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ありすインワンダーランドの辿道

い・・・一年・・・。すまんこってす。

 黙示録のように人々の上に災いを降り注いだ、罰がこれか。


 銀色の髪した女は打ちのめされたように、身じろいだ。


 動揺に揺れる力で、大地が悲鳴をあげる。地鳴りは絶え間なく続き、全てを拒絶しているようだ。


 揺ぎ無く立っていたはずの体は為すすべも無く地に伏せた。


 夢なら良かった。


 いとし子の行く末を見守ることが使命と思っていたのに。


 見開かれた瞳に、今年初めての雪が舞い降りてきた。


 その雪を見つめながら、それでも。


 「・・・は、はは。銀の魔女も無様よの。こうも心乱されて」


 ・・・それでも願うは、お前達の幸せ。


 「・・・潮時、か。魔女は魔女らしく、かの地で待つか」  


 お前達の前に立ちはだかる「敵」として。   



 *****



 戦の気配が漂い始めていた。


 戦陣を切るのは、ディノッソだろうか、それともいとし子、ディスレイだろうか。


 あの子たちは、いつもいつも前線に立った。


 周囲が止めてもそれが勤めとばかりに、頑として譲らない。とんだ頑固者だ。


 エンダールの血を引いた、いとし子の勇姿を思い浮かべれば、沸き立つような高揚感に胸を焦がした。


 誇らしかった。人々の羨望を美しい願望を具現化すればああなるのではないか、と思えるほどの圧倒的なカリスマ。


 あれが光。あれこそが希望。


 人知れず破邪の呪いを施したものだ。弓が飛んできても刃が走っても弾けるように。悪意が彼らを害さぬように。


 だが、今は、沸き立つ思いも、重く沈んでいくのを止められなかった。


 ・・・あの子は、わたしを恨んだだろうか。銀の悪魔と蔑んだだろうか。


 浮かんだ言葉に、胸がざわめいた。


 「・・・は、はは」


 嘲笑しか浮かばなかった。胸掻き毟り、身悶えても、覆す事はできない。する気も無い。


 いっそありとあらゆる、悪意を抱いて、大地に伏して眠りたい。


 「・・・だが・・・まだだ」


 まだ呪が完成してはいない。


 エンダールのために、いとし子のために、その治世が恙無く続くために。彼と彼らの未来のために。


 生み出した怨嗟をもって昇華させるのだ。


 あらゆる破邪の呪いを完成させるのだ。それは恒久消えることのない柱となろう。


 ぶちまけた血で描いた呪印は、すでにエンダールの地を取り巻いている。


 破魔の地印もじきに完遂する。


 あとは、守護天使を呼びこむだけだ。


 この地にくさび打ち込んで、天使を縛る枷となる。


 「邪は邪よ。間違えるな。ワタシは魔女だ」


 黒衣の魔女は誰にともなく呟いた。蛇蝎のように嫌われても、それこそが望み。


 血に塗れた闇を、怨嗟を吸い上げて、練り上げるは「守護の印」。


 血にまみれた薄汚い「魔女」の使い道など、それ以外ないのだ。

 

 ――――――――――――あちこちで旗が靡く。


 エンダールの、この国の。


 それを遠く眺めて、魔女は笑った。


 血しぶきが舞う。命が刈り取られる。次世代へと連なるはずの血脈が、否応なく途絶える。


 断末魔の声、高く低く。泣くように地にあふれた。


 空に彩られた呪の印。弱く輝いていたそれが、強い光を放つ。もうすぐ、円となり、終結する。


 足りない血潮を補おう。守護天使を誘い込み、この地に縛り付けるそのために。


 最後の贄は。


 このわたし。 


 空を見上げれば戦乱など忘れたように、青。


 長く生きた。


 この身がこの地を守る糧となるのなら、私は幸せだと言い切れる。最後の呪を、言の葉にのせた。


 

