聖なる夜にコーヒーを~kissing by the mistletoe~
あたしの彼は、バリスタだ。単にコーヒーを上手に淹れるプロというだけでなく、二十七歳にしてカフェ店長でもある。
染めたりしないそのままの黒髪が似合う、涼しげで端正な顔立ちに、長身で程よく鍛えた絶妙のスタイルという、どこにもケチのつけようのない完璧な美形。もちろん見かけだけじゃなく、中身も最高。
そんな素敵な人と付き合えるようになって、まだ七ヶ月。本当ならば幸せでたまらないはずのあたしは最近――なんだかとっても不安なのだ。
『Café Cantata』 とお洒落な字体で記された看板を磨いていたあたしの頭に、大きな手が置かれた。
「どうした? ため息なんかついて」
訊ねるのは、白シャツに黒ベストとズボン、その上に黒いカフェエプロンを巻いた姿の修ちゃん。フルネームは市原修悟。はとこで彼氏の、あたしの修ちゃんだ。
「うう、そうだよね? あたしの修ちゃんだよね!?」
はぎゅう、と突然腰に抱きついたあたしを、修ちゃんはあわてて引き剥がす。
「何やってんだ、里依。寒さで頭までボケたのか?」
銀縁メガネの奥から不可解そうに見つめられ、ああ、その切れ長の瞳が今日も美しい――じゃなくって。
「ボケてないもんっ! だっていいじゃんもう閉店だし人通りもないし! いいからあたしの修ちゃんだってちゃんと言ってよう」
振り払われても追いすがるあたしと、逃げる修ちゃん。そんないつもの攻防に苦笑したのは、大人な修ちゃんとは違う、キュート系美形の優くんだった。ちなみにこのカフェのバイト歴は、新参のあたしよりも長い。
「たまにはいいじゃないですか、店長。今日はイブイブなんだし。後は僕がやっときますから、二人で帰っても――」
「『イブイブ』だろうが何だろうが、仕事は仕事だ。俺はまだやることもあるし、お前が里依送って行ってくれるか」
あたしとの攻防で少し乱れた前髪を手ぐしでかきあげ、メガネを直す。それで修ちゃんはもう『店長モード』に戻った。
「……はーい。じゃ、行こっか、里依ちゃん」
困ったように笑って、それでも優しく付き添ってくれる。そんな相手が修ちゃんじゃないのが、今日も悲しくて切ない。
「……修ちゃんのばか」
外したエプロンを握り締め、呟いた言葉は、クールな白シャツの背中には届きはしないんだろう。だって修ちゃんは、あたし一人のものにはなってくれないから――。
*
修ちゃんとあたし――城野里依の出会いは、生まれた頃に遡る。あたし0歳、修ちゃん十一歳の春の話だ。お互いの母親が従妹同士で大の仲良しの上、結婚後もご近所さん。
そんな関係で一緒に育って、それこそ物心付く頃から十六歳の今までずっと、あたしは修ちゃんに夢中。彼しか見えないし、例え見えたとしても、他の誰も好きにはなれない。世界は修ちゃんを中心に回っていて、あたしはただ必死で追いかけ続けてきた。ふられてもふられても、あきらめずに。
その想いが実ったのは、今年の春。あたしにとっては本当の『奇跡』だった。それからあたしは修ちゃんのカフェでバイトをするようになって、一緒にいられる時間は確実に増えた。でも、一緒にいるからってその分ラブラブできるかと言ったら、決してそんなことはない。むしろ、その逆だ。
「ブラジル……しっかりした苦味と香りが魅力、ブレンドのベースに最適……コロンビア……甘い香りとマイルドな酸味……これもブレンドに良い、かあ。そんでもって、グァテマラは……」
「里依ってば! 何ぶつぶつやってんの?」
「うわびっくりした、桜かあ」
「あたしで悪うございましたねー。全くこの子は、せっかく親友が店の売上に貢献しに来てやったのに、喜ばないの?」
「ごめんごめん。ちょっと、お客さんがいない間にコーヒー豆の勉強しててさ」
集中していたからドアベルも聞こえなかったらしい。横から覗き込んだ桜――クラスメイト、兼、一番の親友は、カウンターにあったあたしのメモ帳をにやにやと取り上げる。
「へーえ、これも勉強の一環?」
指差されたのは、枠外にある修ちゃんの名前と似顔絵。眠気と戦えるよう、小さく描いておいたものだった。
