ありすインワンダーランドでシャワータイム
ディオに案内された場所は浴室。
なるほどー、ひとっ風呂浴びて、落ち着けってことかー。
でも・・・。
「つ・い・て・こ・な・い・で・ね」
ひとりではいるから。
後方を睨んで言い切った。
「そんなぁっ! ありすぅ!」
金髪わんこが泣き声を上げる。
ご丁寧に両手に抱えたお風呂セットが嫌だ。激しく嫌だ。
金髪わんこと言えども男と一緒に、風呂に入る気は無い!
「まああ、お姉さま、あたくしお世話いたしますのに!」
美女天使がドレスのすそをたくし上げたもんだから、護衛の騎士さんの目線がぐわっと見開かれたさ。
だけどベアトリーチェに入ってこられたら、あなたの知らない世界へご案内されそうで怖い。
「ひとりがいい」
そういい捨ててさっさと入ったは良いんだけど・・・。
「・・・・・・なんであんたがいるのかな?」
「・・・・・・護衛」
ジン少年とベアトリーチェは撒けたのに、ディオはあっさりと脱衣所に陣取っていた。
「護衛なんかいらないよ、で、て、け」
出口をさして追い返そうとしたけど。
「・・・王、が。・・・危険、だと」
そう言って彼が後ろを向いた。てこでも動かないみたいだ。
話さない、こちらを見ようともしないディオはまるで岩だ。本物の岩なら、無視すりゃいいんだけど、と背中を見たまま、浴室へ通じる扉を開いた。
浴室の中は湯気で何も見えない。
・・・って事はディオも見えないって事だ。
「うむぅ」
どーする? ありす。
ディオは多分役目もあるんだと思う。王様に命じられたんだろう。あたしを残して退出する気はなさそうだ。
ディオの背中と浴室の見事な作りを見比べた。ああ、お湯がお湯があたしを呼んでるわ。
背に腹は変えられない。お風呂もしくはお湯を浴びるだけでもお願いしたかったんだもん。
大体ここの世界の人たち、パーソナルスペース近すぎるよ!
日本人ならそんなに顔を寄せないし、そんなに体を密着させない。でもこの状態だと、自分の体の匂いってモンが気になるじゃないか! ジン少年はくっついてくるし、ベアトリーチェは抱きついてくるし、そういえば、なんかうやむやのうちに、ジン少年と同じベッドで寝てたぞ、あたし。しかも、熟睡してたとも!
・・・やばいや。
脱衣所には大きな籠があって、そこの中にこまごまとしたものが入っていた。脱衣所に入る前にジン少年に押し付けられたものだ。
分からないことがあったら、僕を呼んでねと最後まで食い下がった金髪わんこ。
その彼はきっと、潜り込もうとするベアトリーチェを抑えるので手一杯なのだろう。
タオルや良い香りの石鹸や、クリームと一緒に、シンプルなミニ丈のワンピースが畳まれて入ってた。
わぁ、着替えだ。うれしいなあ。制服のまま寝ちゃったからよれてるんだよ。着替えたかったの。
でも、半眼で考え込んでしまった。ご丁寧にぶらじゃあとパンツと思しき一品が二枚もある。・・・ダレガヨウイシタンダ、コレ。
「・・・ぅ。しかもサイズが合ってる」
責任者、追求決定だな。
・・・しかし、よかったと、思うべきなんだろうけど、なんだ、このレースとフリル。
あきらかに局部を隠すため以外に、装飾的な意味合いを持っている!
思わず「それ」を顔面に出してまじまじと見ていた。
でもこれ可愛いなあ。しかも手作りと見た。
うん、職人の血と汗と涙を感じる渾身の一枚だわー。
あれよね、いわゆるミセパンってやつよねー・・・あらら、こんなとこにも刺繍が、ぱんつなのに。
「・・・それは最後にはく」
「うきゃあっ!」
ぱんつと思しききらびやかなものを握り締め、背後のディオを振り返った。
鉄面の無表情顔のディオがかごの中の説明を始めた。
「無地のをはじめに穿く。次がそれ。上は胸当てが一枚、無地のを着て、かさねにそれ。帯は・・・いい。後で締めてやる」
そう言って、くるりと壁のほうを向いた。
腕組みをしたまま微動だにしない。彫像だ。
気にするのも自意識過剰だろうし、あんなに綺麗な剣士が女なれしてないはずも無く。
あたしみたいなつるんぺたんな地平線に丘二つなら、餓鬼も同然、餓鬼にしか見えないだろう。
大体比較対象がベアトリーチェだもんね。
自分を納得させるように頭の中で、つらつらと説明する、あたし。
この様子だとディオはあたしの裸になんか、興味ないね。
・・・だから、あたしは、豪快に服を脱ぎ捨てた。
***
ばさばさと衣擦れの音がした時、ディオは思わず硬く目を閉じ、こぶしを握り締め、経典の第一章から諳んじ始めた。
(・・・初めに光があった。原初の光は地平を照らし、あまねく映し出したところを「昼」と称し、届かず暗いままの闇を「夜」と称した。輝く巨人が喉を震わせ、流した涙が「海」になり、空に上って「星」になった。左目を抉り出し「海」に投じると「太陽」となり、同じく右目を投じると「月」となった。右の骨を砕いて巨人は「神」によく似た生き物を作り始めた・・・)
ぐっと握り締めた手のひらには、つめが当たって鋭角な痛みをよこしてくる。
だが、そうでもしないと、煩悩に理性を焼き尽くされそうだった。
・・・動いてはいけない。信用してくれたのだろうありすの信頼を、裏切る真似は出来ない。
だが、それでも思わずにいられないのだ。
・・・あの、ありすが。
あのありすが、俺の背後で衣服を脱ぎ捨てている。
・・・のぼせそうだ。(脱衣所で?)