 *******



 戦場を掻い潜って、敵地に抜けたのは偶然だったのだろうか、それとも、ことをなせとの神の意思か。


 目前に戦火を切り取ったかのように、陣地があった。

 木々も遮ることはなく、遠くまでを見渡せた。靡く旗は敵国のもの。


 切り立った崖を背後にしたのは、ここを駆け下りる事などできないとふんだからだろう。人馬が降りるにはなるほど急な勾配だ。

 だが彼は崖を注意深く見下ろした。


 鹿の足跡が見える。


 それを見て、男はふ、と微笑んだ。


 息を潜め、後に続く味方に注意を促した。気付く気配のない今が好機。

 さっと右腕を上げて、展開を促す。

 音もなく戦士が木々に紛れ、右舷に存在を隠す。続けて左腕を上げる。後方を固めていた戦士が左舷に展開した。


 そしてそのまま男は馬首をめぐらせ叫ぶ。


 「手綱を取ろうと思うな。馬に身を任せよ!・・・参る!」


 馬のいななきが轟いた。


 わっと、熱気が湧き上がる。


 目をむき泡を吹きながら応戦する敵国兵士を切り伏せ、切り倒しながら、将を探した。


 一際豪華な衣装に身を包んだ男。金の髪に碧眼の男。


 血の繋がりを思い知った。


 目線交わし、宿敵であると悟る。


 「・・・滑稽だとは思わんか、元は同じ大樹のもとに芽吹いたと言うのに」


 だが返る言葉はない。


 澱んだ血の匂いに紛れていた腐臭が、ようやく風に乗って届いた。


 ・・・ディスレイは顔をしかめた。


 およそ、人とは呼べない人形のような動きに、悟る。


 「傀儡だ! これは、人に非ず!!」


 射抜かれたようにきらびやかな衣装を身に着けていたモノが、動きを止めた。


 どろり、と。


 肉が腐り落ち、赤い顎からだらりと舌が伸びた。伸ばした腕の指先から、ぐずぐずと崩れ落ちる腐肉が異臭を放つ。王だったモノの周りを固めていた護衛すら、おののいた。


 「王! 王・・?」


 頼りない声でかつて君臨していた王を見る彼らの目に、ぐずぐずと崩れいく肉の塊が、ぎょろりと眼球を動かした。


 まるでそこにいない誰かを探すように眼球だけが緩慢に動き・・・やがて動きを止めた。


 ぎ、ぎ、と差し伸べられる腕。その腐り落ちた腐肉の先に目線をやった。


 戦場いくさばに不似合いな美しい銀色の、女。


 「魔女、」

 「魔女だ、」

 「王子、ディスレイ様! お下がり下さい!」


 ディスレイの周りを固めている護衛が、前に出て、女の姿を隠す。


 「・・・所詮、小物は小物よな。・・・お前はもっと、楽しませてくれるのか?」


 赤い唇が扇情的につり上がった。


 「悪魔めっ!」


 近衛の一人が切りかかる。それを交わして、銀の魔女は腕を伸ばした。


 白い腕だ。


 つめは淡い桃色で、優しく髪をなでてくれた。


 抱きしめてくれた感触を思い出し、泣き出しそうな気持ちに陥る。


 ちき、と刀を鳴らして、ゆらりと剣先を下げた。引き止める兵士を抑えディスレイは前に出た。剣先は果断なく魔女を捕らえている。


 そのまま低く問い詰める。


 「・・・いつ、から?」


 その問いかけに魔女はあざやかに笑って見せた。とたんに周りを囲んだ兵士がいきり立つ。彼らを目線で黙らせて、ディスレイは女をまっすぐに見つめた。


 「いつから、か。最初からだよ、エンダールの。貴様の身に流るる血を根絶やしにする為だ。呪詛を撒き、怨嗟を募り、疑心暗鬼を作り出す。弱い奴らはひとたまりもない。実に、実に・・・面白い見世物だった」


 歌うように高らかな言の葉が胸をえぐる。嘲るような微笑に目の前が真っ赤に染まった。悲しみではとても足りない。


 「傀儡としたのか大叔父も、大叔母も」

 「・・・ああ。愚かな男だった。私の興味を引く為に何でもしたぞ。首を狩るのも、他国を焼くのも、隣国の女を犯すのも! 女は、あれは根っから腐り果てていたがな」

 「お前の為だろうに。すべて」

 「おや。わたしはただ、囁いただけだ。エンダールの地が欲しいと。別に兵士を嬲り殺せとも言ってないし、女を犯せとも言っていない。私は囁いただけだ。姫にふさわしい財宝とはこんなものではないでしょう、と。ましてや、己のために土地を焼き払うなどの蛮行を願うと思うか?あれはすべてこの者たちの獣性が起こしたことだ。人とは面白い生き物よな。理性を保ち知性を磨き義と仁を重んじるも人ならば、優位にたつや否や同じ人を貶める。・・・そして、己が欲に脆いもの」


