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ありすインワンダーランドの影向

 せっかくあらわれた守護天使は、ワタシのいとし子を守りきると姿を消したそうだ。


 まだ、まだ、呪が足りないのか。


 呼び込めるだけの呪は確立できた。幾多の集落の消滅と、数多の悲鳴が土地の魔呪となりえた。


 では次は?


 ・・・呼び込んだこちらで、守護天使を繋げば良い。


 ・・・捕らえて離さぬように。


 呪を紡ごう。

 呼びこんだ天使を逃がさぬよう。

 呪で繋ごう。


 ワタシのいとし子に更なる栄華を約束するために。


 *******


 いとし子はワタシを残して年を取っていく。幼子は青年となり、夢の中の少女と異なる娘に恋をした。


 エンダールが力を入れていた騎士団の、団長の娘だった。


 貴族が名を連ねる近衛騎士団ではなく、広く一般子弟に門戸を開いた自警の意義が強い団だった。


 下級貴族や農民でも力量があれば入団が叶うよう、貴族の意見を聞かず整備したのは初代エンダール王。手を貸したのは隣国で名をはせた傭兵。


 貴族の子弟が名を連ねる近衛騎士団は王城や貴族は守れども、平民を守ろうとはしなかった事が発端。

 それを憂いたエンダール王が、民を守ろうと集めたのが、傭兵集団、狼牙だった。


 一介の貴族が、粗野な傭兵を忌避するのは仕方のないことだったが、エンダール王は彼らを擁護し、日々教育を施した。


 教育を受けてこなかった粗野な傭兵や農民に一般教育を施し、その後騎士道を叩き込んだ。


 その厳しさは貴族騎士団の子弟が、尻込みするようなものだったと言う。


 エンダール王は彼らに問いかけ続けた。何のために剣を持つのか。何のために戦うのか。富か、名誉か、権力か?


 こうなりたいと願う自分に近づくために、剣を振るうと男が言えば、それすら他者を蹴落とすための自己顕示欲ではないかと言い返される。


 強くなりたいからだと言えば、鼻で笑って打ちのめされた。


 国のために、と言えば王は眉をひそめて毒づいた。


 模範的な回答を返せば返すほど、打ちのめされ、冷たい眼差しで見据えられた。


 徹底的に彼らは鍛えられた。そしてそんな彼らにエンダールは説いた。


 『・・・弱者を思う心がなければ、それはただの凶刃の集まり。災厄を呼ぶ忌まわしきモノでしかない』


 他者を想う心がなければ、背を預けるに足りるだけの信頼を築かねば、それはただの凶刃に過ぎない。


 信頼無くては、剣を持つ意義すらない、と。


 人を磨け、と王は言った。


 体を鍛えるように心も鍛えよ、と王は言ったのだ。


 ・・・妙な王だ、と彼らには認識されたようだが、言動行動すべてが目を引くエンダール王だった。


 そして、その王にたった一人残された王子が、狼牙騎士団にやってきたのだ。


 目の覚めるような麗しの王子に、はじめ騎士団の男たちは眉をひそめた。


 入るなら近衛騎士団だと思っていたのだろう。

 貴族の長である王の実子。しかもたった一人残された、王子だ。


 そんな王子が掃き溜めとうわさされる狼牙騎士団に、入団する。


 なんの冗談だ、と彼らは憤った。


 だが、歯向かった男たちは、問題の王子に完膚なきまでに叩きのめされる。


 ワタシの愛しい子、ディノッソ、二十の春だった。


 *


 ・・・あれから五年経つのか。


 中堅どころの使い手になっていたディノッソの元には連日縁談が舞い込んでいるようだ。いとし子の周りは華やかで姦しい。

 

 何しろ目の覚めるような美丈夫ぶりなのだ。女も男も惚れる駄々漏れの色気はある意味、凶器だ。さすがワタシのいとし子だ。


 だが、本人至ってストイックに剣の道に精進しているので、誰も言い寄れないし、そんな隙は見出せない。


 守護天使に庇われたふがいない自分を恥じていたのだろう、根本から自己を叩きなおす勢いで、日々いとし子は鍛錬を重ねていた。


 『・・・ねえ、強くなりたいの? それとも自分を痛めつけてるの?』


 鬼気迫るように強さを求めていたディノッソが、小さな娘のやわらかな眼差しに射抜かれるとは、きっと誰も思わなかっただろう。


 『ねえ、そんなんじゃ駄目だよ。強くなりたいなら、守るものを持たなきゃいけないんだって、とうさん言ってたよ』


 ワタシだってその瞬間を見ていなかったら思いもしなかった。

 

 だが、ワタシのいとし子の眼差しに、身を震わせるような疼きを感じたのは間違いない。


 ディノッソの、恋に陥る瞬間を、ワタシもまた見納めた。


 いつ見ても、我がいとし子の、恋の奇跡は胸うずく。


 『・・・父上・・・団長と一緒にいるのは、誰なんですか、』


 エンダール二世に問いかけた、いとし子の眼差しは真剣だった。そして彼らの見やる先に、鬼の団長と恐れられる騎士団団長が、女の子と手を繋いで歩く、ほほえましい光景があった。


 いとし子の眼差しは物騒だ。まさかと思うが、いとし子よ、娘の隣に立つ男を抹殺しようと思ってはいまいな?


