ありすインワンダーランドでお食事タイム!
・・・あたしは恨みがましい眼差しで、張本人の旋毛を見つめていた。
金髪天使の将来有望株はジンという名前らしい。
頭二つ分位低いこの子に、半ば引きずられながら、ぐるぐると考えていた。
歴代の金髪わんこはみんな別人で、各種取り揃えた感じの美形の勢ぞろいに、正直開いた口がふさがんなかった。
しかもだ。
何とかが手元にないから、あたしを巻き込んで継承式をやるって言った。まて、この他力本願。
「国璽、だよ。ありす。国の一番重要な印鑑なんだ」
「そうそれ。無くても平気ならさっさと継承すりゃよかったのに」
「ありすがいなきゃ無理だよ。国璽があっても、出来たかどうだか」
暗殺者は、執拗におじいちゃんの身内を狙ったそうだ。つまりは、金髪天使たちを。
「・・・あたしは、ただ力が強いだけの普通の女子中学生だよ」
守護天使と呼ばれるような天使じゃない。
ただ、あたしは、頭に降りかかってきた火の粉を払っただけだ。
「それでも、ありすはやつらに渡った国璽より、影響力がある」
王家の守護天使は、王を補佐し、守護し、祝福を与える存在。子供でも分かる当たり前の御伽噺。
当然だ。
寝物語に毎晩お話されてごらんよ、魂に刻み付けられるね。
そして、それはこの国の人たちにも。
「ありすが居るか居ないかではずいぶん違うんだよ」
金色わんこ天使ジンはそう言って笑った。
「現実にこうして出会えると、感慨もひとしおだよ? 父や叔父やいとこ殿から、それはもぅ耳にたこができる位聞かされてきたからね。年が近くなるにつれ、僕の前にだっていつか現れるかもしれない。本当に空から降りてくるかもしれない、と思って。もし、会えたら、捕まえて、一緒に暮らすんだってずっと思ってた。見つけたら、離さないって」
なんだ、それ。なんだか、妙に背中が寒いんですが。
「その環だって、かあさまが作ってくれたんだ。僕が昔、かあさまに、ウワンコウが現れたら、一緒にいたいってお願いしたの。かあさまは、僕のそばにずっと居れないから、僕を可哀想に思って、念を込めた環を作り上げてくれたんだ。かあさまはね、呪いが得意な魔女だったんだよ」
そーか、魔女ですか。朗らかに暴露してるけど、呪いが得意ってどんな親だ、いったい。そんで誘拐幇助か。ナンテコッタィ。
誰か、止めてくれよ! 情操教育に悪いじゃないか! 残念だよ、将来有望株だったのに、大暴落!
そんな言葉を交わしながら、ずるずると引きずられ、連れて行かれた先は、こじんまりとした(さっきの広間よりはね)心地よい空間だった。
長テーブルが置かれてて、いすを引かれて、夢遊病者のようにすとんと座った。
ああ、もーなんも考えたくない。
とくにあっちに残された身体がどんな扱いされてるか、考えただけで暗くなった。
意識戻んなかったら、どーしよー・・・。それよりも、どんないたずら書きされてるんだろー・・・。(決定か!?)
・・・正直、疲れていたから、ぐったりと机に顔を預けた。
******
「ありす、ありす。これおいしいんだよ、はいあーんして?」
全開の笑顔で金髪わんこがフォークに刺したブツを口元に差し出した。
ーーーだが、断る!
あたしはフォークをぐっと握り締め、皿の上の黄金色のブツにぐっさりと突き刺した。
ーーーはい、いただきます。
「ありす、ありす、僕があーんってしてあげるのに」
金髪のわんこ天使が眉を下げてあたしを見上げた。可愛い。うん、欲目抜きで可愛いよ、でもこいつ残念だから!
いやだね。
全力でごめんだね。
大体首輪嵌める相手と和やかに食事なんか! ううう、うらめしそうに見上げるな! 可愛いじゃないか、こんちくしょー。
天使パワーすげえよ。癒されまくりの乙ゲー路線まっしぐら。乙女の夢だね、間違いなく。
大体ね、こんな状況で、チキンなあたしのピュアハート(ぶふ)が、おとなしく食事なんか受け付けるはずがないでしょう、ええ? たとえどんなに良い匂いさせていてもだ。彩り良くってもだ。こんがり焼けてておいしそうに誘っていてもだ!
そうさ、こんな、食事なんか、食事なんかああああああっ!・・・・・・もぐもぐもぐ。
「ぅぐっ!」
あたしは目をカッと見開いた。わなわなと体中が震えはじめる。
ざわざわと駆け上がる、悪寒。これは・・・。
「う・・・旨い」
びっくりした。なんだこれ。なんってうまさだ。あまりの旨さに一瞬違う世界へ飛べたじゃないか!