 その言葉に眉をひそめたディスレイを見て、銀の女は鮮やかに笑った。


 「そうさの、自分の描いた理想の女の幻影を追い求めて、敵陣へ繰り出す男もいる」

 

 ふふ、と笑う女を睨みつけたまま、ディスレイは逡巡した。


 周りを固めた近衛兵士たちは、ディスレイの合図がなくとも先走りそうだ。それほどに苛立っている。

 ・・・苛立たせられている。

 言葉は時としてどんな剣よりも強かだ。現に切りつけられた言葉の刃に血を流し、癒えることのない傷をまた増やす。


 ・・・挑発、だ。これは。


 「・・・頭を冷やせ。挑発に乗るな。彼女は、普通の女じゃない」

 「王子」

 「ディスレイ様」


 目線を外さないまま、周りの兵士に声をかけた。


 それは自分に言い聞かせた言葉だ。


 ディスレイは知っている。彼女がとても優しい事を。

 彼女の腕が、指が、目が、声が、どれほど心地良くて安らげたことか。

 頻繁に城に来たのが妨害だと言うのなら、それなりに事件があったはずなのに、それがないのはなぜなのか。


 彼女は、きっと。


 大きな嘘をついている。



 果断なく周りを見渡した。塵ひとつの変化すら見逃さぬように。



 ディスレイは彼女を諦めていなかった。


 だから、気付けたのだ。


 彼女の足元に集約しつつある破邪の印。


 それはディスレイにとって見慣れたモノだった。


 エンダール二世王が気付いた城に施された破邪の印は複雑で、解読は愚か同じものを施すことは不可能だと言われていた。


 父ディノッソが腐心した、王制の学校は、広く人員を集め城に施されている破邪破魔の印を解読し解析するために建造された。


 ディスレイが束の間の平穏を破邪の印の解析と解読に費やしたのは、銀色の「守護天使」を破邪の印のある場所で良く見かけたからだ。


 ・・・彼女に会いたかったからだ。


 それとよく似た陣が見える。

 

 あれは破魔の印。血で彩られているが、紛れもなく。護国、守護の印だった。


 この地は、隣国の北端。これより先は魔界へと通じると言われる、果てのはて。


 剣峰と名高いダウニー山脈がそびえる。


 ・・・ああ。


 遥かな剣峰を仰ぎ見て、ディスレイはすとんと胸に落ちるものを感じ取った。


 彼女は、変わらない。


 彼女は、変わってなどいないのだ。


 銀色の守護天使が望むもの、それは今も昔もこれからも。


 「・・・我らを守る為、か」


 ディスレイはこみ上げるものに、一瞬目を閉じ奥歯を噛みしめ前を見た。


 目線の先に魔女がいる。


 銀の髪の青い瞳の、華奢な女だ。


 必死になって悪役を演じる、可愛い人だ。


 彼女は、変わってなどいなかった。それがこんなにも、


 うれしい。


 うつむいたまま、ディスレイは周りを見渡した。ひかえたままの兵士たちはいつでも打って出れるように剣を抱き、力を込めている。


 ここで私が引いても彼らはきっと、彼女を追い詰め追い落とすだろう。


 では、どうすれば?


 ・・・ディスレイは低く笑った。


 彼女の望むままにすればいい。ずっと、彼女はその身を我らに晒したままだ。急所を晒したまま、我らに対峙するその姿勢に彼女の意義を知った。


 破邪の印を完成させるために、彼女は自分の血を使うつもりなのだろう。おそらく惨たらしく嬲り殺される事を望んでいるのだ。


 だが、させない。必ず、その腕を取り、懐に抱え込む。


 求めた女をたった一人で見送る愚など、冒さない。


 彼女が望むなら、この身を差し出してもいい。


 愚かな王子と罵られても。


 エンダールの面汚しと蔑まれても。


 わたしは。


 下段に捧げ持っていた剣先をゆっくりと引き上げた。ぴたり、と守護天使の鼻先に突きつける。


 それにようやく、彼女が微笑む。


 「・・・銀の魔女よ、名をうかがおう。私は、ディスレイ。エンダールの血に連なるリカンナドの王子」


 「わたくしの名は、アリアナ。ディの名を持つエンダールの末よ」


 胸を張って彼女が答えた。



はい。ようやく国の名称が出ましたー。ながかった・・・。


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