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ありすインワンダーランドの辿道 3

 踏み出した足は、逆巻く渦に縫いとめられた。


 顔を上げていられないほどの、突風が吹き荒れる。


 声を出す為に口さえ開くことが出来ずにいると、ぐっと腕をつかまれた。・・・フィンだ。


 そのままお互いを見やって、少しずつ足を運んだ。


 目の前にいるのに、とても長い道のり。


 間近まで近づいて、フィンの手を離れ、吹き飛ばされないよう蹲る。


 ――――――陣の中央で、ディスレイは目を閉じたままだった。


 その身を縛る赤い蔦は、血を含んで凄惨な花を咲かせたようだ。その蔦を胡乱げに見上げる。


 まるで戒めだ。


 忌々しいそれに目を細め、わたしは術を放つため、右手をあげた。

 

 「――――――、魔女っ!」


 「行けっ!」


 フィンが叫んだが構わなかった。

 私は、「それ」をディスレイの足元に投げ捨てると、「それ」を媒介に術を放つ。


 青い「それ」は思ったとおり、術の増幅に役立った。


 たちまち起こる衝撃波にディスレイを戒めていた蔦がことごとく、千切れていく。


 倒れこむディスレイを抱えたフィンが、こちらを見た。


 それに一瞥もやらず、私は歩を進める。・・・いとし子の囚われていた場所。一瞬の衝撃に手を離してしまった蔦が、意思持つように贄を探し戒めようと蠢いている。今度は前よりもきつくきつく、絡み付いて離さないだろう。


 背を向けたままの私に焦れたのか、フィンが動く気配を感じた。


 「術が作動しているうちに早く、去ね。貴様も囚われたいのか!」


 「魔女、」


 「早く連れて行け! ディスレイを、いとし子を」


 頼む、と。


 ・・・抉り取られた右目は空洞。


 ぽっかりと空いた其処から、涙のように血が流れる。


 振り乱された銀の髪は、ところどころ血に濡れて赤くくすんでいる。青い宝石のような煌く瞳は、片方だけだ。目を覆わんばかりの凄惨な姿に、それでも彼女の美しさは損なわれることは無い。


 その身体を赤い蔦に戒められながら、黒衣の魔女は笑っていた。


 フィンが抱えた王子を見つめ、笑っていた。


 「はやく、いけ」


 まろぶように陣から抜け出したフィンは、ディスレイを待ち構えていた仲間に受け渡し、後ろを振り返った。


 「フィン」

 「・・・フィン、」


 すべてを見ていた近衛兵士が呆けたように陣の中央を見つめていた。


 赤い蔦は、いまや魔女を覆い隠さんばかりに蠢いていた。身を戒められても魔女の表情は変わらない。苦痛でもなく、悔恨でもなく、逡巡でもなく、ただ満足があった。


 フィン・・・フィナルド・エルファンは、呪陣に向けてひざまづいた。


 騎士の礼を取る彼に、周りに居た兵士達にざわめきが走った。


 彼らに構わず、フィンは腰に下げた剣を、両手で支え持ち、頭上に捧げると宣言した。


 「わが剣はすでにディスレイ様に捧げてある。だが、このフィナルド・エルファン、ディスレイ様をお救いしてくれた銀の守護天使を守ることを誓う。わが命とわが剣はディスレイ様と守護天使に捧げる」


 静かにそう告げた彼の眼差しは、どこまでも真剣だった。


 物静かなフィンの、暴挙ともいえた。何しろ相手は魔女だ。国の仇、国の敵。・・・だが、不思議と咎める者はいなかった。



 *********



 「・・・隣国を形なりとも統べていた、国王が身罷ったんだ、周辺諸国は荒れるだろうな」


 ・・・フィンは彼の主の背を見つめながら、呟いた。


 見上げるさきに、赤い蔦に囚われ眠る、女がいた。主が欲し、主が守ろうとした唯一の女だ。


 女を戒める蔦は石化し、地面から聳える水晶柱の群れが彼女の元へ歩を許さない。目の前にいるのに近づく事すらできなかった。


 周辺の情勢の悪化を口にしても、見つめる先の金色の王子は微動だにしなかった。


 「・・・ディスレイ」


 幼少の頃のように呼びかければ。


 「・・・知ったことか」


 そっけなく返された。

 だが、言葉が返ってきただけありがたい。

 あれから、もう、一週間がたっていた。

 目を覚ましたディスレイは誰を罵ることもなく、呪陣の元へ舞い戻っていた。


 「・・・何時までここに陣を置いておくつもりだ、総大将。命令してくれないと、一個中隊といえども動かせないんだが」


 言葉を返してくれたことにほっとして、それでもフィンは気を引き締めた。主が腑抜けていては動けない。


 「・・・置いていけ。一度お前達を見捨てた男だぞ」


 思ったとおりの言葉に、奥歯をぐっと噛みしめた。


 「ああ、そうだな。でも、生かされた男だ。ほかでもないあんたの守護天使に」


 「・・・どう、して・・・俺がここにいるんだ。どうして、彼女を身代わりにしたんだ」


 ・・・そんなの、決まってる。

 おまえだってわかっている。そうだろう?