「うそうそ。偉いじゃん、里依。修悟さんも喜んでくれるよ」
頭を撫で撫でされて、膨れていたあたしは複雑な気分になった。
「修ちゃんは――喜んだりしないよ」
「……里依?」
「っていうか、あたしのことなんて見てないから、たぶん勉強してるなんて気づいてない。まだまだわからないことだらけだし、褒められるより怒られることばっかだもん」
知らず唇を尖らせるあたし。桜が何か言いかけたその時、カラン、とドアベルが鳴った。しばらく用事で外出していた修ちゃんが戻ってきたのだ。
「あ、修悟さん。お邪魔してまーす」
軽くお辞儀する桜に、「いらっしゃい」と修ちゃんは営業スマイルを見せる。ちょうど女性客が数人入ってきて、桜とあたしの会話も終了。誰も知らないあたしの不満は、コーヒーの香りに紛れて消えていった。
「いらっしゃいませ」「かしこまりました、カフェラテとエスプレッソでございますね。少々お待ち下さいませ」「本日のおすすめコーヒーは、エチオピア産とタンザニア産の豆をブレンドして――」
にこやかに、完璧な対応をする修ちゃんの声は途切れない。午後も更け、もうすぐ夜が訪れる頃になっても、店内は満員だ。今夜は、クリスマス・イブ。ディナーの前の待ち合わせだろうか。幸せそうな笑顔があふれていて、あたしの胸もちくりと痛む。
「きゃっ」
ガシャーン、とすごい音を立てて割れたカップを急いで拾い集めていたら、近くの席の女の人が言った。
「あの子、どんくさいバイトの子だ」
「え、そうなの? でも可愛いじゃん」
「何言ってんの、背が小さいからそう見えるだけだよ。なんかいっつも注文間違えたりさ、失敗してばっかなんだから。常連客には結構評判悪いんだよ」
こそこそとそう言う彼女の顔は、確かに見たことがある。というか、今までずっと、修ちゃん目当てで通っていた人だ。どうやら付き合って間もないらしい彼氏に、まだ何事か囁いている。
「すみません。ごめんなさい……す、すぐ片付けま――」
なんとかそこまで言ったところで、心だけじゃなく指にも痛みが走った。ぷっくりと赤い滴が生まれ、床に落ちて。
「おいおい、泣かしちゃったじゃん。聞こえたんじゃねーの」
「あたしのせいじゃないって。なによムカつく! ちょっと、早く片付けてよね!」
ついに立ち上がって怒鳴られ、全員があたしたちに注目した。急いで片付けてしまいたいのに、血がにじむ指先が震えて、まるでかじかんだみたいに動かない。その指先を、大きな手が包んだ。
「もういいから、奥で休んでろ」
「修ちゃ……店長」
返事も待たず、修ちゃんはそのカップルに、そしてカフェにいる全員に頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません」
メガネ越しの瞳も、微笑を湛えた口元も穏やかで、どこにも隙がない。完璧なまでの接客態度に、興奮していた女の人も落ち着いたようだった。
「大丈夫? 里依ちゃん」
ほしかった言葉も、手当ても、優くんが裏でしてくれて――あたしは、しばらく涙を止めることができなかった。
ツリーもデコレーションも、渋る修ちゃんを説得して、率先して飾りつけた。もちろん、白と黒のシンプルで大人なお店の雰囲気を壊さない程度ではあるけれど、ちゃんと『メリークリスマス』のプレートもかけた。BGMだって、大人なセレクションのクリスマス音楽を選んだ。そうでもしないと、今日がクリスマス・イブだってことも、あたしと修ちゃんが恋人同士だってことも、忘れてしまいそうだったから――。
閉店間際、着替えに戻ったロッカーで、あたしは俯いた。必死に保っていた笑顔も消えた頬に、ゆるく巻いた髪の束が落ちてくる。両サイドを編みこんで残りを下ろした髪型は、桜直伝のクリスマス仕様で、早起きして頑張って仕上げたもの。
二人でロマンチックにデートなんて無理でも、修ちゃんの前で少しでも可愛くしていたい。一人で張り切ってた自分がバカみたいで、思い出すのはさっきの失敗。
修ちゃんの迷惑にならないように、お客さんに喜んでもらえるように。
自分なりに積み重ねてきたつもりの努力も、全然実を結んでなかった。ううん、あたしの存在は、邪魔でしかなかったんだ。
