19・『瞳の涙』
夕暮れになりつつある森の中は薄暗く、そしてどこか不気味な雰囲気を醸し出している。
そんな森の中を木々を避けながら、猛スピードで駆け抜けた。枝や葉っぱが顔や体にあたり小さな切り傷を作っていくが私は構うこと無く走り続ける。
目指すのは何体かの魔物らしき反応がある方向。そこにエミリーがいるのかは分からない。
「彼女に魔力があればすぐに分かったのに……」
人の魔力を感じ取ろうにも彼女は《魔力なし》だ。この森に本当にまだエミリーがいるのか分からない、すでに森を出た後かも知れない。
でも、もし居た場合は?
先程のあの男達が言っていた。オークが数匹出てそのオークから逃げる途中でエミリーを見たと。もしそのオーク達が彼女を狙ったら? あの男達は彼女ではオークに敵わないと言っていたはずだ。
そう考えると不安になり、とりあえず、魔物の魔力が固まっている所を目指している。
そして魔力の反応が近づいてくると前方に大きな人影のような姿が何体か見えてきた。
「見つけた!数は……四体か」
近づいた事により正確に数が把握できた。男たちはオークは五体出たと言っていたが、その四体の近くに五体目らしき魔物の気配があるが魔力の感じからしてすでに死んでいるようだ。
そしてその四体は円を描くように並び立ち、その中心には……。
「エミリー!!」
オークに囲まれたエミリーの姿を見つける。頭から血を流しながらも剣を構えてオークを睨み付けていた。
私は魔素の流れに乗った勢いを利用しながら、目の前にいたオークを背後から斬る。
背中から心臓を突かれたオークは前のめりに倒れ、私は刀を引き抜きながら全く落ちないスピードを持ったまま、エミリーのいる中央へと転がりこんだ。
「エミリー……大丈夫?」
「……むしろ貴方の方が大丈夫なのかしら、ラクサ」
地面に仰向けに倒れた私の見上げる先には、頭から血を流して呆気に取られた顔もしながらも、痛みで苦しそうに、しかし私を心配しているようなエミリーがいた。
「結構擦り傷が出来たけど動くには問題ないよ」
私はすぐに立ち上がると周りを見る。オーク達は私の突然の登場に驚き固まっているようだ。
「ちょっと待ちなさい! なんでラクサはここに居るのよ! 危ないから逃げなさい!」
「大丈夫だよ、それにここに来たのはエミリーを助ける為だし」
そう言って私は鞄からポーションを取り出すとエミリーに渡す。エミリーは驚きながらもそれを受け取ってくれた。
「エミリーの傷がポーションで回復して動けるようになるまで、オーク達は私が引きつけておくよ」
「ちょっと! 私の話を聞きなさいよ! ラクサはまだ冒険者になったばかりでしょう!? そんな貴方がオークに敵うはずないわ! 私の事なんか放って置いて逃げなさいよ!」
彼女は傷の痛みを堪えて苦しそうにしながらも、それでも私の身を案じてそんなことを言ってくれる。せっかく助けに来たというのに彼女の言う通りに従うわけがない。怪我をした彼女を置いて逃げることなんて私には出来ない。
「さっきも言ったけど、ここへ来たのはエミリーを助ける為だよ。エミリーを見捨てて逃げるなんて出来ないよ」
前を向けば、三体のオーク達は驚きから回復し、私という存在を新たな敵としてギラギラと目を睨ませながらこちらを見ている。手には私と変わらない大きさの棍棒を構えていた。
「なんで……なんで私なんか助けるのよ……、私は――」
「《魔力なし》って言いたいの? 《竜に嫌われた子》だから助けるなって? そんなの知らないよ、私はエミリーを助けたいから助ける、それだけだよ」
振り向いて彼女に微笑めば、驚いた顔をしたエミリーの姿があった。
そんな姿も一瞬目にしただけで前にすぐに目線を戻せば、オーク達が痺れを切らしたように動き出す。
私はオークの一匹目に走り寄る。
近づく私に向って振り回された棍棒を避けて懐に入ろうとするが、そこで別の二匹目のオークの棍棒が真上から振りかぶってくる。右に避ければ、さらに別の三匹目のオークが私を捕まえようと手を伸ばしてくる。
