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ありすインワンダーランドの影の花

 双子は二卵性だった。


 兄はいとし子にそっくりな金髪碧眼、妹は母に似て金茶の髪に蒼の瞳だった。


 いつものように手製のぬいぐるみを手にやって来て、ベビーベッドの中を覗いた。


 「・・・かわいらしい・・・」

 身震いするほどの歓喜に襲われる。いつ見ても、いとし子の小さな命は、力強く輝いている。


 稀有な碧が魔女を映した。エンダールの面影を色濃く残し、ディノッソの愛嬌を写し取ったようだ。


 愛らしい蒼が、魔女に手を伸ばした。可愛い「嫁」の面影に、エンダールの血を添えた愛らしい姫となるだろう。幼子のその手に指を絡めて魔女は微笑んだ。


 祝福を。


 更なる栄華を約束しよう。


 お前とお前の為に必ずや。


 金髪碧眼のディノッソに良く似た兄には、青い人形を、金茶に蒼い瞳のノエルに良く似た娘には、ピンクの人形を、そっと握らせた。


 赤子の頬に手を当て髪をかきあげ、常に無い優しい微笑を浮かべた魔女は、聖母のように見えた。


 離れがたいと感じていた手を離し、去ろうとした魔女の指を、兄の指が追った。ぎゅっと握られて息が詰まる。


 「・・・これ、いたずらはいかんぞ」

 優しく指を抜きさって、シーツを引き上げ、ぽんぽんと撫でて、今度こそ銀の魔女は踵を返した。


 ・・・碧眼が、その背を追っていたのにも気付かずに。



 ****



 それから、魔女は大きくなったいさかいを鎮めに走った。


 互いに互いの国に戦いを仕掛けないよう、内政に目を向けさせようと、エンダールが持っていた国璽も奪った。


 国璽を差し出してきた腹黒貴族はその後、証拠と共にエンダールへ引き渡した。エンダールの地は騒然となったようだが、これでしばらく時間も稼げよう。


 せめて、幼子が自分で自分を守れるようになるまでは、戦端を開かないつもりだった。


 「・・・次に守護天使を呼びこむときは、拘束の布陣を取った時だな・・・。さて次の生贄は誰を?」


 隣国の王は最早生ける屍だ。

 そしてエンダール二世とディノッソは善政を敷いている。


 唯一の綻びは旧王家に属する古参貴族。


 「姦計企てそうな奴はおったかな・・・?」

 だがそれも、少し心情をあおれば、牙を剥く事だろう。


 「だが、まだ、だ」


 ・・・思えば、このころが一番安定していたのかもしれない。



 *****



 幼い子等の枕元で、母となった可愛い「嫁」が御伽噺を聞かせている。祖父が出会い父が出会った守護天使の話だ。


 瞳をきらきらと輝かせて、妹姫は話をせがむ。ありすが現れて敵を倒していく件になると、ぐっと身をせり出して聞き入っていた。


 兄王子もそうなのだろうと見ていれば、もの言いたげに小首をかしげる。


 『・・・ははうえ、ウワンコウは黒髪なのですか?』

 『ええそうよ。お爺様も、お父様も、口をそろえて仰るわ。ありすは綺麗な黒髪に、黒瞳だったそうよ』

 『・・・いつもそうなのですか?』

 

 腑に落ちないと言いたげな眼差しが、刹那ワタシを射った。


 見えているはずなど無いのに、瞬間心の臓が跳ね上がった。


 ・・・偶然だ。今までだってあったではないか。


 彼ら家族の幸いを、垣間見て微笑むだけの毎日に、こうして偶に目線が重なる事は。


 眼を伏せ考え込んだ幼い少年の呟きは、魔女の耳には届かなかった。


 『・・・おかしいな・・・』


 日々は恙無く過ぎていく。


 愛しいワタシの子らが健やかでありますように、朗らかでありますようにと祈る毎日は過ぎていく。


 時折重なる碧の視線に息詰まる思いを抱きながら、それでも魔女はこの国を訪れる。


 あっという間に彼らは成長するのだ、念を入れて呪を施す。


 邪心がはびこらない様に、慢心に囚われないように、彼らに幸いが約束されるように。


 ・・・もう、双子が少年少女でなくなった頃には、巷ではもっぱら『守護天使』が御伽噺として確立されていた。


 長い黒髪に黒い瞳の不思議な衣を身に纏った天使は、子供達の味方で、戦女神・・・勝利の女神だ(事実彼女が味方したエンダール王朝の飛躍的な躍進は、史実にもまれだ)


