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ありすインワンダーランドの花陰

『あの子の力になってあげて。・・・おそらく私ではなんの助けにもならないから』


 そう言って笑ったわたしを、驚愕の顔で見た公爵家の次男。


 ああ、やはり、妹を任せるにはこの男がいい。


 宰相補佐の兄のような狡猾さは無いが、寡黙な眼差しが妹を見る瞬間だけ甘く蕩ける。


 きっとあの男は、妹が姫でなくともあんな眼差しで見つめるのだろう。あの子があの子であればそれでいいと如実に表す瞳を持った男だ。


 わたしは望んでもあんなふうに誰か一人のために盲目になれないと、思っていた。


 潔く妹の瞳に切り込んだあの男が少し羨ましい。


 だが、これであの子も幸せになれるだろう。


 どこかほっとした思いで、辺りを見渡せば、母が父を引きずって帰る姿を見つけてしまった。


 苦笑いが浮かぶ。


 心配性の父と母のことだ。花嫁修業の一つも行わない娘を心配して、婿がねを探していたのも知っている。

 

 心配せずともそのうちあの男が動くと思っていたが、それでも心配は尽きないのだろう。


 悔しそうにしかし楽しそうに去っていく両親を微笑んで見送り、さて、自分も帰るかと踵を返したとき、その存在に気がついた。脆弱な気配だ。空気のようにさり気なく溶け込んで、気づくことが難しい。注意して見ていないと、取りこぼしてしまうのだ。



 銀の髪に青の瞳の美しい女だ。あれが誰なのか知りたくて、いろんな人に聞いて回った。


 銀の髪に青の瞳の小柄な女だと言うとみんながみんな、眉をひそめ口をそろえて悪態をつく。


 『それは、災厄の魔女に違いない』、と・・・。


 なにを馬鹿なことを、と憤ったものだ。


 彼女はそんな禍々しい存在ではない。もっと温かくてやさしい、春の風のように柔らかな存在だ。


 なぜ、皆は彼女の事を悪し様に言うのだろう?・・・納得がいかなかった。


 『王子、災厄の魔女に会ったのですか』

 家庭教師は恐る恐る問いかけてきた。その彼ににっこり笑って、いや違うと打ち消した。


 『魔女が、子供を好きなわけあるまい? 小さな子供の怪我を癒して、痛くないよ、と慰めて、あやすのかい?』


 問いかけに家庭教師も目を白黒させた。


 そうだ。彼女はいつも人目を偲んでやって来た。

 見つかれば糾弾されると知っていたのだろう。

 今より遥かに幼かった頃、こんな幼児なら姿を現し言葉をかけても安全だと思っていたのかもしれない。


 ・・・わたしはよく怪我をする子供だった。


 痛みに顔をしかめ、あがった熱に魘されて夢うつつでいると、妖精がやって来る。


 ひたりと冷たい手のひらが、熱で熱い額に押し当てられる。心配そうに覗き込む青い瞳を覚えている。


 『ただ銀の髪をしているだけの、優しい人なんだ。階段から落ちたわたしを助けてくれたし、病気のときにも現れて、癒しの風を送ってくれたんだ。・・・わたしにとって、黒髪のありすより、銀髪の彼女のほうが、よほど守護天使だと思える』


 戦場で一度しか会えない天使と、ふと気付けばそこにいる天使。


 銀の妖精に心酔するのは、自然な事だった。


 ・・・記憶の中の彼女と、現在目の前にいる彼女を照らし合わせる。


 ・・・間違いない。


 『やっと、見つけた私のウワンコウ・・・』


 金の髪した王子は、ふわりと微笑んだ。



 

 *********


 


 『待って!』


 慌てて風をまとって逃げても、いとし子は追いかけてきた。


 目くらましも何もかも、効いていないのだ、なんてこと!


 見えていないのだと思っていた。目くらましはちゃんと起動していると思い込んでいた。まさかワタシの術を破れる人間が居ようとは。


 姿を消して風に乗っているのに、迷いも無く、いとし子は追いかけてくる。


 「呪、眼か・・・」

 万人に一人の確立で、稀に呪の効かない者が生まれ来る。まさか、それ、なのか。


 「馬鹿な・・・」


 (本物の守護天使って黒髪じゃないんだよ)

 まだ幼いいとし子が、遠目にワタシを見ながら言ったのは、何時だった?


 (僕の守護天使はね、黒髪じゃなくて、月光みたいな色をしてるんだ。お目目は青いんだよ) 


 (そこにいるよ。何時だって守護天使の気配を感じるもの。優しくて、温かくて、蕩けそうなんだ。おかしいな、何でみんなには見えないんだろう?)


