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「お子様が紛れ込んでいるようだね。迷子にでもなったのかい?」
「はい? ボクは貴方のように方向音痴ではありません。どの面下げてここに来たんですか? バカなんですか? 船越先輩の前に現れるなと忠告をしたはずですが」
「忠告? ごめんね。僕には子犬がキャンキャン吼えているようにしか聞こえなかったよ。君も僕に何の断わりも無く彼と供にいるなんてどういう神経しているんだい?」
「どっちがですか。その顔面ボコボコにしますよ」
「ふふ、怖い怖い。すぐ暴力を振るおうとする。嫉妬とは醜いですね」
「やります?」
「いいでしょう」
お互い睨み合い火花散らせ高度な悪口を饒舌よく吐いているようだった。
それがステレオモノラルで両耳を刺激するものだからうるさくて適わない。
「むかしもりーにまっかなぁこやぎがすんでいたぁ!」
「むかしもりーにまっかなぁこやぎがすんでいたぁ!」
「って、うたうた歌ぁぁぁあぁぁ!? ちょ、お前ら仲いいだろ? 真っ赤なこやぎ? グロ歌かっ?! こえぇーよ! てか大黒音痴だなオイ!」
黙って聞いていれば美声で唄う来訪者と音程をかなり外した大黒が輪唱していた。
俺がツッコミむと二人は一瞬我に返ったが再び口論をし出す。
普段と違うイライラとした大黒の対応に戸惑ったが俺は俺のペースを崩さず口を開いた。
「大黒、その人知り合いか?」
黄金比マスクがぴったりはまった顔立ちは美が美を呼んで絶世の美女ならぬ美男に進化してしまった崩れることのない美形を見て俺は大黒に問い掛けた。彼のオーラが見えるとすればまさに黄金だ。誰もがその美貌に見とれ歎美し屈服してしまうような。この庶民空間さえも、ワンランクもツーランクもアップされてしまうような。
そんな美形が俺の名前を知っているとはどういうことだろうか。
「関わらないほうが良いです。行きましょう」
俺の問いかけに答えず大黒は俺の手をとった。
「大黒待て」
「先輩っ」
大黒はすぐにでも食堂を後にしたかっただろうが俺としては疑問を残して去りたくはない。
俺は立ち上がりって大黒の前へ出ると大黒は情けなくハの字に眉毛を下げ心配そうに俺を見上げあ、と口を開き何か言いたそうだったが口ごもり黙った。
「俺に何か用があるのか?てかあんた誰?」
「あぁ……君がふなっ、ふなっ…し…あぁあ!」
よよよと倒れそうになる彼を後ろにいた付き人が支え「お気を確かに!」とエールを送っている。
ふなっしーってなんだ。ふなっしーじゃないから。冷え切った視線を美の暴力野郎に送るしかない。
「……頭おかしいだろ」
「いえ。彼は学年トップクラスの成績と実力を持っています」
「まじか」
「残念ながらマジです」
「僕の見込み通りだ。船越秀吉くん」
ノックアウト寸前だった美形は波打つ髪を後ろへはらって体勢を立ち直した。
ナイスファイト。
「それはどうも」
「何度も君との接触を図ろうとしたのだけどね子犬が邪魔をして中々会えなかった。ならばと僕自ら君に会いに来たのだけど迷惑だったかい?」
「迷惑かどうかは今から決めるかなぁ。とりあえず俺の質問に答えて欲しいんだが」
「あぁ……そうだね。すまない。高揚が抑えきれなかったよ。僕は」
と、彼は俺の手をとって手の甲に触れるだけのキスを落とした。
「弁天才君の恋人さ」
「……」
フリーズ。
人間って、こうも簡単に硬直できるんだな。
悪寒の原因はどうやらこれだったらしい。
目だけ動かして横目で大黒に視線を落とすとキスをされた俺の手をふんだくってどっから取り出したのかわからないがアルコールスプレーを拭きかけ、神経質そうにハンカチで力いっぱい拭いていた。痛い、それ、大黒ものすごい手の甲痛い。
それとは逆に楽観的で誇らしげでご満悦な弁天は唇に細い指を当てて色っぽくため息をついた。
「僕の美しさは罪だな」
「ナルシスト…つまりは色物…」
真顔で俺はボソリと言った。
ヴァイオリン協奏曲がどこからともなく聞こえてくると思ったら周りを囲んでいた付き人達が生演奏を始めていた。是非ともボケは小出しにしてもらいたい。突っ込み所がありすぎてスルーせざる終えない。
もうこの場だけ昭和の少女漫画風になっている。この勢いでドラマ化され昼ドラが始まってしまってもおかしくはない。ただ一つ俺だけ周りから浮いていることは確かだが。
まず巻き戻そう。
『僕の恋人』
こい、びと。
俺がこの色物の恋人?! いやいやいやいや!! いつ? いつ俺は告白されてオッケーしましたかっ。 いや、逆に俺がこの色物に告白をしたっていうのか? ないないないない! 思い当たる節がない! じゃあ何? この人の妄想? 脳内妄想を今ここで垂れ流しちゃった感じ?! ヤベーじゃん! ヤベーやつじゃん! どうすんの? こんな濃いキャラどう扱ったらいいの?!
「今できることなら君をこの場から連れ去ってしまいたい……」
「酔ってるのか? もしかして自分に酔ってるのか?」
「だけど今はまだダメなんだ……」
「もしもーしあのーもしもーし」
「名残惜しくて…グス…涙が」
「くっそ、会話が成立しない!」
ようやく硬直からとかれた俺は顔を背けて怒りを地面に向けた。
「弁天様そろそろ」
お時間が、と付き人が言うと残念そうにそうだねと弁天は頷き俺と目を合わせた。
「あぁ愛しい人。またいずれ……」
流し目で見られたがその流し目を軽く流して弁天が引き連れた包囲網から俺と大黒は解かれいつもの食堂風景が戻ってきた。
記憶から「恋人宣言」を抹消し平常心を保ちながら俺は大黒にボソリと言った。
「あいつ俺に会いに来た、だけか? 何なの? 今のは何なの? 恋人? わっけわかんねぇな。お友達になりたいならそう言えばいいのにな」
「……ですね……」
心情すらさっぱり掴めない俺は率直にそう思ったのだが大黒の顔は曇りが晴れない様子だったので元気付けに頭をくしゃくしゃと撫でてるといつものように笑顔がこぼれた。「やめてくださいよぉ」なんて可愛いこといっちゃってまぁ。可愛いな大黒は~。
「遅かれ早かれいつかは、こうなるとわかっていました」
「ん?」
「船越先輩あの」
「どうした?」
「今夜空いて、ますか?」
喉の奥でつっかえながら大黒はそう言葉を振り絞って言った。切羽詰まったようにも意を決したようにも捉えれたが頬が朱色に染まっている。弁天が現れて感化されてしまった、とは思えないがいつもの彼らしくない。
悩みでもあるのだろうか。
口角を上げたまま俺はうんうんと頷いた。
「今でもいいけどなんだ? 悩みか?」
「今はダメなんです」
「と、言うと」
「お願いです今夜草木も眠る丑三つ時に寮の裏にある墓地で待っててください。お願いします」
「ちょ待て! へ? 何? 大黒! おおぐろくーん! 乙女走りやめなさーい」
俺の返事を待たずに内股走りで去っていく女子力がアップした大黒に突っ込みを入れつつ一人ぼっちになったテーブルの椅子にストンと座って俺は頭を抱えるしかなかった。
「この学園に墓地なんてあったんだ……」
墓地にぼっち……なんちゃって。