その伸ばされた腕を魔素の流れに乗せた刀で力任せに斬り落とし回避する。そのままさらに攻撃をしようとした所でもう片方の手に持っていた棍棒で横薙ぎにされた。
なんとか棍棒を刀で防御し直撃は免れたがそのまま左に吹き飛ばされる。吹き飛ばされたものの、倒れることはなかったが棍棒の衝撃が体に残った。
さすがに三体も相手にするのはきつい。しかもDランクの魔物とは戦ったことがない。
それでも、私は逃げない。エミリーを助けたいし、彼女にはまだお礼をしていない。
でも、どうする? 私の実力だと一対一ならオークには勝てると思うけど三体は無理だ。
とにかく数を減らさなければならない。しかし、それを簡単にはできないだろう。しかもこの周囲の魔素の量では、魔素を集めて《斬撃波》を撃ってもたいした傷を付けられない。
そんな風に周囲の魔素を調べていると一箇所濃く魔素が集まっていた場所を見つける。それは先程私が背後から斬り倒した四体目のオークの死体だった。その死体からは魔力が溢れでていて、その魔力は魔素へと戻りながら周囲に飛散していた。
私は動く。まず突進のように近づいてきた一匹目のオークの棍棒を刀で防ぎ、その棍棒の軌道を変えて、自分に当たらないようにしつつオークとすれ違うように突き進む。
立ちふさがった二匹目のオークの棍棒をオークの足の間を通るようにスライディングで回避する。ちなみに三匹目は腕を斬られた痛みからか動いていない。
そしてそのまま四匹目の死体に駆け寄ると周囲に魔素が溢れているのを感じ取る。
この量なら一体くらいのオークを斬れる!
魔素を集めるように刀を回し、そして狙いを付ける。狙いはこちらに真っ直ぐ突進してくる一匹目のオーク。
そのオーク目掛けて《斬撃波》を放つ。
真っ直ぐに飛んで行く斬撃波にそれに当たるようにオークが走り込んでくる。そして斬撃波が当たったオークはその大きな胴体を二つに切り離されながら地面に転がり落ちた。
よし、あと二体!
そう思っていると横から猛スピードで迫る魔力を感じる。それは片腕のないオークが私に目掛けて突進して来ていた。
一瞬遅れた私はこの突進を回避できないと悟る。だけど、さらに別方向の魔素の流れが乱れ、そちらの方面からエミリーが走り寄ってきた。
そのままエミリーに抱きつかれるように飛ぶと、間一髪の所で片腕のないオークの突進を回避できたようだ。
「もう! なんて無茶をするのよ、貴方は!」
エミリーは起き上がりながら怒った口調で言う。
「それよりエミリー、動いて大丈夫なの!?」
頭から血を流していた彼女は動くのもままならない状態だったはずだ。
「貴方に貰ったポーションの性能が良すぎて、この通りすっかり治ったわよ」
立ち上がり、エミリーの様子を見てみたが頭は血で濡れてはいるが健康そのものと変わらない様子だ。鞄に入っていたポーションは父上の物だった。きっと相当良いポーションだったのだろう。
「そっか、良かった」
「安心するのは早いわよ、ラクサ。まだオークが居るわ」
そう言われて私は残ったオーク達を見る。
一匹は特に怪我はしてないまだまだ元気そうなオーク。
もう一匹は片腕を無くしても、まだしっかりと動ける体力をもったオーク。
「片腕は任せるわ。私はあっちの元気な方を相手するから」
「待ってよ! エミリーは怪我から回復したばかりだからここは私に任せて――」
「嫌よ! 貴方みたいな子供が戦ってるのに私はそれを見ているだけなんて、自分が許せないわ」
そう言い放った彼女の目は強い意志を感じさせた。これを言いくるめるのは至難の業だろう。
「あーもう分かったから、せめて片腕の方にして!」
「はぁ仕方ないわね……。それじゃ元気な方を頼んだわよ」
彼女は諦めたように剣を構えてオーク達を睨みつけた。
「さぁて、さっきは良くもやってくれたわね!」
そんな声とともに彼女は片腕のオークへと斬りかかっていった。
怪我を回復した彼女なら一体のオーク、しかも片腕なしなら何の問題もないだろう。