皿の上のブツは、カスタードクリームを浸み込ませたパンをふわっと揚げてあった。
その食感たるや、さくっ、かりっ、ほわんだ。言葉にならず・・・ああ! これ、罠かもしれない!そうだ、きっと! 高度な罠!・・・・・・もぐもぐもぐ。
・・・くうっ! こんな、こんな、カロリー高そうな、女子に喧嘩売ってんのか、ゴラァな代物を、眼前に晒すとは! 罠。絶対罠だ!・・・・・・うまうまうま。
金髪わんこジンめっ天使のくせにっ生意気だぁ!・・・・・・もぐもぐもぐ。
「ぅぅぅ、ジャムがまた、ぜ、ぜつみょー」
いやあああ、なにこのスイーツトラップ! そんで冷たいクリームソース! 揚げたてほかほかのパンに絡めて食べると、おいしさ万倍!・・・うまうまうま。
はっ! ぃ、いかん、一瞬、とんでた!
なに嬉々として食ってんのよ、ありす! いやいや、おいしかったけどね! おいしいものは正義だけどね!
これで絆されるわけにはいかないのよ!
そうよ! 気合を入れなさい、ありす!・・・・・・もぐもぐもぐ。
ぅはぁっ! あたしの馬鹿ああああああああっ!
「気に入った? じゃあ、もぅひとつお勧めを。こっちはね、スパイス詰め込んだ鶏を炭火であぶって、甘辛いたれをかけてあってね」
はいあーん。
はっ! 甘い揚げパンにそんなオカズガ合うわけないだろ! 甘辛たれの焼き鳥は、白いご飯にこそ合うんだからっ!
日本人の主食は米よ! 間違っても甘い揚げパンなんかじゃ、揚げパンなんかじゃ・・・・・・・・・もぎゅもぎゅもぎゅ。
「・・・・・・ぁう・・・・・・」
いやあああああ、ごめんなさい、白いご飯! あなたに飽きたわけじゃないの!
ただ、ほんのり甘い揚げパンと、甘辛ソースの焼き鳥って、ベストカップルになれたのねって目からうろこが落ちたのよ。そうそれは、ご飯に漬物お味噌汁で生きてきた日本人には、にわかに信じられない組み合わせだとしても!
ああ、今なら分かる! 分かるとも!
ビックサイズのアメリカンが、ホットケーキにシロップかけて、テリヤキチキンとベーコンサラダのトッピングで、山盛りポテトと、とんでもねーサイズのコーラ持って満面の笑みを見せていた理由が!
合うんだよ! 甘いのと辛いの、有りなんだ、うそお!(もぎゅもぎゅうまうま)
「こっちはね、野菜の中にスパイスで味付けした米をつめて、スープで煮込んだもので」
うあ、スパイスがなんとなくオリエンタルで、でも米。
もっちり、もちもち。
やはり日本人のソウルフード! ビバ米!・・・・・・もぐもぐもぐ。
「・・・でも贅沢すぎる。もったいないな、出来立て食べてるのあたしたちだけじゃない」
ほかの皆さんはどうした。
「んん? みんなはきっと、今宵誰の居室にありすを迎えるか相談しているんだと思うよ? でも、そんなの、僕が許すはずがないじゃない。だって、ありすは、僕の、」
んんんんん?
金髪わんこ、ジンが鮮やかに笑う。その碧眼に、なんか侮っちゃいけない光が浮かんでいたんだけど・・・気がついたら、ジンの甲斐甲斐しいお世話の元、一心不乱にご飯を食べてるあたしがおりました。
---だって・・・だって、おいしいんだもん!
「ありすありす、これもおいしいよ、はいあーん」
にこにこ笑ってジン少年がお皿から一口分フォークに刺して、差し出した。・・・が。
条件反射のように、皿に乗った現物にぐっさりとフォークを突き刺すあたしがいた。
残念そうに眉を寄せ(それでも将来有望株)、その一口を自分の口に入れる。
ちょっと心が痛いが、甘やかしはいけない!
ジンのお母さんが甘やかして呪いの首輪を上げちゃうくらいの親ばかなら、なおさら!
甘い顔は見せないぞ!と、誓いも新たにした、あたしだった。
だけど。
「このソース、僕が大好きなやつでね、」
「うう。これもおいしー」
「ありす、ありす、ここついてる」
んんー? どこ? と、小首をかしげたありすの仕草にふ、と笑った金髪天使ジンが、やらかした。
ちゅっ。
小さな濡れたような音は、後から耳に届くんだ。
唇の端についたソースを舐めとった、ジン少年の唇が、にやりと笑ったのをあたしは、確かに見た。
「・・・へ?」
あれ、なんだ、いまの。
ナンダッタンダ・・・?
「あれ、なんだか、いつもよりおいしい気がする。ありすのおかげだね」
にこにこと、食事を続けるジン少年に、完全に一歩出遅れたあたしがそこにいた。
「食事が終わったら、今日はもぅ遅いから、僕の部屋で寝ようね」
「・・・あ、うん」
金髪わんこ。かわいいわんこ。
守らなきゃいけない、あたしの天使。
あれ、でもなんでかな。
どーしてこう、背中がさむいんだろー・・・?