そうこうしている内に、ひたひたと足音が響き、扉が開く音がして、ようやくディオは息を吐いた。
背後の扉の向こうで小さく上がった歓声。
お湯をかけ流す音、小物を使う小さな音が耳を震わせる。
そのたび跳ね上がるやわな心臓に爪を立て、ぐっと奥歯をかみ締めた。
やがて聞こえてきた鼻歌に、ふと微笑を浮かべる。
・・・ありすだけだ。
我らをここまでざわめかせる存在は。昔も今も、ありすだけ。
冷徹なエンダール王。左腕を担い次期王でもあるディノッソ卿。右腕を担う父、ルミナウス。
寡黙なマッスル・・・いや違ったマウスル卿。その三男のライダール。
筋肉美の追求に勤しむ、シャリアキム。その娘、エリオット。
聖神殿の祭祀長、イリリアス。祭儀官となった彼の子、ホーネット。
激烈姫と名高い戦闘狂、ベアトリーチェがあのざまで、魔呪眼の持ち主、ジンが、骨抜きだ。
そして、ディオの従兄弟であるノーティス。
ありすと出会った者は、みな、己の望む道で大成している。
掲げた理想は高かった。
守護天使にふさわしい「剣士」「戦士」になりたくて。分かりえる限りの知力を。心が折れぬように日々、そのための研鑽を怠らなかった。
そして舞い降りた天使。
艶やかな黒髪も、きらめく黒の瞳も鮮やかなありす。
きっとマウスル卿が昔から夢見る瞳で言っていたように、ありすの膝小僧はほんのりピンクで、その破壊力がすさまじいものなんだろう。
いちど! いちどでいいから! と叫んでいたのを思う。
エリオットが言っていたように、抱き上げてもらったら甘酸っぱい香りがするんだろう。・・・ベッドに残ってた香は柑橘系の香りだったから、それは確かだ。だから石鹸は柑橘系のやつがこの城では主流だ。むしろそれ以外ない。
ノーティスがありすの勇姿をうっとり呟いて、その後馬鹿にするように「ああ、こんな話ディオにしたところで、君には何の思い出もなかったな」には丁寧に報復しておいた。悔しいが、僕の知るありすは香りだけだ。
・・・毎回修練場での合言葉は「ありすのように」だった。
「ありすのように」軽やかに、「ありすのように」容赦なく、自己の拳をたたきつけ、相手のひざを割り、あごを蹴り上げ、脳天に踵をたたき付けられたら、騎士合格。
身軽に後方宙返りをしつつ、着地するときはしっかりと相手の急所に蹴りを入れるか、もしくは前方宙返り半ひねりで落下する際、敵を巻き込んで再起不能に出来たら近衛隊合格。
だがさすがに大技を決められた者はいない。
ありすが叫んでいたと言う呪文も、みんなで一生懸命唱えてみた。
「しょうりゅうけん」「ほくとばくれつけん」「なんとすいこけん」「せんぷうきゃく」は危険な大技で、使用した後は必ず「お前はもう死んでいる」と言わねばならないらしい。だが何度訓練してもありすのようには行かなかったようだ。
反面「かめはめは」は、ありすと言えども発動しなかった難しい奥義で、いまだにだれもその高みに上った奴はいない。
剣聖と名高い父、ルミナウスがそれらを習得しようと日々鍛錬を怠らないが、今だその高みは望めないままだ。
ディオはこの後に待ち構えているだろう、筋肉馬鹿達を思った。
・・・てぐすね、引いて待っていそうだ。
彼らの夕べの盛り上がりは尋常じゃなかった。今すぐにでも鍛錬場に連れて行って手合わせ、もしくは技をかけて欲しいと、ありすにすがり付いて懇願しそうだった。いや、マウスル卿なら、きっとする。
だからこそ、あの不埒な下着が必要だったのだろう。
魔眼と呼ばれるジンの呪は強力だ。
あの環をつけている限り、ありすのありすとしての力は封じられたままだろう。では、今のありすにあの筋肉が群がったら。・・・ぞっとした。
ありすがつぶされてしまう。
だから、破壊力の大きなあのドレスなのだろう。一見すると何の変哲もない、白いワンピース。しかし恐るべき破壊力を秘めた代物だ。・・・誰がそろえたのかは今は聞くまい。
あのドレスにあの下着は確かに絶妙だった。
オフホワイトのワンピース、見えそうで見えない下着の妙。ありすが握り締めていた、淡いピンクの徐々に染まってサーモンピンクの連なりを見せた一品が目に鮮やかに残っている。あれをありすが身に着け、目の前で動くのだ・・・・・・。
か・・・・・・、
「・・・かわいいじゃないか・・・」
ディオは思わず、口元を右手で押さえた。背中を言いようのない悪寒(快感)が走る。
白い生成りのワンピースに身を包んだ、黒髪の少女。風に揺れて短めのすそが翻り、ちらりと見えるぴんくの膝小僧。さらにいたずらな風が風を強くすれば自ずと見えるだろう・・・ぴ・・・ぴんくの、ふりる・・・・・・。
「う」
一瞬、どっかちがう世界へ確実に旅立てたディオだった。