「うっ……えっ……」
せっかく引っ込んでいた涙は、あっさりと復活してしまった。ずっと抑えていた反動か、次から次にぽろぽろこぼれてくる。
「里依」
必死で嗚咽を堪えていたあたしを、低い声が呼んだ。大好きな、穏やかな声の持ち主が、肩に手をかける。
「触らないで!」
あたしの涙声に、手はびくりと震えた。それでも振り返らなかったのは、自分の決意が壊れてしまわないようにだ。
「触っちゃだめ……修ちゃんに触れられたら、優しくされたら、甘えちゃうから。せっかく頑張って我慢して、決めたことも、できなくなっちゃうから……」
絆創膏を貼った指を握りながら、あたしは唇を噛む。辛くても、言わなきゃいけない。
「あたし、バイトやめる。修ちゃんの邪魔になりたくないし、あ、あたしのせいで……お客さんが減ったらだめだからさ」
涙を拭って、なんとか言い終えた。まさに身を切られる思いで告げたのに、返事がない。肩に置かれた手の重みがふっと消えて、それが返事なのだと思った、その瞬間。
「ひゃっ……」
「変な声出すな、バカ」
「だ、だって――」
消えたと思った手でぐいと引き寄せて、後ろから抱きしめられて、凍えそうだった心が一気に熱くなった。苦笑する修ちゃんの息が、耳にかかる。
「そんな声出したら、そそられるだろうが」
な、なんですと――!?
低く、囁くような言葉に心臓が爆発しそうになる。ここはまだ店内で、えっと、優くんも掃除中のはずで、閉店もしてなくて――しかも、ちょっと待って、これはまさかの、
「白昼夢……?」
そういうオチかと思ったのに、修ちゃんは吹き出した。
「お前は立ったまま眠れるのか? 器用な奴だな」
両腕に力を込められ、もう声も出ない。脳内はムンクの叫び状態だ。それでも店内を気にしたあたしの不安を、修ちゃんが解決してくれる。
「優なら帰した。ちなみに店は閉店済みだ。お前がぼさっと着替えてる間にな。と――まだ途中か」
手で探られたのは、留めていなかったブラウスのボタンの一番目。くすくす笑いながら、二番目にまでその手が下りてくる。
「しゅしゅしゅ、修ちゃんっ? そ、そそ、その先は……えとえと、まだお店の中だし」
『店内では恋人じゃなく店長とバイトの関係で』という修ちゃんのポリシー。常々寂しく思っていたそのルールに反する手の動きに、あたしの頭は限界寸前。留めてあった三番目のボタンに触れる長い指が、色っぽくあたしを翻弄する。
「ああ、忘れてた。さっきお前の親友からまた怒られたよ。『イブくらい、その堅っ苦しいルール破ったっていいんじゃないですか』ってな」
「え、桜……?」
「ついでに優にも、『あんまり本心見せないと嫌われちゃいますよ』って言われた」
「本、心……って?」
ああだめだ。ブラウスの隙間にまで侵入してきた指が、修ちゃんの指先があんまり優しくて、何も考えられない。
髪に顔を埋めていた修ちゃんが、首筋にキスを落として。そこまでが限界だった。
ずるずると崩れ落ちるあたしを、慌てて修ちゃんが受け止める。今度は向き合って抱きしめられ、目と鼻の先で見つめられた。
「まったく――クリスチャンでもないくせに、イブだ何だと大騒ぎして、ばかげてる」
そうだ、デコレーションを張り切ってた時も、修ちゃんはそう言ってた。でも、今夜の瞳は少し優しい。
「……でも、お前があんまり一生懸命だから、今夜だけルールは忘れることにした」
「修ちゃん?」
おいで、とエスコートされた先は、店内。閉店したという言葉通りライトも落とし、足元の間接照明だけが照らす空間。大人なクリスマスセレクションのジャズは、まだ鳴っている。
「わあ……!」
思わず歓声を上げた。だってそこには、きらきらと輝くクリスマス・ツリーが――先ほどまでは入り口近くに置いてあったそれが、フロアの中央に誇らしげに立っていたのだ。しかも、ちゃんと色とりどりの電飾まで巻かれている。
「電飾、却下されたのに!」
「すっごい名残惜しげに見てただろ。だからさっき買ってきた」
「う、うそお……」
あの修ちゃんが、そのために外出したの? こんなサプライズまで用意して?