 「守護天使が望んだんだ。だから俺は従っただけだ」


 「フィン!」


 「ディスレイッ! 彼女の意思に逆らうのか! 救国の天使だぞ、御心のままに従う事こそ望ましい!」


 ジレンマなど、言われなくとも知っている。判っている。


 「何年、一緒にいたと思うんだ・・・・お前の気持ちなんか、端からお見通しだ」


 「フィン・・・」


 うなだれてしまった金色の王子に、筆頭側近は容赦なかった。


 「やるべき事の序列を間違えるな。しおれて悲しんでいるだけなら誰でも出来る。一軍を放棄したと叱責されても仕方がないんだ。だがお前は一軍を預かる隊長で、一国の王子だ。取らねばならない手を拱いていると自軍が敗走することになるぞ」


 きつい光を浮かべて、眼差しだけで弾劾する。


 「罵られたいなら罵ってやる。殴られたいなら殴ってやる。罵って人のせいにして、自分は可哀想だと浸りたいなら止めやしないが、それで彼女は喜ぶか。お前を誇るか」


 償いたいのなら、彼女に。


 一人で背負ってしまった彼女のために。


 「何が出来るか考えろ。お前そういうの得意だろう?」


 片方の口元を上げて皮肉げに笑ってやると、ようやく彼の主がまっすぐと視線をよこす。


 「――――――――王の崩御を大々的に触れて回れ。他国にもだ。その上でこの国の中枢に乗り込む。要所の警戒を、他国がこの好機に領土拡大を図るかもしれない。牽制を。ダウニー山脈へは、魔方陣の得意な術師を向かわせて、魔界との境界線の保持に尽力せよ」


 徐々に光が集約していく。精力の無い青白い顔だったが、精悍な面持ちを現していた。


 山は越えたか?


 「・・・ビエナが動けばこのあたりまで戦場になるぞ」


 試しに囁いた言葉が闘争心にも火をつけたようだ。


 「押さえ込む。彼女の眠りを妨げる事などしない」


 押し殺した感情の分、搾り出されるように紡いだ言葉は、力に満ちていた。


 ――――――――漁夫の利を取ろうとビエナの王が出てくることは当初の会戦時より懸念されてきた事柄だった。


 そして魔女の呪陣の変遷にともなって、魔界との軋轢が増えることも懸念される。


 問題は山積だった。


 リカンナドは良い。エンダール二世王初め、ディノッソが支え、軍も神殿もウワンコウありすのおかげか仲が良い。時折筋肉披露の場と化して、殴り合いをすることが調度良い息抜きになっているのだろう。


 だが省みると西側諸国。特にビエナ周辺がきな臭かった。


 「ビエナは言い聞かせて聞くような国じゃないからな」


 音に聞こえた軍事国だ。


 「だがこっちだってそうそう挙兵できないな。戦の痛手が大きすぎる。・・・ビエナの馬鹿を挑発して、温存されてる父上たちの軍に叩いてもらうのが最良かな」


 「・・・だな」


 ディスレイの言葉に頷いて、フィンはいまさらながら思い出した。


 「・・・あ、やべ」


 「フィン?」


 「そう言えば、送った親書が粉々になって帰ってきたんだ」


 「親書?」


 ディスレイの言葉にフィンが頷き、続けた。


 銀色の魔女は実は救国の天使だったと、事の真相を王への書簡にしたためて送ったのだが。


 敵の魔女の術中に陥ったと勘違いされて、激高されてしまった。


 呪縛の呪いから開放しろと。


 「王子をかえせの一点張りだ」


 「・・・別に囚われているわけじゃない」


 ただ、彼は(・・・ディスレイに従いついてきた兵士までも)が、守護天使を守り、その目覚めを待っているだけだ。


 ・・・この、ダウニーの境界で。


 「・・・なにが問題ってそれこそが問題なんじゃないかと、今、思った」


 だがもう、遅かった。

 

 

 

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