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ありすインワンダーランドは金髪だらけ

 抱きつかれて、やれやれと金髪天使を見つめた。


 相変わらず、わんこ少年は可愛いなあ、見えてないけど必死にふってる尻尾が見えるようだよ、おい。


 守って! と言わんばかりの体全体からあふれ出す可愛いビーム、おねえさんはウラヤマシイヨー。


 金髪はさらさらで、今回はどこも血に濡れてなかった。よしよし。碧眼は涙に濡れて、でもうれし泣きだって解る。


 ざっと少年の身体を見て、どこも怪我はなさそうなのを確認する。


 あー、良かった良かった。


 いつもならこれで役目は終わりと、意識が遠のくのに身を任せるのが常だった。


 ああ、ほら、来た来た。すうっと意識が遠のいていく、この感じ。ああ、今の授業は、数学Ⅲだったなー・・・先生の怒りを思うと気が重くなるわー・・・。課題倍増は決定だなー・・・。


 ーーーだけど今日は、違っていたんだ。


 「---りす! ウワン、コウ、ありす!」


 腰に抱きついた少年が、あたしの腕を握ってがくがくと揺らすんで、一瞬、気がそがれた。


 消えそうな、あやふやなあたしの存在感が、ふと場に戻る。


 必死にあたしを見上げるその顔に、ああ、この子も、はなれがたいと思ってくれているんだな、と嬉しくなった。


 遠のく意識を繋ぎとめ、少年が促すまま腰を折りひざまずいた。目線が重なる。


 ぱあっと明るく輝く笑顔に、少しでもこの子と言葉を交わせたら、とそう思ったのはうそじゃない。


 短いとりっぷの最中に、出会えるのは殺気立った刺客の皆さんと、この子だけ。言葉を交わしたことも数えるほどで、こうして手を取り合うこともなかった。


 毎回ピンチのときに現れる、あたしったらまるでこの子にとっては正義の味方じゃない?


 あたしだって、時間が許すならこの天使ともっとお話がしたかった。毎回毎回、泣き顔のような笑顔に見送られて別れるんだよ? 後ろ髪が引かれるなんてもんじゃない。


 刺客は大体片付けるけど、乱戦の後たった一人で残されて、金髪天使は心細いだろう。


 無事家に帰りつけたかな。


 あの子の味方が探しに来てくれてると良いなあ。ぶっちゃけ、良い人に保護されますように! と、祈ったりもしてた。


 だって、毎回とりっぷする度に、命狙われてますって子なんだよ?


 心配じゃーないか!


 だから学校帰りに通りかかる神社に、金髪のわんこ少年の無事を祈願するのが日課になりつつあったくらいだ。


 ・・・まあ、通信簿に「授業中死んだように寝ていることがあります。生活習慣を見直しましょう」って書かれた時は、親にこっぴどく叱られた。


 気が遠くなった時に体験する白昼夢が、少し(?)スペクタクルで血湧き肉踊る展開なのが問題なんだよね。


 そりゃ、始めはびっくりして悩んだけど、一年に四回程度のとりっぷなら、楽しむかー、楽しんだほうがお得よねー、って、達観しても見た。え、あきらめるのが早いって?


 いやだ、人間、あきらめが肝心よ! だって自分の意思じゃどうにもなんないんだもん。


 普通に生活してるだけなのに、戦乱に叩き込まれるんだもん。二回目のとりっぷ時なんて、リアルな土ぼこりと血臭漂う戦場に放り出されたんだよ? 屍るいるいで叫んだところで誰が助けてくれるのさ。


 多分金髪わんこ少年自体だって、味方が誰もいなくなって、右も左も敵だらけ、にっちもさっちもいかない危険な状態に陥ってて、誰か、神様!って祈ったと思うのよね。で、現れたのが・・・あたし。


 がっかりさせたと思うよ。全力でがっかりさせたと思うとも!


 あたしだったら、危険なとき、誰か助けてー!って叫んでさ、あたしみたいな非力な(ここ強調しとく)女子中学生が正義の味方よろしく現れたら、全力で脱力する。


 ふざけんな、って思う。


 でも、ね。その非力な(ここ重要)か弱い女の子が(ここ大事!)大の大人をちぎっては投げて、助けてくれるわけよ。


 それって、ヒーローじゃん。


 あたしってこの子にとって、唯一の味方で、絶対の信頼と尊敬と愛を向けられる、天使みたいな存在なんじゃ・・・?


