親だけは不満なのか?」


 それはとても小さな震えるような声だった。そんな声を出した父上の顔は酷く歪んだもので苦しそうだ。


 ――ああ、そうだった。私の母親はもうこの世には居なかったよね。


 記憶を頼りに私は窓際に置かれた一つの写真立ての方を見る。

 写しの魔法と呼ばれる魔法によって撮られた写真には、父上と共に淡い金髪と青い瞳を持つ美しい女性が写っている。


 思い出した記憶によるとこの女性、今世の私の母親は私を産んですぐに亡くなっていた。









 外に出れば少し肌寒い風が私を通り過ぎていく。

 今朝見えていた家の裏に広がる森は紅葉しており、今の時期が秋であると教えてくれる。


「これから、どうしようかな……」


 舞い落ちる落ち葉を見ながら、一人呟く。


 あの後、父上の側にいるのが気まずくなり家の外に出たはいいがする事はない。

 いや、今よりも『これから』について考えたほうが良いのかもしれない。


 前世を思い出した今の私は、これからどうするべきなんだろう?

 はっきり言って、前世の世界に戻れるなら戻りたい。


 ……だって、私の人生は幸せだったから。

 家族がいて親友がいて、好きな人がいて。


 そういえば、部長とは恋人同士になったばかりだったなぁ……。

 ずっと好きだった人に告白されたばかりだったのに、気づけばこんな見知らぬ場所に一人いる。


「……戻りたいな」


 ふと目の前に広がる森の中に何やら動く人影らしき存在を見つける。


「誰だろう?」


 人影は小さな子どものような感じだった気がする。

 私はその人影が気になり追うように森へと向かっていった。










「ねぇ、誰かいるの?」


 声を呼びかけるが帰ってくる声はない。

 周囲は木に囲まれ、足元は落ち葉の絨毯で歩く度に足が取られ歩きにくい。


「誰もいないのー?」


 その時、声に反応するように目の前の草むらが揺れた。

 そして、草の中から現れたのは……人間ではなかった。


 小さな子どもの人型ではあるが、肌の色は緑色でその顔は人間ではなく尖った耳と釣り上がった獣のような目。

 ファンタジーゲームなどに出てくるゴブリンとよく似た生物が目の前にいた。


 ゴブリンは私の姿を見るや手にした錆びた剣で私に斬りかかろうと迫ってくる。


 でも、私は動けなかった。いや、動かなかった。

 私の目はゴブリンの持つ、剣先を見つめる。


 ――あの剣で刺されたら、死ぬのかな?


 錆びているとはいえ剣だ。

 あれで刺されたり、切れなくてもあれで頭を強く叩かれたら死ぬかもしれない。


 ――もし、死んだら私はどうなるかな? もしかたらあそこに戻れるかもしれない。そうだ、きっとこれは夢なんだ。だから死んだらこんな夢なんて覚めて、目が覚めればあそこで……。


 近づいてくる剣を見つめて、それがもたらす都合のいい結末を想像する。

 ……だけど、そうはならなかった。


 私に届く間一髪の所で、剣を持っていたゴブリンの首が切り離され飛んだ。

 少し遠くに目が見開いた状態の顔をした頭と、切り離されて首の断面から血を流すゴブリンの死体が私の目の前に落ちていた。


「……うっ」


 血の匂いを鼻が通り過ぎた瞬間に激しい吐き気が襲う。

 口に手を当てて何とかその吐き気をやり過ごしていると、私の目の前に誰かが立ったようで影が出来た。


「大丈夫か、ラクサ?」


 そうやって私の目線に合わせてしゃがんだのは、黒い髪と黒い瞳の男。

 その男の手には血の付いた刀がある。


 どうやら目の前の今世の父親である彼がゴブリンを殺したようだ。


「どうして森になんて入ったんだ? ここは魔物がいて危険だから入るなと言っているだろう」


 険しい顔をして鋭い目でこちらを睨みつけてくる。


「なぜ、ゴブリンから逃げなかった、あのままだと死んでいたぞ!」


 怒鳴るように彼は言った。どうやら私の行動に怒っているようだ。



 ――うるさい。



「……関係ないじゃないですか。私が死のうがあなたには関係のないことです!」


「なっ!」


 目の前の人は目を見開いて驚いたような顔をする。


「私は、死にたいんです。死んだらもしかしたら、大好きだったあの場所に戻れるかもしれない……。だから、放っておいてください!」


 なんで、こんなことを言っているんだろう?

 こんな話こそ、この人には関係のない話なのに……。


 ――それに、死んだらそこで終わりかもしれないのに。


「昨日から様子がおかしいとは思っていた。だが、まさかお前が死にたいなんて思っているとは思わなかった……」


 そんな震える声を出した彼はその言葉と共に私を抱き寄せる。


「頼む、死にたいなんて言わないでくれ。お前が生きていることは俺の願いであり、ルシアの願いでもあるんだ」


 小さな声でささやくように言った彼は、私を抱き寄せたまま泣いているようだった。


「……だから、もう死にたいなんて思うな」


 ――掠れた小さな声で彼はそう呟いた。











 夕暮れに包まれ、紅葉はさらに赤く色づき、更に寒くなった風が吹き抜ける。


 風に揺れる自分の長い黒髪が視界の端に写るその先には、一つの墓石。


 あまり年月の経っていない綺麗なその墓石には、一人の女性の名前が刻まれている。


 『ルシア・ギナ』


 それは今世の私の母親の名前だった。


「……謝らなければなりませんね。私はあなたという犠牲の上に今ここにいるということを忘れていました」


 先程、思い出したのだ。母親が死んだ原因は私を産んだことだった。


「まだ、前世への思いを完全には断ち切ってはいません。だけどあなたが、……母上が命をかけて私を産んでくれたのなら、この貰った命を無駄にするのはよくありませんね」


 この世界が夢とはもう思えない。あまりにもリアル過ぎる。

 それに、前世に戻れたとしても死んでいるから『私』の居場所なんてどこにも無いのかもしれない。


「これからどうするのか、分からない。でも、とりあえずこの世界で生きていこうと思います。それに……」


「ラクサ、ここで何をしている?」


 言葉を続きを言おうとした所で、彼……父上に話しかけられた。


「ははうえにごめんなさいをしてたの。ははうえのおかげでここにいるんだって気づいたから……。だからこれからは、ははうえのために生きるの!」


「……そうか」


 父上はホッとしたような安心したような雰囲気だった。


 ……正直言ってこの子供の演技はもう無駄かもしれない。なんとなく父上は気づいていそうだ。

 だけど、確信はないので子供ぽい演技は止めない。父上以外の人は気づいていないだろうし。


「夕飯の支度ができた。冷める前に食べに行くぞ」

「はーい!」


 家に向かって歩いて行く父上の背中に付いて歩く。

 途中で後ろをチラリと振り返る。視線の先には母上の墓。


 ――それに、私がいなくなったら父上はきっと悲しむだろうし。


 口では言わずに心の中でその言葉を言うと私は前を向いて歩き出した。






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