驚きに固まっていた唇は、自然に動いていた。
「修ちゃん、ありが――」
「礼を言うのはまだ早い。ほら」
笑った修ちゃんが指差したのは、カウンターの向こう。いつもはないものを発見し、すぐに駆け寄った。
「わぁ、サイフォンだ! すごーい!」
ロートとフラスコ、そしてアルコールランプ。まるで理科の実験みたいなその抽出器具は、以前からあたしが見てみたいとおねだりしていたものだ。見た目はクラシックで素敵でも、手間がかかって回転率が悪くなるからと断られていたのに。
「今日は特別だぞ」
言った修ちゃんが、ゆっくり丁寧に淹れてくれたのは、本日のブレンドコーヒー。
まずロートにフィルターをセットして、フラスコにお湯を注いだら、アルコールランプに火をつける。コーヒーの粉を入れたロートをフラスコの上に、ランプを下に置いたら、後はコーヒーができあがるのを待つだけ。
不思議なのは、火で熱せられたお湯が一度全部ロートに入り、またフラスコに落ちて戻る過程だ。コーヒー粉と混ざった液体がフィルターを通り、最後は澄んだコーヒーになる。修ちゃんに言わせれば別に不思議でも何でもないらしいけど、なんだか魔法みたいだ、なんて思ってしまう。
全ての作業を流れるように、丁寧にこなす修ちゃんの指が、手が、心が、魔法の――最上のコーヒーを作り出す。
「きっちり二杯分だ」
言って、渡してくれる修ちゃんとそっとカップを合わせて乾杯する。あんまり嬉しくて、大切に一口目を味わった。
「……おいしい」
あたしの第一声で、修ちゃんの口元が緩む。満足げな、穏やかな微笑だった。
「エチオピア産の豆は、優雅な香りと果実のような酸味が特徴的だ。タンザニア産の酸味には、少しキレがある。コクを生かすために中煎りで焙煎するのが普通だが、俺は浅煎りで注文した。なんでだと思う?」
あたしの頭ではわかるはずもなく、素直に降参する。修ちゃんは苦笑して、そんなあたしの頭をぐしゃぐしゃ掻き乱した。
「お前が飲みやすいようにだ」
目をぱちくりさせると、照れたように手を離される。
「だから言っただろう、今日は――もともと特別のつもりだった。いつも、寂しい思いをさせてるからな」
「修ちゃん……知ってたの?」
「当たり前だ、何年お前と付き合ってると思ってる。ああそれと、コーヒー豆の勉強もいいが、学業もおろそかにするなよ」
鞄にしまったメモ帳のことも全部お見通しでいてくれたことに、また涙腺が緩んだ。今度こそ、止められなかった。
「修ちゃんっ!!」
がばっと抱きついたあたしを、修ちゃんが受け止める。
「修ちゃん大好き!」
「ああ」
「好き好きすっごい好き!」
「知ってる」
「好きすぎて死んじゃうくらい好きっ! 愛してる!!」
白シャツの胸にすりすりすると、困ったように修ちゃんは笑う。
「死んじゃうのは困るな。あと、バイトをやめるとかいうたわ言もだ」
先ほどの発言を思い出し、あたしは一気に青ざめた。
「あ、あれなしっ! 取り消し! やめない! やめたくない!」
「やめさせないよ、俺が」
意外な言葉にあんぐり口を開けると、唇をぶにいっと引っ張られてしまう。
「あれほど雇ってくれって大騒ぎして、今更やめるはないだろう。どの口がそういういいかげんなことを言うんだ、ん?」
「あひでで、はひっ、ご、ごめんなはいい」
ふっと笑って手を離され、解放されるなりあたしはむくれた。
「ああんもう! 乙女の唇になんてことするのよう」
「じゃあどんなことならしていいんだ?」
修ちゃんの瞳が意地悪く細められる。またどきんとして、それからはっと思い出した。
「ねね、あれ! あれあれ! 修ちゃんが教えてくれたやつ!」
「あ? ああ、ヤドリギか」