 うん。おねえさんは、ここはやはり菩薩の微笑を見せておくべきじゃなかろーか?・・・うん、それってどんなって突っ込みは後で自分にしとくよ。


 え、えっと、ふんわりとこう・・・笑って、め、女神様のように(てへ)・・・え、でも、それってどんなかなー。


 「怪我は無い?」

 女優よ。

 女は女優!


 「アリ、ス。ウワンコウ、あり、す」

 金髪わんこ属性の将来有望株が、腕を伸ばしてくる。その、今にも泣きそうな、顔。


 ・・・いまだに、あたしはわんこ呼ばわりだったけど、これって今までにない展開よね? 今までは唐突に始まり唐突に終わるショートとりっぷばっかりだったもん。


 こっちの世界の主役との、十三回目にして初のあたしの意思によるわんこ少年との意思疎通の開始。


 あたしは、あたしのとりっぷの意味が少しでもわかれば良いなーなんて、のんきに考えてた。


 ぎゅっと首筋に小さな手が回されて、わんこ少年の髪からお花の香りが漂う。


 良いシャンプー使ってんだろーなー。


 頬に当たる髪の質はふんわりなれどさらっさら。くー、うらやましー! 次のとりっぷの折には、是非シャンプーのお持ち帰りのご準備をお願いしたい!


 すんすんとお花の香りを堪能し、さて感謝の抱擁はこれぐらいで、そろそろお帰りの時間かなー? って考えていたら、首の後ろでわんこ少年の手のひらが、なでるように動いた。


 かちり。


 ・・・と耳元で音がしたのに気がついて、ぼんやりしていた意識が嫌にくっきり、はっきりしたな~と思いはした。


 え? あれれ? なあに、これ? ぷれぜんと? 何気なく首筋に手をやって、硬くて滑らかな何かが首に巻かれているのに気がついた。


 「・・・あれ? なに、これ・・・」

 こてんと首をかしげてわんこ少年を見た。

 碧の瞳がまっすぐあたしを見つめていた。

 にっこりと、笑う。


 釣られてあたしも、へらリ、と笑ってみせた。


 「似合うよ、ありす」


 はっきりした日本語で、そう言って目の前で花のように微笑む金髪天使を見ても、現実が早々実感できなかった。


 「あ、れ、言葉・・・」


 君、今まで片言だったよね? いつの間に勉強したのかな?


 「ありす、ずっとこの日を待っていたんだ。夢物語に聞きながら、ずっと待っていた」


 まっすぐ射抜いてくる眼差しは、澄んだ碧。ぎゅっと離さないとばかりに抱きしめてくる腕の力は、縋るようだ。


 「ありす、「僕」を助けてくれてありがとう。君に助けられた「僕」の分も礼を言うよ。そして今、現れてくれてありがとう。僕に捕まってくれてありがとう。僕の守護天使ウワンコウありす」