 『・・・あれは親子だぞ。殺気を殺せディノ』

 あごに手をやり、エンダールが呟いた。

 王子様といえど団内では呼び捨てが基本だ。

 しかも階級が歴然としているため、団長と王の会話に入る事は叶わない。


 『・・・呼ぶんならそこの女殺しをどっかにやってからにしてください。俺の可愛いノエルが孕ませられたらどうするんですかー』

 団をすべる団長の言葉にディノッソは目を白黒させて、女なんか殺してない孕ませてもいない、と慌てて付け足していた。

 そんなディノッソを見て、少女が笑った。

 その笑顔を見て、ディノッソが固まった。はねる心音に戸惑っているのが手に取るように判った。


 金茶の髪、蒼い瞳の可愛い娘だった。

 父団長の手伝いで洗濯や掃除に明け暮れる、およそ貴族の娘と言うよりも、下働きの娘のようだった。


 だが明るい笑顔で男達を鍛錬場へ送り出し、疲れて戻る彼らのために、くるくるとよく立ち回っている。

 

 ディノッソも始めは恋愛の対象とは見ていなかったようだ。


 さもあらん。八つも離れている子供で、色恋沙汰に晩生な様子が見て取れる娘だ。宮廷の花との戦いで百戦百勝のディノッソの恋の相手だなんて、それはもう、玉の輿と言うよりは、


 ・・・虐め以外に他ならない。


 『・・・ディノッソ様、お早く王城へお帰りください』

 ある日、騎士団団長が顔をしかめ囁いた。

 常なら呼び捨ての名を、わざとらしくも様付けして、その顔には大きく邪魔だ、と書いてある。

 『・・・ここが気に入っている』

 鍛錬の最中でも洗濯ものを干しているノエルを見れる、ベストポジションだった。

 ノエルを狙う男は多く、ディノッソはいつの間にやら護衛よろしく娘に張り付き、鍛錬していた。


 ・・・他人の機微には聡いくせに、自分の心となると不可解なのが、見ていて歯痒い。


 『風当たりがきついんでさ。なまじ女は娘しかいないから、嫌がらせなんかも増えてきてましてね』

 難しい顔をしながら団長が囁いた言葉に、ディノッソは振り向いた。

 『ノエルに何かあったのか』

 『何かあったら遅いから申し上げているんです!』

 騎士団団長は肩をすくめて見せた。

 

 『だいたい、脅迫状もらったってけろりとしてるんですから・・・我が娘ながら、』

 『・・・もらったのか』

 『えーえ。真っ赤なインクで大書きにされた『殺』『死』『滅』の文字がね! ・・・問題はそれを見た娘が、眉ひそめてですねぇ・・・』


 そう言って騎士団団長である男が話し始めたノエルと言う娘・・・ワタシのいとし子が、心奪われた娘もまた、在る意味規格外の娘だった。


 もらった脅迫状の恐ろしさに真っ青になって震えたのか、泣いたのかと思いきや。

 ふふふ、とワタシはこらえきれない笑みを浮かべた。


 赤いインクで書かれた脅迫状に、娘はすらすらと添削をいれ始めたのだと言う。

 言い回しの間違い、誤字脱字、文章上の不適切な接続詞の指摘などなど。

 真っ赤な血文字のような脅迫状が、青いインクで添削されて、なんとも間抜けな代物になっていた。

 それを見て満足そうにため息をついた娘が、今度は頭をひねり始めた。


 『・・・とうさん、差出人不明で、どなたにお返しすればいいのかわかんないの。しかも誤字脱字てんこ盛りで、書き間違いなのかそう思い込んでいるのか、痛々しい内容で・・・。まさか、こんなお手紙をほかの方にも出してらっしゃるとは思えないんだけど、ここまで酷いと貴族のお姫様のはずなのに、教養なしの馬鹿だと笑われちゃうんじゃないかな・・・』


