入学しました。
何故この学園に入学しようと思ったのですか。
何故。
何故。
あぁ何故なんだ。戻れることなら半年前の愚かな自分に「その学園だけは辞めておけ」と殴って目を覚まさせたい。
何故もっと深く考えなかったんだ半年前の俺。
目先のことばかり考えて後々のことなんてまったくこれっぽっちも考えていなかった。
偏差値、まぁ普通。
将来の夢も希望も人生プランさえも無かった訳で普通に進学して普通の学生生活を送ってやりたい事を見つけるもんだと思っていた。
ところが、だ……。受験シーズン。「受験は戦争だ」などと担任が脅すように言ったものだから俺も負けじと勉学を人並みに頑張った。頑張り過ぎて風邪を拗らせたこともいい思い出だ。学問の神様に願掛けさえした。のに、全て落ちた。
滑り止めで受けた高等部も落ちた。私立も落ちた。自分の番号を握り締めて地面を叩いた。
受験戦争に負けた……!
親に顔向けできない……!!
ありえない。定時制確定だとでも言うのか。これは悪い夢だ。そうに違いない。このまま盗んだチャリンコで走り出してしまいたい、そんなことさえ思った。
そんな時だ。
『先輩?あぁやっぱり先輩だっ。どうかしたんですか?』
まさに天の声だった。その時は。
『察しました。受験に落ちちゃったんですね!』
悪気はないだろうが背後から「トドメだ!」と言わんばかりにグサリと刺してきたその声の主は大黒天だった。
フワフワ栗毛のクセッ毛、キュルルンとした瞳、小柄で可愛らしい容姿が女子に受けながら「先輩先輩」と子犬のように俺の後について回っていた部活の後輩。彼が去年の夏に転校してからそれっきりで連絡も取ってはいなかったというのに何故ここに。偶然に出会えた奇跡を喜び、ここは切り替えて嬉しそうな顔をこちらに向ける大黒との再会を喜ぶべきところだろう。
けど、最高に気分が沈んでいた俺にとってその存在すら今は憎らしいと思ってしまう。
「なんだよ……あざ笑いにきたのか?」
『ちっ違います! えっと。先輩。あの。よろしければここ、受験してみませんか……?』
と、俺に手渡してきたのは学校のパンフレットだった。
「はっぴゃくまんがくえん……?そんな金もってねぇよ……」
『違いますよよぉ。やおよろずって読むんです。八百万学園』
「もう今更無理だろ……」
『無理じゃありませんよ! 捨てる神あらば拾う神ありって言いますしこの学園は素質さえあれば入学できるんですっ。なので入学試験なんて無いに等しいカタチだけのものですけど……。この学園は中高一貫なので、なじむには少し時間がかかるかもしれませんが先輩ならきっと大丈夫ですよっ。ちなみにボク、ここの中等部に在学しているんですよっ! 先輩が一緒にいたら嬉しいな……なんて思ったんですけど……こちらに来て見ませんか?』
そんな上手い話あるかい、と心の中でツッコミながらも俺はすがり付くしかなかった。何の疑いもなしに。お先真っ暗な道に見えた光。受け取ったパンフレットを握りしめた俺の手は嬉しさに震えてしまっていたんだ。だから――。あぁ。当時の俺よ、そこが最大の過ち。
「その学園を受ける……もう並以下だろうが外道だろうがどこでもいい。どんとこいや!」
『はい! では一緒に行きましょう! もう車は用意してありますし親御さんにも先生方にも連絡済です!』
「おいおいマジかよ。用意周到だな、ますます気にいった! 俺をその学園へ連れて行け!」
『勿論ですせんぱい♪』
甘い誘いには必ず落とし穴がある。
この時、隠された落とし穴にまんまとはまってしまったことに俺は気がついてはいなかった。