 目線を合わせて決してそらすことを許さない、力強い碧の瞳。


 魅入られるように取り込まれて、気がついたときはもう遅いのだ。


 あたしは、異世界に囚われた。


 散々助けてあげた、金髪天使わんこの手によって。



 ************



 「・・・ねえ、これはずしていいかな? どうも、こっちの世界のものを身につけてると帰れないみたいなの」


 ずるずると、わんこ天使に引きづられ歩きながら、ぎゅうっと目を閉じてはぱちっと開くのを繰り返した。


 気が遠くなるあの感じがやってこない。


 血の気が引いていくのを感じた。


 「これが帰るのを邪魔してるみたいなの・・・その、プレゼントはありがたいんだけど」


 「また消えるんでしょう? だからいやです」


 ・・・やっぱ、こいつだ。


 たぶん、プレゼントのつもりなんだろうけど、でも女性へのプレゼントに首輪はないと思うよ。わんこ天使、お姉さんは君の将来が心配だよ。


 原因がわかったから、金髪天使に外すよう懇願するも、却下された。


 「んー・・・プレゼントはありがたいんだけど、あたしにも生活があるから、」

 なるべく穏便に済ませたかったのになー・・・。

 身に染み付いたもったいない精神が、首輪といえども無理やり外すのはご法度と言っている。

 でも、あっちでなれた金具の類が指で探ってもわかんないんだ。

 きっと目の前の子供しか外し方を知らない事実。


 「仕方ない、な・・・。ごめんね、ちゃんと直すから、許してね?」

 ・・・もって帰れるとは限らないけど、誠意は示した。

 おし。

 首にはめられた首輪を両手で引きちぎろうと引っ張った。

 トリップしたときは、怪力が約束されていたから、こんなの、簡単に引きちぎれて・・・引きちぎれるはずで・・・引きちぎられるべきで・・・。



 あれ。

 あれれ。


 くす、と金髪天使の口元が可憐に微笑んだ。


 「・・・は・・・外れない・・・」


 思わず愕然としてしまった。

 そのまま金髪天使を見上げて、はめたのがこの子なら、外せるだろうと詰め寄るも・・・。


 「やだ」

 一刀両断。

 ああ、金髪天使はすねても天使。

 なんてほんわかしてる場合じゃない!


 「・・・助けてあげたのに、この仕打ちは、なんででしょー?」

 えーと。今なら怒らないで許してあげる。おねえさんは懐が広いのだ!


 ・・・でも、金髪天使はつんと明後日を向いたまま。


 「もしもーし」

 だんだんと焦りが出てきた。

 外してよ、帰らないと大変なことになるんだよ?

 おもに、内申書がずたずたのぼろぼろに・・・のおおおおお!


 「・・・君が「僕」を助けてくれたからだよ、ありす。ちゃんとお礼を言いたいし、御礼をしたいんだ」

 怪しく光る碧の瞳。


 「いつもいつも、君は消えてしまうからね・・・。消えてしまったら、御礼が出来ないだろう?」

 おぞぞ、と背中に悪寒が走った。


 「・・・か・・・帰るー!」

 往生際悪く言い募るも、いつもの気が遠くなる感じがやってこない。

 絶対この首輪のせいだ。

 この金髪わんこ天使がなんかしたんだ。

 今までだって、危険と隣り合わせのとりっぷだったのに、戦い以上になんだか、こう、じわじわと、ヤバイわなに嵌った感じがよぎるのは何故でしょー・・・?


 しーかーもー。

 怪力が約束されていたのに、今じゃすっかり元の女子中学生並みの腕力だ。

 金髪のわんこ天使の腕すら振りほどけない。


 ずーるずるずる。

 首輪に続く縄引く金髪天使は、良い笑顔であたしを引っ張って歩く。


 「それに・・・こうでもしないと、またいなくなっちゃうだろう?」

 消えたら最後、出会えないなんて愚は冒したくないんだ。

 そう呟いて小首を傾げて笑う少年は、イッちゃうくらいに可愛かった。


 ・・・もー、ヘンな事を言う子だ。


 こうして何度も会ってるじゃないか。


 あたしの世界では、そりゃ、三年は経ってるけど、わんこ天使を見る限りじゃ、こっちだってそんなに時間経ってないでしょー・・・?


 そう言ったら、金髪碧眼のわんこ天使は淡く笑った。


 なにがこんなにわんこ天使を歪ませたのかな。


 あれかな、刺客に襲われてばっかりで疑心暗鬼になってるんだな、きっと。


 信じられるのはあたしだけ! ってな感じに。


 だから、まー・・・仕方ないかなー・・・。そんなに時間にタイムラグは無いみたいだし、わんこに付き合って説得して、納得させて首輪を外して貰えば良いかー・・・。


 金髪の、わんこ天使には笑っていて欲しいもん。


 しかたない。


 お姉ちゃんが一肌脱いでやろーっと!


 そんな風に考えた。


 ・・・後でもろ肌脱がされるなんて思いもせず。



 *********



 ・・・・・・えーと。


 ・・・ええと、こういう時はなんて言うんだっけ・・・?


