23・『残された者』
人が行き交う大通りを外れ、手元の地図を頼りに住宅街の小道を歩きながら私達は、目的地を目指していた。
周りを見渡せば、レンガの重厚さとしかし暖かみを感じさせる煙突付きの家が立ち並び、足を踏みしめる地面は石畳で人が歩く度にコツコツというような足音を響かせる。
まだまだ朝の早い時間であり、朝の日の光に照らされてはいるが少し霧が立っており湿っぽく肌寒い。どこからか朝食のようないい匂いと共に、朝っぱらから元気な子供達の遊び声やこの寒さに負けていないようなおばさん達が井戸で水を汲みながら噂話をしている声が聞こえてくる。
そんな住人の朝の日常風景を見かけつつ、私達はついに目的地へと到着したのだった。
見かけはその辺にある家と変わらないレンガ造りの一軒家。
だけど、手入れのされていない荒れ放題の庭や腐って壊れかけても直されていない木の柵など、人が住んでいないような独特の暗い雰囲気を醸し出しているそんな家だった。
「ねぇ……ここで合っているのよね?」
この家の異質さを同じく感じていたエミリーがぼそりと言う。
「ギルドで渡された地図を頼りに来たから間違っていないはず……にゃ」
少しだけ自信がないような感じでパオロさんが答える。
「……大丈夫、人は居るみたいだよ」
家の中からは一人の人間の魔力が感じ取れた。魔力の感じからして女性だろう。あの修行の成果で私は魔力を感じ取るだけで、個人の誰なのか分かることはもちろん性別まで判別できる。
昔は大雑把にしか分からなかった。
まぁそれでも種族の判別ぐらいはできたけど。人間なのか魔物なのか、人間なら普通の人間なのか、エルフなのか、ドワーフなのか、魔物ならスライムなのかゴブリンなのか、そういう種族的なものを魔力で判別できていた。
「そうかにゃ、ならやっぱりここなのにゃ」
私の言葉に安心したようにパオロさんは背伸びしながら扉を叩く。
「ごめんくださいにゃー! 依頼を受けてきた冒険者ですにゃー」
少しの間の後、扉がゆっくりと開かれる。
扉から覗き込むようにして出てきた人は……。
「冒険者ですって? まぁ何年ぶりかしら? とにかく上がってください。お話は中でしましょう」
ボロボロの服を身にまとい、白髪の混じった髪はボサボサで手も足も骨が浮き出るくらい痩せこけたそんな女性が出迎えた。
この人があのギルドに、ミルトの街での探し物の依頼を出していた依頼主だろう。
「ごめんなさいね、出せるお茶がなくて……」
「気にしなくていいのにゃ。それよりもこんな朝早くに押しかけてすまないにゃ」
「いいえ、むしろ早朝だろうと夜中だろうと依頼を受けてくれる方なら歓迎いたします」
痩せこけた皺のある顔で弱々しい微笑みをする目の前の依頼主の女性。
私達は机を挟んでイスに座っている。
外と同じく、家の中もあまり手入れがされていないようで、室内は埃っぽく蜘蛛の巣が張っている所もあった。
この家と依頼主さんを見ればお金がなく貧乏そうな感じが分かる。
私達が受ける依頼は+Cランクの依頼だ。だから報酬もそれなりに高い。
この依頼主さんを見ていると払える金額を持っているようには思えない。
だけど、ギルドに依頼を出すためには報酬額をギルドに預ける必要があるから、報酬が払われないという心配をする必要はないだろう。
「本当に冒険者が来てくれたのは何年振りでしょうか? ……前回受けてくれた人達も帰ってこなかったらしいから」
そう言って悲しそうに顔を伏せる依頼主さんだった。
私達が受けたこの依頼は、他の冒険者が過去に三回失敗している。
受付の人が失敗した原因を教えてくれた。
一回目は、情報不足によるランク違いにより受けた冒険者では街にいた魔物が倒せず、失敗。
二回目は、適正ランクの二人組が挑んだが、彼らは帰ってこなかった。
三回目は、適正ランクのCランクとDランクの熟練した四人パーティが挑み、成功するだろうと思われていた。
しかしいつまで経っても四人は帰ってこなかったため、彼らは行方不明扱いとなり依頼失敗になった。
この依頼が失敗し続けるのは、やはり情報不足だろう。未だにあの街の正確な情報がない。
普通ならギルドが調査依頼を出すなりなんらかの対策をするだろう。
だけど、それをしないのはあの街がドラゴンであるワイバーンに襲われて滅んだ街だからだ。そんな神の天罰が下った街に誰も行きたがらない。
この依頼が出されたのはミルトの街が襲われた年から五年後の十年前からだが、十年間の間にこの依頼が受けられたのが、たった三回だけなのもこうした理由だ。
……そういえば、どうしてパオロさんはこの依頼を一緒に受けてくれたのだろうか?
