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喜劇!七副  作者: 花うどん
船越秀吉只今不在です。
9/33

*

「遅いですわよ! 船越くん!」

「すみません……うぷ……」


 別館に運ばれ目的地へ着くと弁天の付き人達は俺に一礼をしてサッサと去っていった。よくこの場所がわかったな、という関心はさておき、扉を開けるとすでに授業は始まっていた。


 あぁ無言の視線が痛い。


 ワッショイのせいで地面が揺れているような感覚が抜けず若干酔って口を覆って嗚咽をしてしまった。


「んまぁ先生に向かって嗚咽なんて……! どういうことなんでしょ!」


 語尾にザマス! とつけてもおかしくない神経質そうな女教師。ぴしゃりと俺に雷を落とし、ぶつぶつ文句をいっているのを右から左へ流すが、どうもこの女教師の授業だけは慣れない。


「すみません、遅れました」


 視界がうす暗くなったと思えば背後から声が聞こえた。

 どうやら俺の他にも遅れたクラスメイトがいたらしい。


「あらあら」


 ザマス女はコロッと表情と態度を変える。


「貴方はいいのよぉ」


 と、ネコなで声で手招いた。


 おいおい。


 誰がどうみてもヒイキをしているようにしか見えないのだが。そう思っていしまうのは俺の心が狭いからか? いや違うよな。明らかに俺と背後のクラスメイトとの反応が――。


「あれ……」


 うえ。何だろう。マジで気分が悪くなってきた。


「おい、大丈夫か?」


 口を押さえる俺に不振を感じたのか背後のクラスメイトは心配そうに短くそう言った。


 頭上から声が落ちてくる。

 落ち着いた、心地よい声だった。


「あぁー」


 顔を上げ遅れて来たクラスメイトに「大丈夫」と伝えようとした――のが。


「あれっ……」


 急に目眩に襲われた。

 前に進もうにも足元がふらつき自分の身体だというのに言うことをきかない。

 いくらワッショイで酔ったからといってこれはありえないだろ。


 だめだ。立っていられない。

 ぐるぐると頭が回る。

 気分、悪い。


 吐きたくなるのを我慢すればそれを察したクラスメイトが物言えずにいる俺の言葉を代弁するように女教師に「先生」と声をかけてくれた。


「彼、気分が悪いみたいです。保健室へ連れていってもいいですか?」

「あらあらそうなのぉ。そうね、お任せしていいからしら? 布袋くん」

「えぇ」


 痛い。なんだこれ。心が痛くて、気持ち悪い。

 うわ、泣きそう。何で? 何で急に?


「ご、めん……」

「しゃべるな。じっとしてろ」


 フワリと身体が浮き、俺は彼に身をゆだねた。


「船越……」


 優しい声が俺の名を呼んだ気がしたが俺の意識はもうそこにはなかった。









 ――夢を見ればいい。

 ――夢?

 ――そう夢。















『なぁ、なんで人って争うんだ?』


 能天気な声が頭に響いた。


『さぁね、自分で考えろ』


 続いて冷めた声が頭に響いた。


『考えてもわかんねぇなぁ。争いで誰かを幸せにできるのかねぇ』


『万年お花畑だなお前』


『俺のお花畑みたことあんのか!』


『どんなツッコミだそれ』


 和気藹々とした会話はどこか懐かしく。


 それでいて心地よい。


 そんな二人の姿は見えないが雲ひとつない大空の下、一面花畑が視界に広がっていた。


『このお花畑がお前の脳内なのかねぇ』


『うっせ』


 風に揺られ花弁が舞う。


 それをただ見つめる影。


 悲しい、のだろうか。わからない。


『人でなくとも俺らも争う。今だってそうだ』


『そうだな』


『見届けることが俺らの使命』


『わかってる』


 わかってるーと答えた主の心。

 伝わってくるのは、辛い心。


『全員を助けれるわけじゃない』


『……』


『わかるな?』


『……』


 能天気な声主はその問いに答えることはなかった。







 ――夢を見たよ。

 ――どんな夢?