最初は五体のオークに囲まれていたはずだが私が来た時は四体だった。多分私が来る前に五体に囲まれていた中で一体のオークを斬り倒したのだろう。それくらい実力があるなら大丈夫だ。
さて、私は私の敵を相手にしないと。
そう思い刀を鞘にしまいながら、見据える先には一体のオークがいる。まだまだ、力を残したオークは相手が私だと分かるのだろうかこちらを睨みつけていた。
私はそんなオークを静かに『視る』。相手の体を流れる魔力を視るには落ち着いて集中して視なければ視えない。
先ほどのように三体もの魔物に止めどなく攻撃されれば落ち着く暇はないから集中なんてできないもので相手の弱点を探ることも出来なかった。
「……視えた」
私はそんな言葉を呟きながらオークへと向かっていく。オークもそれと同時に私に向って走りだす。オークは勢いに乗せて棍棒を振り回すが私はそれをしゃがみながら避ける。
そこへオークが蹴りを入れてきた。それをさらに倒れこむようにして避ける。地面に寝転がる形になった私に向って、突き下ろすようにして棍棒を繰り出されるが私はそれを転がりながら回避するとすぐに起き上がる。
片膝立ちの状態から剣の柄に触れ、そのまま立ち上がりながら抜刀する。隙ができたオークの弱点、体を巡る魔力の流れの元を絶ち斬った。下から縦に斬られた傷、そこから血を流しながらオークは倒れていく。
「はぁ……」
私は倒れた死体となったオークを見つつ、安堵の息をついた。
――やっぱり、こういうのは慣れないな。
魔物の死体を見ながらそんな事を考える自分を思うと、本当に自分は仇討ちを出来るのだろうかと思えてくる。
――こういう考えは捨てないと。でないと仇討ちは出来ない。
「ラクサ、貴方凄いわね!」
目を閉じて考え事をしていたため、私は気付かずに突然背中を叩かれて驚いた。
どうやらエミリーも片腕のオークを倒してきたらしい。そんなエミリーは魔力を持たないから静かに近づかれると気づくのに遅れる。一応、人が動く度に微妙に魔素の流れが乱れるから、それを感じ取れば分かるけど、やっぱり魔力がないから分かりづらい。
「うわっ!? えっと、あ、ありがとう?」
私は驚きつつも、とりあえず言われた言葉にお礼言った。
「さすがあのBランクの冒険者を親に持つ子だとでも言うのかしら? まぁ、それより助けてくれた事に感謝するわ。あのポーションも高いものだったはずなのに……言っておくけど弁償なんて出来ないわよ」
「気にしないで、これは昨日のお礼でもあるからさ。それにポーションも気にしなくていいよ」
少しだけ嬉しそうな表情をしていたエミリーだったが、はっと何かに気づいたような顔をすると一瞬にして冷たい表情へと変わる。
「そう、それじゃあ、これでもう貸し借りなしって事で。……もう私には近づかないで頂戴」
「えっ!? ちょっとエミリー!?」
そのままこの場所を去ろうとしたエミリーの腕を掴む。
「何をするの! 離しなさいよ!」
「ちょっと、落ちついてエミリー!」
なんとか落ち着いたエミリーを見ながら私は話す。
「確かに、昨日のお礼でもあるんだ。でもちゃんとしたお礼がしたいんだ」
「……別にそんなのいらないわ。だから……もう離して、これ以上、私に話しかけないで!」
乱暴に私の手を離すと、彼女は走り去るように離れていく。
――そんな彼女の顔は冷たい顔だったけど、その瞳は今にも泣き出しそうに涙を浮かべていた気がする。その瞳は、ギルドで私が案内を断った時と似ていた。
「ねぇエミリー、あなたはもしかして……」
私は彼女を追うように走りだした。
森を出て、夕暮れに染まる平原を少し行った所で彼女の背中に追いついた。追いついたのはいいんだけど……。
「止まれない!」
急ぐあまりにあの慣れない魔素移動をしていたのだった。
「エミリーィィィ! 退いてぇぇぇ!」
「えっラクサ!? ってなんなのよぉぉぉ!」
そのまま、またしてもエミリーにぶつかったのは言うまでもない。
「ほんっとうに、本当に貴方という人は!! 目が付いてない運動音痴の馬鹿ね!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