 いつしか守護天使は子供の神様で騎士、兵士の女神となっていた。


 市井の子供たちまでが期待に胸を躍らせ、夢を抱くようになった。


 いつか、目の前に守護天使ウワンコウが現れて、危機から救い出してくれるのだ。


 それは雄大な御伽噺。


 ・・・だが、胸に抱いた暖かな夢は、成長と共に覆されるものだ。


 妹姫が眩しげに悲しげに兄を見る。その真摯な眼差しに、銀の魔女は眉をひそめた。


 その蒼の瞳が陰るのを、いぶかしく思った。


 「いとし子よ・・・?」

 どうしたのだ。

 もっと屈託無く笑っていたはずだ。

 もっと、ほがらかだった筈だ。


 金の髪に碧の瞳の優美な兄を見やる妹の、諦めきった眼差しに、ディノッソが心配そうな眼差しを送っている。ノエルの眼差しは心配にゆれ、それでも大きな海のように彼女を抱いていた。


 己が髪を一房手に取り、ため息をついた王女の横顔。


 銀の魔女は初めて焦燥を感じた。


 可愛い私のいとし子だ。


 兄は聡明で文武に秀で、妹は風雅明媚でどこに出しても誇れるほどの美男美女。どちらも自慢のいとし子だ。


 父譲りの美貌を誇る兄の明晰、母譲りの繊細な美の妹は艶やかで芳しい。


 けれども、それこそが絶望の源になってしまうとは。


 『この色合いでは、にいさまとは違って守護天使の加護は得られないの』と嘆く娘の姿を垣間見た。


 輝かんばかりの戦女神に相応しく在れる様、さまざまな事を学んだ一の姫。その真摯さが、己が限界を知ら示す。


 与えられるモノが一握りの者の僥倖に過ぎない事実。


 望んで望んで、努力を重ねて、それでも・・・あたえられなかったら。


 その努力は、その時間は、消えるのだろうか?


 『選ばれる者は判りきっているのにね、諦めきれないなんて、馬鹿よね』

 父母に淡く微笑んだ妹姫は、それでも努力を怠らなかった。

 一国の姫に課せられた修練は、兄王子と変わらない量で、それでも淡々と彼女はこなしていく。


 精錬で美しいその姿に魅了された男が、彼女を求める眼差しで見つめても、遥か先を行く兄の背中を見てしまうのだ。


 焦燥に胸を焼き、打ち間違えた一手に臍を噛む。


 どちらも愛しい私の子だ。等しく栄華を与えたい、愛し子だ。


 エンダールの血に連なる彼らのために、守護天使を呼び寄せることを決め、そのために育んだ絶望だった。


 して来たことが、ここに来て、ことごとく裏目に出ていた。その絶望にやはりワタシは魔女なのだと思い知る。


 妹姫の努力は、切ないまでの願望だ。


 求めて求めて、叶わない事を知ったのだ。


 だがそれを彼女自身が認めなければ・・・兄王子の影に隠れた彼女の存在を、日の光の下に示しても、彼女の抱く劣等感はかわらない。


 もがくように、空の星に手を伸ばすのだ。


 まるで太陽と月のようだ。輝く太陽の光で光る淡い月。


 だが、ひるがえり見てみれば、お前こそを眩しく見つめる眼差しに気付くだろうに。


 お前にとって絶対の太陽が父であり兄であるならば、お前を見つめるあの男にとって、お前こそが太陽なのに。


 歯痒い。歯痒い。


 「ーーーぬああああ、男が不甲斐ないッ! なぜそこでもう一押ししないのだっ!」


 がらぴしゃ どどんっ!


 『きゃあぁッ!』

 『姫ッ!』


 「・・・あ。しまった・・・」

 ・・・いかん。おもわず雷を落としてしまったではないか・・・。


 む。だが、これは・・・良い感じではないか?


 目の前ではいとし子の細い腰を抱き寄せて、雷から身をもって守ろうとする例の男。よし良い。よくやった!


 ・・・男は公爵家の次男で、金髪緑眼の真面目な奴だった。


 血筋で言えば遥かな過去に王家の姫が降嫁した、由緒正しい家柄という奴だ。だが、先のエンダールの乱の折、祖父が先の王家に組みしようとした愚か者だった。


 彼らの父は聡明な学者肌の男で、そんな父公爵を諌めたようだ。民意を失った放蕩するだけの王家に忠誠を誓うだけの価値は無いと言い切ったと言う。


 ・・・だが、聞く耳持たず会戦を叫ぶ祖父に見切りをつけ、彼を幽閉し、さっさと公爵位についた父親はすばらしかった。


 あの戦の折、エンダールに味方する古参貴族は皆無だったからなぁ・・・。


 その公爵が育て上げた兄の政治の腕もさることながら、騎士団に所属させ下層からたたき上げて来たこの弟の聡明さには眼を見張るものがある。


 兄は次期公爵として参謀副官の任を担い、弟は冴えた頭脳と卓越した剣技で王族の護衛に当たっていた。


 社交界の注目を浴びる将来有望な若手貴族。彼らの周りは華やかだ。


 しかも先ごろ兄の方が、侯爵家の一の姫と婚姻を結ぶことが判ってしまった。


 残された次男。家紋を背負うことが無いから見向きもされないのかと思いきや、成り上がろうとする新興貴族にとって最高の婿がねだ。


 何せ公爵家は安泰。兄は参謀として将来国の中枢を担うことが証明されているのだ・・・。


 だが、弟の目線はいつも揺るがない。


 彼の向かう目線の先にいつも金茶の髪した娘がいる。護衛だから当たり前だと、果敢に攻め込むご婦人はいるが、ワタシのいとし子以外の娘には目もくれない。


 ・・・そしてひそかにディノッソが姫の婿がねと目をつけていた男だった。たしか、現在は近衛隊一番隊の隊長だったはずだ。


 ディノッソとノエルが変装しては近衛隊に忍んで行くので、後をつけたことがある(・・・ディノッソは美味く変装していたがノエルは普段通りだった)