興味なさげに修ちゃんが目をやるのは、壁際のデコレーション。常緑の、こんもりした小さな木みたいなヤドリギ――に似せた飾りは、西洋の言い伝えを聞いてあたしがせがんだものだった。曰く、クリスマスにヤドリギの下でキスをした恋人たちは、永遠に結ばれる――。
「なんてロマンチック! ねっ、いいでしょ修ちゃん~」
ぐいぐいと腕を引っ張って、壁際へ。そう、ヤドリギデコレーションの下でスタンバイする。呆れ顔をされても、めげるわけにはいかなかった。だって今夜は、修ちゃんも認める特別な夜なのだから。
「永遠に結ばれる、じゃなくて、ヤドリギの下に立った女性は誰からのキスでも受けなきゃいけない、って意味だったと思うぞ」
「そんな細かいことはいいのっ! ほら、早く!」
「急かされるとやる気が失せるんだよな……」
「そんなぁ、修ちゃ――」
抗議の叫びは、それ以上続かなかった。ううん、続けられなかったのだ。まるで人が変わったみたいに強く引き寄せて、抱きしめた修ちゃんに、思いきり口づけられたから。
「誰からでも、じゃなく、どんなキスでも受ける、に変更だ。浮気は勘弁だからな」
キスの合間に、修ちゃんがそう囁く。メガネを外し、シャツのポケットに落として、また再開されるキス、キス、キスの嵐。
「ふ……んんっ、しゅう、ちゃ……」
心臓は自分のものじゃないみたいにドキドキして、あまりにハードなキスの連続に言葉も出ない。吐息に変わったそれを、修ちゃんがまた唇で塞いで。倒れてしまいそうなあたしは、修ちゃんのシャツをぎゅうと掴んでいることしかできなかった。
奇しくも流れ出した曲は、ヤドリギの下でキスをする恋人たちを歌ったもの。
「メリー・クリスマス、里依」
まだ息が荒いあたしを平然と見下ろし、修ちゃんは微笑む。
「サンタからの贈り物だ」
シャツのポケットから取り出された銀色の鎖。先端にハートが揺れるそれは、あたしが雑誌で見て欲しがっていたネックレスだった。
「指輪はまだ早いし……これなら、バイト中も着けられるだろ」
言って、修ちゃん自らネックレスを着けてくれる。
嬉しすぎて、びっくりすぎて、何も考えられなかった。あたしの勝手な悩みも不満も、努力も、ちゃんと知っててくれただけじゃなく、いつもは見せてくれない修ちゃんの心を、初めて形として贈ってもらったから。
言葉より先にあふれた涙を、修ちゃんが拭う。
「あた、あたしね、修ちゃんが大好きで」
「わかってる」
「でもでも、ちゃんとカフェの仕事も好きで」
「それもわかってる」
「けど、迷惑かけたくないからって思って」
「わかってるから――何も言うな。ちゃんと見てるから」
中傷なんか、気にしなくていい。そこまで聞いて、あたしは何度も頷いた。
「修ちゃん、大好き」
もう何度目かわからない言葉だけれど、それは心からの告白。抱きつく腕に力を込めたら、修ちゃんが困ったようにヤドリギを見上げた。
「ルール無視はいいが、これ以上続けてたら本気で帰せなくなりそうだ。カフェインと一緒で、過度の摂取は身を滅ぼす」
「どういう意味?」
また、何だかよくわからないことを言う修ちゃん。眉を寄せたら、その眉間を指で弾かれた。文句を言う前に、修ちゃんの唇が下りてくる。
「でも、もう少しだけ……」
囁きはキスに変わり、あたしは再び目を閉じる。この甘い時間が、愛しい人との幸せが、永遠に続きますように。
コーヒーの香りと修ちゃんの腕に包まれて、あたしはそっと祈った。
Kissing by the mistletoe-――聖なる夜に、ヤドリギの魔法を。恋人たちにおいしいコーヒーと、愛の祝福を――
Fin.
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