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命短し恋せよ乙女などと唄い文句があるが、こうもフルオープンに「恋をしろ」など担任が言うのも珍しい。
俺自信、恋なんてサブイボが立つくらい苦手で映画やらドラマやら男女の『恋愛』という類は嗚咽すら覚えるわけで純愛だの恋心だのどうだっていい。どうだっていいが、無性愛ってわけじゃない。
ほら、恋愛うんぬんよりも剣を振り仲間と供にヒーローが世界を救うような中二ファンタジー設定に憧れドキドキする訳でそっちに忙しいからさ! 決して俺が「モテナイ」から僻んでいるわけじゃないぞ。
だがな、モテたら恋愛に本気を出すかもしれない。
たーだーし女の子にだったらねぇ!
もう俺ホモ決定だもん! ホーモの貴公子だもん!
女子に声を掛ければ「キモーイ」と逃げられ男子には「いい女紹介しようか?」ではなく「いい男紹介しようか?」だもんね! もしくは「いい崖紹介しようか?」
ホモイコール船越イコール崖じゃないからな!?
嫌になるぞ畜生ってんだ。
「船越先輩ー、せんぱーい! また口からご飯がこぼれてますーっ戻ってきてくださいー」
「ぬぬ」
「心ここにあらず、ですね」
そう言って大黒は俺が飲み干した空になったコップにお茶を注いでニコリと微笑んだ。
細かい気配りが出来る大黒は一個下とは思えないほど落ち着ついていて頼んでもいない掃除や洗濯などいつも俺の身の回りの世話をかってでてやってくれた。
「好きでやってますからお気になさらずに」と本人も言うので好きにやらせてはいるが振る舞いがまるで押しかけ女房。
男版大和撫子と命名したらとても嬉しそうに笑っていた。
うーん。大黒の喜びポイントがわっかんねぇ。でも、喜んでるならいいよなって。
孤立されたこの学園で知り合いは大黒だけだったし中高一貫なだけに仲良しグループが出来上がっていて今だ同級生の友人が作れない俺にとって彼の存在はでかい。
というより入学早々ホモ事件から同級生とは必要最低限の会話「次移動教室だっけ」「うん」という短い業務内容ばかりで端から見てもわかりやすいぐらい俺は一線をとられ避けられている日々なのだ。
たとえ「あれあれ、会話成立してる?!」と上手く同級生と打ち解けそうになったとしても悲しいかな逆に崖に追い詰められた俺に最終的にこうたたみ掛けてくるんだ。「いい男紹介するから俺に話かけないでくれ」と。
崖から真っ逆さまに突き落とされますよ。
なーんでーかなー!
噂は三ヶ月立てば消えるっていう話がある。それ嘘だろ。
三ヶ月過ぎたあとも風が「ホモォ」を運んで俺にまとわりつく。
『同姓に好かれるなんて羨ましいわぁ』などと担任が言っていたがそれも嘘だ。
お蔭様で孤高の戦士まっしぐらですよ、はい。
「んだなぁ」
視界に入ったお茶に我に返りながらホーモ貴公子思考を一旦とめ、お茶を半分飲み干して食堂を見渡しながら生返事。
俺の通う高等部と大黒の通う中等部はフェンスでさえぎられているものの隣同士で寮と食堂なら中等部の連中も出入りが許可されているらしいので俺と大黒は食堂で待ち合わせ、一緒に飯を食べる。
放課後になれば食堂は生徒達でごった返し、比較的庶民派な空間で居心地が良い。
大黒曰く「松、竹、梅のように選べる食堂システム」なんだとか。なんだそれって笑っちゃうよな。
ともあれ、松、竹なんて絶対手が出せないので、梅食堂で俺たちはいつものように食事をとっているわけだが――……。
半年たったというのに俺は一考にこの学園に慣れずにいた。
この学園の仕来りというか庶民には理解できない生徒同士が行う学園体制にも。
「やり直せるなら戻りたいもんだな。それがダメなら退学になんねぇかなぁ」
「そ……そんなこと言わないでくださいよ」
目を臥せって大黒は口を噤んだ。
「退学だけは、ダメです……」
どうも俺が「退学」というワードを出すと彼のテンションが下がりNG、ということが最近になってわかってきた。そんなに俺に退学して欲しくないのだろうか。子犬みたいにしっぽと耳が垂れ下がった幻覚がみえそうになる。ちょっと可愛い奴だ。