土下座をしながら私はエミリーに謝る。……もう魔素移動使わない。
「なんで……」
そんな震えるような小さな声が聞こえてくる。
顔を上げるとエミリーの怒ったような顔が見えた。
「どうして……私に話しかけるのよ」
「どうしてって……」
しばらく黙ったままだったエミリーが震えた声で言う。
「私は……、私は《魔力なし》なのよ! 《竜に嫌われた子》なのよ!」
「それがどうかした?」
「どうかしたって!? 貴方馬鹿じゃないの! とにかくもう私には話しかけないで! 私は……貴方のことが嫌いなのよ……」
最初は怒鳴るように言い放った彼女だったが、最後の声はとても弱々しい声だった。まるで言いたくないことを言っている感じだ。その証拠にその空色の瞳は今にも涙を溜め泣き出しそうな瞳をしている。
――やっぱり、そうなんだね、エミリー。自分が《魔力なし》だから、《竜に嫌われた子》だからこうしてわざと人から嫌われてしまうような態度を取っているんだね……。
彼女の側にいれば、きっとその人も人々から差別され嫌われるようになるから……。
「ねぇエミリー」
「な、なによ!」
急に話しかけられてエミリーは驚きながら私を見る。その綺麗な空色の瞳を見つめながら私は話しだす。
「やっぱり、エミリーって優しくて良い子だね」
「な、ななな!! 何をいきなり言っているのよ、貴方は!」
慌てるエミリーの顔は夕焼けだけでない赤で染めていた。そんな反応がなんだか可愛くて微笑みながら私は話を続ける。
「エミリーは『優しいツンデレ』だね。昨日迷子で困っていた私を助けてくれたり、父上の事を庇ってくれたり、それに今だって、ね。
そんな優しいエミリーだから《魔力なし》とか《竜に嫌われた子》だとか呼ばれていても全然気にしないし、一緒にいて何か言われても私は気にしないよ!
……むしろ、なんでそんなに言われなきゃならないのか、こんな状況を作り出したドラゴンに腹が立ってくるね!」
そう言ってエミリーに笑いかけると彼女は信じられないものを見たような呆然とした表情でこちらを見ていた。
「貴方……馬鹿でしょ、神聖なドラゴンにそんな事を言うなんて。……私以外にいないと思っていたのに」
「それだと、エミリーも馬鹿になるよ?」
「な! 私は馬鹿じゃないわよ!!」
エミリーは一つ溜め息をついてから、呆れたような顔をして言う。
「貴方は……ラクサは変わってるわね」
「そうかな?」
エミリーは私を見ながら困ったように呟く。
「変わってるわよ……変なやつよ」
「む、その言い方はちょっと嫌なんだけど」
そう不満を言うとエミリーは少しだけ面白そうに笑いながら言う。
「あら、そう? それじゃこれからはそう呼ぶわね、『変なラクサ』」
「ちょっと、なんかさらに酷い!」
「あはは! 冗談よ」
そう言って彼女は楽しそうに笑う。先ほどの悲しそうな顔はもう無い。
――エミリーってこんな風に笑うんだ……。
出会ってまだ一日しか経っていないがその間の彼女はいつも警戒するかのように周りを見る険しい表情をしていた。
だけど今の夕焼けに照らされながら楽しそうに笑う彼女の笑顔は、とても柔らかく素敵な笑顔だ。
「……ねぇラクサ。あなたはまだ冒険者になりたてなんでしょ?」
どことなく刺の無くなったかのような声で彼女はそう聞いてくる。
「うん、そうだよ」
「……それじゃあ、これから一緒に依頼を受けない? 先輩の冒険者として色々と教えてあげても良いんだけど」
「本当に? ありがとうエミリー!」
私がお礼を言って微笑むと彼女はとても嬉しそうに笑う。だけど恥ずかしいのかそれを見せないように顔を逸らす。
「……これからよろしくね、ラクサ」
小さなそんな呟きが、風に乗って聞こえてきた気がした。
「ねぇラクサ? さっき言っていた『つんでれ』って何?」
「えっ!? えーと……アレだよアレ!」
夕焼けの草原の帰り道でツンデレの意味を聞かれて素直に答えていいものか悩み、なんとか誤魔化すのに必死な私だった。




