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朝日差す屋敷のダイニング。
そこにある十数人は囲えよう長テーブルの上には、その場にいる屋敷の長とその妻、そしてその場にいないその夫婦の愛娘――計三人分の朝食が用意されていた。
そのテーブルの一席に着いている屋敷の長――夫は妻に問いかける。
「あれは王宮でうまくやっているかね?」
「さあ。ですけど……ふふふ」
「? どうかしたのかね」
うれしそうに笑う妻に問う。
「だってあの子最近、恋する乙女みたいなんですもの」
「! なんと。もしやいずれかの王子に?」
「そうじゃないかしら。だって極端に落ち込んだり浮かれたり。王宮の侍女なんてそれこそ嫌なことばかりって最初は反対したけど……あの子のあんなに可愛いところを見れるならそう悪い判断でもなかったと思えるわ」
「おお、そうかそうか」
夫は王族との繋がりの可能性に、妻は愛娘の幸せの可能性に喜びを覚える。
そのときであった。二階からの愛娘の悲鳴が屋敷に響く。
両者とも喜びから一転、驚きへ。
妻は驚いたままであったが、夫の切り替えは早い。
すぐに夫はダイニングを出て、急いで二階へと続く階段のあるホールへと駆ける。
と、二階からは全身鎧を装備した者が落ちるように階段を下りてくる。
「……っ! 誰だ貴様は!」
そこはさすが一貴族の家の長。
無手であるにもかかわらず、突然現れた正体不明の相手に誰何する胆力は並みではない。
と、そのとき。
「……なっ」
夫は思わず息を呑んだ。
兜のスリットを通して全身鎧の中身の人間と目を合わせた……はずだった。
だが、合わせる目がなかった。
なぜなら――そこに入っているはずの人間がいなかったからだ。
***
「魔物が現れたぞっ」
「全身鎧の中身が入ってない魔物みたいだぞ」
「出会え!出会え!」
まだ朝早い、喧騒が始まる前の王都はうって変わって蜂の巣を突いたような様相へ。
王都の兵士達の叫び声が聞こえる中、人気のない道を全身鎧(王子)はひたすら全力で駆ける。
(なんでこんなことに……)
駆けながらも自分の境遇に理不尽を感じる王子。
(ああ、装飾鎧をかぶる前に厠に行っておけば……こんなことには……)
しかしそんなことは関係ないとすぐに悟る。
(あ、そもそもこの鎧、一人では外せないではないか……)
しかも
(あ、この鎧……股のところ開かない……)
とんでもないことに気づいてしまった。
(……もうだめだ……さっきは辛うじてファイナルジャッジメントをキャンセルして逃げ出せたが……もうだめ……だ……)
王子の精神が完全なる絶望に取り込まれようとする。
が、そのとき。
「うお」
突然の白く眩い光りに目がくらみ、王子は目を瞑る。
「……殿下、何をされているのですか」
馴染みのある不機嫌さを帯びた声で王子は問いかけられる。
王子が目を開けるとそこには彼の唯一の友が。
「お、おおお。来てくれたか我が友よ。ここぞと言うときに! 大儀である!」
先ほどの絶望から一転。調子を取り戻した。
「一刻も早く鎧を脱いで厠に行きたいのだ。さあ望みを叶えるがいい」
「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ」
魔術師は呆れた様子だったが、直ぐに鎧を外す手伝いをする。
染料の魔法も解き、ついでに持ってきた服も着せる。
「はぁこれで厠へ……」
といいながら、近くの家の裏手に回ろうとする王子。
(……厠を探すのも煩わしい。もういっそワイルドにいってしまうか)
そんな王族ならぬ考えをする第四王子へ
「お待ちください」
魔術師が声をかける。
「ぬ、なんだ」
「これに懲りてストーキング行為はお止めください」
「ふっ、何を言うかと思えば……」
尿意を耐えている者とは思えないほど尊大な態度へ。
「愚か者め。この程度で挫ける我輩ではないわっ」
「そういういらない方向に心を強くしないでください。ちゃんと正攻法で想い人へアプローチしてください」
「はっはっは。正攻法など愚の骨頂。真の智将は策を弄してこそ。今回の失敗を次回へ役立てるのだ」
「……どうしても止めないのですか?」
魔術師は王子へ表情を見せずに問いかける。
「くどいぞ。初志貫徹だ! それより我輩はこの生理的欲求を処理しなければならないのだ」
と王子は魔術師に背を向けて一歩を踏み出す……が踏み出せない。
「な、足が動かん」
「足縫いの術をかけさせていただきました。ストーキングを止めるというなら解いてあげますよ」
「主に術をかけるとは……なんという卑劣極まりない」
「……それを殿下がいいますか。とにかく生理的欲求を処理したければすぐに止めると宣言してください」
「ぐぬお。初志貫徹」
「じゃあ、そのまま醜態を晒してください」
「この卑怯者、悪魔、ひとでなし」
「なんと言われようとも。さてさて、後どれくらいもつかな~」
魔術師がニコニコしながらそんなことを言う。
「……ぐう、わ、わかった。我が神聖なるジャッジメントの継続は保留する。だが、正攻法だけはありえない」
「全く……まぁいいでしょう」
魔術師が右手の指を鳴らす。
「ではどうぞ」
「はぁはぁ……我輩が王になった時にこの行為の報いを与えてやる……」
足が動かせるようになった王子は、そそくさと近く辺の住居の裏手へと急ぐ。
いつものような日が昇り徐々に喧騒に満ち始めていく王都ではなく、兵士達の物々しい様子と大声で満ちる朝の王都。
そんな中での国一の魔術師と、後継者争いの歯牙にもかけられない残念な第四王子との一幕であった。
初めて区切りのいい?とこまで物語を書き切れました。スッキリしました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。