「ばぁか、半分本気で半分冗談だ」
そう言って大黒の不安を拭おうとするのだが「半分本気」が「マジ」にしか捕らえられず彼のボルテージをさらにあげてしまうことになる。根っからの真面目くんなのか冗談の通じない所が度々あり、一度上がった熱は言い終えるまで下がらない。からかいがいがあってそこがまた面白いところでもある。自慢じゃないが大黒への地雷投下はお手の物だ。
ほらほら顔が真っ赤になってきた。
くるぞぉ大黒からーのおかんな発言。
「何不自由ない環境の下、本土のような教育方針を参考に学習意欲を喚起してくれますし部活で青春という汗を流すのもよしバイトに励むのもよし自由で素晴らしい学園だとボクは思います。先輩はお嫌いですか? 一体どこがご不満なんですか?」
その問い掛けに俺は幾度となくこう答えた。
不満だらけだ、と。
「大黒周りをよく見ろ」
日替わりランチを胃の中に押し込んでから俺はチワワのように震える大黒に言った。
「腹の内を探りあうかのような作り笑い」
ビシッと俺は握手をし合うおしゃれメガネと銀縁メガネを指さした。
「あれは需要供給の元、同盟を結んだ証ですね。結束が組織の力を強くする」
「意味不明な言葉を発する派閥!」
と、大黒の後ろを指し促す。
「あぁ……あれは親衛隊といって忠誠を尽くす方の身を守るために結成された団体。ごく普通の光景ですね」
「それを見てはうっすい本を片手にメモをする女子軍団!」
「あれは……ネタをメモしている腐った系の方々でしょう。普通のことだと思いますけど」
「……そっか……俺の常識が通用しない域に達しているってことは慣れないとダメってことなのか……」
「はい。出来たら理想の学園生活を取り払って現実を受け入れたほうがいいかなぁーと」
「解せぬ」
「二度目の解せぬ頂きました」
きゃぁきゃぁと大黒は笑った。
「げ、せーぬぅぅぅー」
調子に乗って巻き舌で某声優さんのモノマネをしたら大黒は無表情になった。
え、面白くなったか今の。自分で言うのもなんだけど今の似てただろ?!
いや、大黒がその声優さんを知らないだけなのかもしれない。
「性懲りもなくもう一回やろうかなー」
「きゃー!!」
「素敵ー!」
黄色い声援が飛んできた。もしかして俺に……? マジで……? 今の一瞬のモノマネが女子のハートを射抜ちゃったりしたのか! 俺のモテキが今来たって言うのか! よーしご期待にお答えしてもう一度行きます。
「げせぇええぇ」
「弁天様ー!」
「麗しいわぁ」
「違ったー!!」
顔が熱い。あぁもう顔が熱い! 勘違いって恥ずかしすぎるぞ俺っ。自意識過剰にもほどがあるぞ俺っ。俺に声援が飛んでくるわけなかったってわかっていたけどやめられなかった! 一瞬だけ夢を見させてくれてありがとう。ありがとう女子の黄色い声!
「船越先輩行きましょう」
急に笑わなくなった大黒が慌てて立ち上がり俺の腕を掴み引っ張った。
「な、なんだよ」
「早く早く」
重い尻が上がらずにいる俺を羽交い締めにして立ち上がらせようと急かす大黒の後ろでザッと複数の足音が俺達のテーブルを完全包囲すれば何処からともなく甘い花の香りが鼻をくすぐった。
「ん。大黒、香水つけてたっけ」
「ボクじゃないです。せ、先輩くすぐったいので嗅がないで下さいっ。嬉しいですけど今はダメですっ」
身悶える大黒のシャツに鼻をくっつけて香りの元を探したが彼のシャツの匂いは俺と同じ柔軟剤の香り。
「違うな」
「ち、違いますよぉ」
「やっと見つけた」
吐息にもにた低音がそう呟くと黄色い声援を背に包囲網の中へと人影が歩みよってきた。
「船越、秀吉くん」
ゾゾゾと全身の毛が逆立った。
名前を呼ばれただけで悪寒。
その身震いを感じとったのか大黒はすぐに俺の前へと立ち声主との間に割って入ると敵対心むき出しにして吼えた。
「あいにく船越先輩は不在中です」
苦しいぞそれ。いるいる。俺ここにいるからね。