 ――覚えてない。

 ――そうか。それなら、それでいい。









 ぱちりと目が覚めた。視界がぼやけてどこかわからない。


 ゆっくりまぶたを閉じてもう一度開き焦点を合わせる。


 白い天井がハッキリと見えた。


「……ん……ん?」


 身体を起こすと、白いシーツがカサリと擦れ、薬品の匂いが鼻孔をくすぐった。

 ここは。


「保健室か」


 風に揺れるカーテンに覆われ俺は保健室のベットの上で眠っていた。


「起きたか?」

「うぉっ」


 ビクッと反射的に身体がはねた。まさか傍らに人がいるとは思っても見なかった。気配なかったよな。


「どちら様、ですか……?」


 この学園はイケメンしかいないのか、というぐらい顔が整った奴らしかいない。

 彼もまた上の上という位置付けされてもいいくらいな影のあるイケメンだった。


 読みかけであろう本をパタンと閉じて彼は俺の頭を撫で「まだ、知らなくていい」と小声で言った。

 知らなくていいと言われれば知りたくなるんだが。てか、まだって何? おいおい知って欲しい感じ? それなら今知りたいんですが。ダメなの?


「もう寮に戻っていいぞ」

「え、今何時?」

「もう5時過ぎ。放課後だ」

「まじかっ」

「まじだ」


 ってことは俺は昼飯も食わずに何時間もずっと寝ていたってことか。昨日の丑三つ時が身体に堪えってわけじゃないが良く寝たな。気分も爽快。


「お前の番犬っぽいやつに連絡を入れておいた。その内来るだろ」


 番犬……ってと口を開きかけたら廊下が異常に騒がしい。


『うるぁぁどけ! ボクの前に出るな!』

『きやぁあぁ!!』

『鬼だっ鬼がいるっ!!!』

『逃げろ!!』


「先輩!!」


 ガラッと扉が開く音がしたと思えば「コラッ! 保健室では静かにする!」と保険医からお叱りの声が。


 番犬って大黒のことか。


「先輩っ! 大丈夫ですかっ」


 はぁはぁと息を切らした大黒が俺の寝ているベットのカーテンを開いた。


「お前のほうが大丈夫か。顔真っ青だぞ」

「ううう先輩……」


 ウルウルと瞳が揺れて今にも泣き出しそうな大黒の頭を撫でてやる。

 そこまで心配される必要ないんだけどな。

 やれやれと肩を竦めて俺は傍らに座っていたイケメンを見た。


「あれ?」


 さっきまで座っていたイスには誰もいない。


「どうしました先輩」

「いや、さっきまでそこに」

「誰もいませんでしたけど……」

「そう、か」


 大黒に気を取られてしまったがきっと入れ違いで保健室を出て行ったのだろう。

 まぁ顔は覚えたし、クラスメイト。今度会ったらお礼がてら挨拶でもしよう。


「それより先輩、何かあったんですか?」

「ん、んー」


 気分が悪くなったまでは覚えている。が、そこからの記憶が全くない。


「気分悪くなって意識飛んだみたいだな」


 そう人事のように口にすれば。


「せ、せせせせせせんぱぁい……」


 ウルウルとまた大黒の瞳が揺れる。


「お前って涙もろいとこあるんだな」


 クックと喉で笑うと大黒は恥ずかしそうに俯いた。


「ボクの涙は……先輩限定です……から」

「ん? なんて?」

「なんでもありませーん!」

「ボソボソ言っても俺には聞こえねーからな! 腹から声出せよっ」

「はいっ! でもここ保健室ですっ」


「お、おぉう」


 後輩に指摘されつつ丁寧に掛けれたブレザーに袖を通して保健室を出ようと保険医の前を通りすぎたらば。


「お大事に! 二度と来るなよクソガキ」


 軸をずらしたミドルキックがパーンと尻にバッチリヒット。


「いてぇ! いやっ何事なのっ?!」


 突然すぎてオカマ口調になってしまった。

 だめだ、元気になったけど今のでダメ!

 怪我人だったらさらに怪我しちゃうレベル!


「暴力っ!」

「いいえ、愛の指導です」


 特に理由のない暴力に襲われながら俺と大黒は保健室を出て、ジンジンと痛む尻をさする。


「もう二度と保健室に行きたくないんだが……」

「愛の指導、僕も先生側だったら先輩に指導しちゃったりなんかしたりできますかねっ」

「妄想は頭の中だけに留めとけ」


 他愛もない話をしながら俺と大黒は笑い合っていつものように下校した。




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