私やエミリーは神であるドラゴンを信じていないから、あの街に行くのも平気なのだ。
でも、パオロさんはこの世界の普通の冒険者だ。普通なら竜の祟りを恐れてこの依頼を受けないだろう。
一応、この依頼を過去に受けた人もいるが、過去に受けた人は皆、大金に釣られてこの依頼を受けた冒険者ばかりだったという。パオロさんも彼らと同じなのだろうか?
しかし、パオロさんがそうには見えない。私達と同じで竜を信じていないのかな? 異端とされているマスケット銃を使っているくらいだし。
それとも何か理由があるのか? 何にしても不思議な白猫のパオロさんだった。
「ああ、ごめんなさい、依頼の説明を聞きに来てくれたんでしたね? 今から説明しますね」
そんな依頼主さんの声が聞こえてきたため、考えるのをやめてそちらを見る。
「依頼の説明にある通り、形見を探してきて欲しいんです。私の大切な家族……だった人達の形見を探してきてください。場所はミルトの街です。……私の故郷でした」
依頼主さんはそこで一旦口を閉ざすと、落ち着かせるように深呼吸してからまた語りだす。
「私はあの街の元住人です。あの街で育って、あの街で結婚して、そしてあの街で死ぬとずっと思っていたわ……。
でも、それは叶いませんでした。十五年前、突然現れた竜神様であるワイバーン様があの街を襲い、そして壊滅させた事によって……」
依頼主さんは涙を堪えながら、震えた声で話し続ける。
「私はあの時もあの街にいました。家に居た時に、爆発するような大きな音と人の悲鳴が聞こえてきたのは今でも覚えています。
家の外に出るとワイバーン様が街の中心街を破壊している姿がありました。それから私は逃げ惑う人達とともに竜騎士団の方々に助けられて、あの街を脱出することができたのですが……。
――逃げた人達の中に、私の夫と娘はいませんでした。
あの時、夫と娘は一緒に街の中心に買い物に出かけていたの。
……人が多く集まる所でドラゴンが一番暴れまわっていた所だったそうです。
だから、二人はきっとドラゴンに殺されたのでしょう。探しても二人は見つからないし、待っていても二人は戻ってこなかったのですから……。
私は生き残った……一人だけ残されてしまったわ……。
なんで、あの時一緒に行かなかったのかしら? 体調が悪くても一緒に行けばよかった……。
どうして……竜神様はあの街を襲ったのでしょう? あの街の何がいけなかったの……。私の夫と娘は悪い心を持った人だったというのですか……」
そう言って彼女は涙を流し、泣き崩れた。
私と同じだ。大切な人を神に奪われた人だ。
――だけど、少しだけ違う。
彼女はまだ心のどこかでドラゴンを信じている。私みたいにドラゴンを憎んだり、復讐はしないだろう。
それに、彼女は帰ってこない夫と娘を待っている。死んだかどうかすらも分からないが、十五年経っても二人は現れない。普通なら死んだと思われるし、彼女もその証拠が欲しいのだろう。
その証拠を見るまで彼女は、生きているかもしれないという淡い期待を持ったまま、二人の帰りを待ち続けている。
――十五年前、あの家で買い物に出かけた二人が帰ってくるのを待っているかのように……。
「御婦人よ、どうか泣き止んでくださいにゃ」
パオロさんがハンカチを取り出すとそれを顔を覆って泣いていた彼女に差し出す。
「……ごめんなさい、どうしても涙が止まらなくて。それで、探してきて欲しい物は夫と娘が持っていたペンダントです。家族三人で一緒に買ったお揃いのもので、特注ですから私達が持つ三つ以外に同じペンダントはありません」
パオロさんからハンカチを受け取ってひと通り涙を拭き終えると、彼女が首に付けていたペンダントを外す。それは少々傷が付いていて、薄汚れ鈍い光を跳ね返す銀色の花の模様が描かれたロケットのペンダントだった。
「これと同じ物を探してきてください。このロケットの中には写しの魔法で撮られた家族写真が入っています。残念ながら私のロケットの中の写真は、蓋が変形して開かなくってしまって、もう見られないんですよ」
また溢れ出てきそうだった涙をハンカチで抑えて堪えながら彼女は続ける。
「こんな危険な依頼を貴方達に、特にそちらのまだ子供のお嬢さん達に頼むなんて、本当はしたくありません。しかし、ここを訪ねてきたということはそれなりの実力がある冒険者だということ……、だから、お願いします、私の身勝手なこの依頼をどうか受けてくれませんか?」
ハンカチを握りしまながら私達をまっすぐと見つめる、依頼主。
「御婦人の願いを聞き届けるのは紳士の勤めにゃ。ご主人と娘さんの形見は必ずこのパオロが探しだしてみせるにゃ」
「こんな話聞いといて、断るなんてできないじゃないのよ。まぁ、話を聞いてしまったからには、ちゃんと成功させるわよ。子供だからって甘く見ないでくださいね」
そんな言葉を言った二人は振り返って私の答えを待つ。
……答えなんて最初から決まっているよ。
「私達に任せて下さい。必ず形見は見つけてきますし、無事に帰ってきますと約束します」
その言葉を聞いた依頼主さんは、ハンカチで目元を押さえゆっくりと静かに頭下げた。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」