 ずっと、見えていたというのか、いとし子よ。


 「馬鹿な」

 なんて愚かな事をしたのだろう。

 注意深く観察していれば、気付けた事なのに。いとし子の姿を見たいばかりに自分に都合の良いように考えて、また取るべき手を間違えた。  


 そっと壊れ物を抱くように抱き寄せられた。


 ワタシの目の前には、焦がれて止まない碧の瞳があった。


 「あの時」も「あの時」も「あの時」も。愛しさに蕩けた瞳だった。愛しくてたまらないと物憂げに揺れた瞳だった。


 「わたし」を見つめた、あの瞳。


 「・・・いいや、違う。あれはワタシに向けたモノじゃない・・・」

 はじまりの女は夫を思いつつ、子供のために身を投げ出した。その血の記憶がもたらすだけの混乱だ。

 死者の思いに長らく身をなぞらえ過ぎた。それだけだ。


 血のつながりも、心のつながりも何もない。


 あるのはただ 愛しいと嘆く心だけ。


 だから、この邂逅も切って捨てて見せる。


 災厄をもたらした災いの女神だ。いとし子の守護天使でなどあるわけが無い。


 あらゆる災厄の源だ。呪詛と憤怒と怨嗟の魔女。


 ワタシが根こそぎこの国とお前の上に降るはずの怨嗟を、吸い上げて、糧にする。


 だから、この邂逅はワタシだけの記憶に刻み込もう。


 いとし子は、いつの間にかワタシを追い抜き大きくなっていた。首も胸も腕も腰も、すべてにおいてたくましい。


 その胸板に両手をついて、押しのけた。


 『・・・世迷いごとを、エンダールの血は腑抜けを生んだのか?』

 あざ笑おう。

 酷薄の魔女と見えるように、慎重に。


 『私の守護天使は、なぜそんな恨み言を言う?』

 金髪碧眼のいとし子が、納得出来ないといわんばかりに顔をしかめた。


 『耄碌したか、たわけ』

 きつい眼差しを装って。

 一歩では捕まえられないように、距離をとった。

 まっすぐ見返す事は、難しい。その眼差しの力に押されてしまう。


 だが、こんな間違いは正さねば。


 『運命の相手に出会ったら、その手を離してはだめだと、祖父からも父からも言い渡されているんです』

 ああ、そうだったな。いとし子よ。

 お前の祖父もお前の父も、心に決めた相手にはとことん食い下がったものだ。

 だから、お前もいずれ、心に決めた娘を見定めて、追い込んでいくものだと思っていた。

 

 ・・・だが、今回ばかりは相手が悪い。


 その思いはまやかしだ。


 幼い夢の出現に過ぎない。刷り込みという物だ。


 夢は夢。


 ワタシのいとし子にふさわしい姫は他にいる。


 『ふ。呪を撒き散らしに来た姿を垣間見て、守護天使と間違うなど、エンダールの血もおしまいか?』

 目を細めて、蛇蝎を見る心積もりで行え。

 唇に呪詛を、眼差しに蔑みを、指先まで神経を凝らせ。


 見限みかぎれ。


 『・・・なぜ、そんな呪詛を上らせる。あなたの心が悲鳴を上げているのがわかります』

 眉をしかめて、痛みをこらえるようにいとし子が囁く。


 なぜだ!

 なぜ、効かない。

 言葉に憎しみを乗せたはずだ。

 

 蔑視されて、塵芥のように見られてもいいものを!


 『・・・効きません。あなたの呪詛には、嘘が在る。私は意図や思惑に縛られることが嫌いなんです』

 いとし子が手を伸ばす。

 金の髪が揺れる。碧の瞳が眇められ、ワタシを真正面から見据えた。


 駄目だ。囚われてしまう。


 それだけは駄目だ。


 唇が震えた。


 ためらいが指先をしびれさせるが、それすら振り切る。


 腹に力を入れて、前を見据えた。


 始めてワタシからいとし子に目線を合わせた。


 『では、祖父に言え。お前の愛しい妻を呪い殺した魔女に会ったと。父に言え。恋しい母と二人の兄を奪った魔女に出会ったと!・・・ふ、ふふ・・・運命、か。あながち、間違ってはおらんようだ!』


 嘲るように吐き捨てた。

 祈るように、罵った。


 呆然と見開かれた、碧の瞳を見ていたくなくて、風を纏い空へとんだ。


 ・・・いいや、逃げた。


 まっすぐな、いとし子の眼差しから逃げたのだ。

 

 追いかけるな。ワタシは魔女だ。災厄の魔女。


 お前の御世に一欠けらの陰りさえ許されない。



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