 ああ、そうだ、あいた口がふさがんない、だ。


 文字通りぱっかり口をあけた間抜けな顔を晒してしまった。


 なのに、誰もそれを見咎めるものはいないようだ。


 無礼者め! とか言いそうな壁に張り付いてる兵士の皆さんも、固まっている。


 金髪のわんこ天使に拉致・・・連れられ(引きずられ?)赴いた先は、わんこ天使に良く似合うこれまた絢爛豪華なお城の一角。


 石造りの堅固な城門が、大きく開かれ、意気揚々と入城していくわんこ天使。・・・と引きずられていく一般人。


 あたしをかわいそうな目で見るくらいなら、子供の情操教育に力を入れろ!


 他人を信じられなくなった金髪天使を改心させなさい!


 それよりも、見ているくらいなら、誰かあたしを助けなさい!


 ずるずると引きずられていくあたしの背後で、みんな驚いた顔で囁きあった。


 「守護天使ウワンコウが、現れた!」と。


 「く~~~・・・あたしは、わんこじゃないっ!」


 首輪されてても、人間だー!


 と、連れられる間、左右に突っ込んで、気がついたら、場内の大広間に連行された。


 金髪天使に促され顔を上げ・・・・・・。


 ただいまも絶賛、絶句中であります。ぱっかりあいた口を誰も見咎めてくれなかった。後で気がついて顔面から火噴いたよ。


 そろいも揃った金髪碧眼天使たち。・・・ただし、老若男女、大中小揃ってます。


 はめられた(もじどおり)首輪のおかげか言葉がわかるのは良いけど、人間の尊厳って奴が警告音を出し続けてる。


 それすらも一時忘れることが出来るほどの衝撃だった。


 「ありす!」

 最初に、玉座に座る、たぶん昔金髪だったんだろうなーな感じの白髪の麗しのおじいさまが叫んだ。

 玉座の肘掛にがっと手を置いて、身を起こす。

 その驚愕の眼差しは、碧。


 「・・・は?」

 何故、名前を知ってるのですか・・・? こてんと首をかしげ多分王様を見上げた。


 「ありす!」

 玉座から一歩下がった場所に立っていたがっちりマッチョな、おじ様が叫んだ。

 蓄えられた髭は髪と同じく、白いものが混ざる色あせた金。

 見開かれた瞳は碧。


 「・・・は、い」

 あれ、これ、なんかやばくね? こんな返事で良いのか、あたし?

 


 「ありす!」

 「ありす!」

 「ありす!」

 玉座から一歩ずつ遠のく位置に立つ、金髪どもが叫びだした。

 どっしりした風格の、玉座に座るおじいさんに似ている男性。

 繊細な美しさを持つ、背の高い美人。

 玉座に一歩下がった場に立つ叔父さんと似ているマッチョな武人。

 でもみんな、どことなく似ている。目じりとか、鼻筋とか、眉毛とか。


 「は・・・はい。はいっ。はい!」

 あ、いかん、いかん、ちゃんと返事をせねば!

 

 「ありす!」

 ・・・叫んだ中には女の人もいた。

 きっちり結い上げた金髪は、ストイックな印象を与える金髪美女だった。


 「・・・は、い」


 正直戸惑っていた。


 でも、あちこちから感極まったように名前を呼ばれるんだ。


 返事をしないわけにはいかないでしょう?


 呼ばれる度、名を呼んだ人に目線を合わせると、・・・みんな、泣きそうな顔で、顔をくしゃりと歪めた。


 ますます持って、なぞだ。


 わんこ少年が家族にあたしのことを話していたって事かな・・・?

 

 「ありす!」

 わんこ少年より二つ三つ大きい、金髪のお兄ちゃんが最後にあたしの名を叫んだ。


 「はいっ!」

 

 わかった。解ったからそんな必死にあたしを呼ばないで。


 なんか気が遠くなるから、そろそろ合唱やめてくんないかなー・・・。


 年齢各種。


 身長各種。


 髪型各種。


 性別各種取り揃えた、金髪美人が、びっくりした顔でこっちを見ていた。


 ・・・びっくりする権利はあたしにこそあると思う。


 すげーな、遺伝子。


 生命の神秘、ここに極まる。


 どうしたらこんなに、美形な金髪碧眼を大量製造できるんだろー・・・。


 


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