 勤務態度は真面目。酒はざるだが女癖も無く、賭け事もしない。そして何より、王女に忠誠を誓った騎士だった。


 父母のめがねに適った理想の婿殿・・・が、しかし。


 「うぬう・・・」

 

 見つめ合って頬を染めている場合か! 少しはいとし子を見習って、口説かんかっ! ええい、この朴念仁めっ!


 ・・・こんな時、エンダール二世ならすかさず耳元で、甘い言葉を吐いていたぞ。・・・あの王妃にはあまり効き目はなかったがな。

 ディノッソなら艶麗な微笑でノエルを誑し込んでいたぞ。・・・腰砕けになったところをすかさずお持ち帰りする事も忘れなかった。


 エンダールに忠節を示すなら、頼りなげな一の姫を、男らしくお守りする事だと、ワタシ自ら夢枕にも立った。


 滅多にないこの好機、逃してどうする。妹姫の目線、意識が注がれている今、存在を示さずして、何時示すのだ、貴様っ!!


 ぎりぎりと睨みつける眼差し。ワタシだけではない。まあ、ワタシの殺気は消してあるから厳密には覗いているやからは二人だ。


 ワタシの対岸では大木に隠れながらノエルが固唾を呑んで見守っていた。・・・その足元にはディノッソ。踏みつけて止めているのはノエルだ。


 『俺の・・・俺のお姫様が・・・コロス。やっぱり、あいつコロス! 公爵が何と言ってもかまわない!』

 

 ・・・やれやれ、ディノッソ。婿がねと定めたのは自分だろうに・・・。

 しかしこれでノエルの父も溜飲が下がる事だろうな! 

 

 『そしたら、分かれるわ、あなた』

 『奥さん!?』

 衝撃を隠しきれないディノッソの情けない顔。・・・やれやれ、いとしごよ・・・。


 父親の娘に対する偏った愛情を垣間見た瞬間だった。


 妹姫の動向が、父母もろとも目を離せない、そんな時。


 『・・・姫。ずっと、お慕い申しておりました・・・』


 切ない眼差しで妹姫の心に切り込んだ。


 (((よしっっ!!!)))

 父母もろともに拳を握り締めた。


 眼を見開いて呆然としていた妹姫が、握り締められた手と、近衛騎士を見た。


 真剣な眼差しに射抜かれて、姫の頬に朱がのぼる。小さく震える唇が、何事かを言ったようだ。


 『・・・わたくし、何のとりえも無い、女です。剣以外上手く扱えません。およそ淑女と申される女性のする事は、さっぱりです』

 『誰よりも努力している事を、存じ上げております』

 男はそう言って妹姫の腕を取った。

 剣だこに紛れて、刺繍針で突いた跡が残っている指だ。

 針で突いた後、男がその指こそを、舐めて癒して上げたいと願っていたのを知っている。


 『・・・父のように俊敏でもなければ、母のように穏やかにもなれません。ましてや、兄のような明晰さは皆無です』

 『姫の安らぎになりたいのです』

 追いかけて追いかけて、理想とする人たちは遥か彼方。

 焦れていたのを知っていた。

 理想の結果が出せなくて泣いて悔しがっている事も。

 そしてそんな彼女の後姿に、手を伸ばそうとしては何度もためらっていた男の事も。


 『何れ戦が始まります。その時、わたくしは民のために剣を取り、戦うと決めております。戦場にしか、活路を見出せない女が、どうしてあなたの手を取れましょう』

 『・・・あなたを守るのは私の命を守る事と同意義です。そして姫なら、わたしに守られているばかりではないでしょう?・・・一緒に、戦ってくださいませんか?』

 『・・・一番隊隊長の・・・』

 『ええ。わたしの背を任せて良いと思える相手はあなただけです』

 あなたを守って、あなたに守られて、そしてこの国のすべてを守り抜いて見せます。 



 『ですから、姫。


   わたしの妻に、なって下さい』



 『・・・・・・はい』



 泣き笑いの笑顔は、すぐに男の唇に塞がれて、赤く染まる夕日の中でとても幻想的だった。



 いつも、いつ見ても、いとし子の恋の奇跡は胸が躍る。


 

 ・・・うむ。眼の端に見える、今にも剣を抜いて切りかかろうとするディノッソを除いてな。ノエルが抑えているから大事無いと思うが。



 満足のため息をつき、さて帰るかと、踵を返す。



 ・・・・・・そして、真摯な碧の眼差しに、囚われたのだ。



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