 本気で相手の女を心配しているのが、有ありだった。この娘にワタシのような悪意は無い。・・・正直こんな純粋で大丈夫なのかと本気で心配した位だ。


 そして、それを知っていながら素直な娘の心配事に、乗り気で乗るこの親の方が問題だった。この娘にこの父は邪悪すぎる。この父に育てられてまっすぐ育った娘は偉い。


 『・・・しかたがない、騎士団前に掲示板を作っってやるよ。張っておけば気付くだろう』

 『えっ! 貼っちゃだめよ、とうさま!』

 『アハハハ、ま、すべてこの父に任せな~』

 『ちょっ!!! まっ!!!まって! とうさんッ!』

 いっそいい笑顔で騎士団団長である娘の父が笑う。あの男の尻には黒くて細長くて先のとがった尻尾がついているに違いない。


 団長の笑う声はほがらかに響く。

 心底楽しんでいる声は心躍らせるはずなのだが、なぜか心がしんと冷えていく。


 ・・・どのような楽しみの質なのかが問題なだけで、むしろ、いとし子とその思い人に咎が無いのが救いだ。呼び込んだのは貴族やつらのほうだから。


 『文句をつけてきた娘にも良い薬になっただろうよ。馬鹿さ加減を放置していた親にも、良い薬になっただろうし、礼をいわれてこそ、だろう?・・・悪意を向けられるなんてお門違いも甚だしい・・・』

 ・・・子を守ろうとする気概のこもった眼差しだった。

 あの男もまた、狂気の端に片足を入れていたのだなぁ・・・。娘といるところしか見ていなかったから、暗くよどんだ執着に気付かなかった。

 娘に危害を加えようと悪事を企んでいた者共を、蹴落とし踏みつけながら、騎士団団長は見せなくなっっていた傭兵としての片鱗を垣間見せ、冷めた微笑を浮かべながら、眉一つ動かさず、剣を振るった。


 下層の傭兵上がりの男だと、たかを括っていた貴族どもは恐慌に陥った。

 逃げようとも逃げられず、周到に追い詰められて、首筋につめたい金属の刃がすべる。

 足元は血と肉の破片。ニゲラレナイ。


 『・・・どっちにしろ、俺の可愛いお姫様を、遊び女扱いしてくれた代償は高くつくぜ?』

 ・・・ノエルの父親は、かつて敵国・・・隣国で傭兵を率いていた男だった。すこぶる悪い口も最近では大人しくなっていたのに、この男の本質を見誤った貴族どもは、頭も悪ければ、運も悪い。


 自業、自得。


 この言葉を噛み締めて、いる事だろう・・・死んだものはあの世で、生き残ったものは、恐れおののきながら屋敷の奥で。


 そんな水面下でのやり取りを、知ってか知らずか・・・いや、知らぬはずはないか。我がいとし子は知恵が回る。・・・その知恵の大半は悪知恵だが・・・。


 そして、腹を決めたディノッソは容赦なく娘を追い詰め始めた。


 *


 外堀から埋め立て、古参貴族の利害を見抜き、容易にことが運ぶよう懐柔し、階級の低い娘でも輿入れが叶うよう普請した。いつの間にか古参貴族の後押しが決まっていた。


 娘がおかしいと思い始めた頃には反対するものなど皆無だった。傭兵だった父親以外は。


 『ノエルッ! 逃げるぞ!』

 『とうさん!?』

 『このままじゃなし崩し的に輿入れ、王子妃就任だ!』

 そしたら、娘といえど会うのが難しくなるうううっっ! 俺の生きがいは、お前なのに、お前を俺から取り上げるなんてっ!

 ぐるぐるうなりながら、父親は目ぼしい物を鞄に突っ込み始めた。

 お前と当座の資金。それから母さんの形見・・・と次々突っ込んでいくその手際のよさ。・・・夜逃げは何もこれが初めてではない。

 仕方がないなぁ、とノエルも荷物をまとめようと腰を上げたときだった。


 『・・・大丈夫ですよ王子妃の仕事には騎士団の慰問が組み込まれてますから』

 涼やかな声が響いた。

 『・・・ディノッソ、様・・・』

 ノエルは信じられない思いで名をつむいだ。

 父娘二人に、王子本人の現れは衝撃だったのだろう。だが、やはり父親。衝撃から立ち直るのは早かった。

 

 『慰問じゃヤダって言ってんだろーが! 毎日ノエルのご飯食べてノエルの整えたベッドで寝るんだ!結婚なんか早すぎる! ノエルが足りなくなるなんてヤダ!』

 『餓鬼ですか、あなた・・・いい加減子離れの時期なんですよ』

 ほれ。と手渡されたのが、騎士団団長のさらに上いく王国国軍軍団長の証。

 慌てて投げつけようとした父団長を、どっから沸いてきたのか左右を固めた屈強のマッチョが抱え上げた。


 『いやだあああああああああ! ノエルううううううう!』

 『と・・・とうさんッ!?』

 叫びながら自宅から引きずり出されていく団長・・・もといたった今から王国軍団長閣下。・・・しかし捕縛された熊のようだ。


 思わず後を追いそうになった娘を引き止めたのは、他でもない、ワタシのいとし子だった。

 『ディノッソさま! ち、父は何か悪い事をしたんですか!?』

 連行。という文字しか思い浮かばないのだろうなぁ・・・。だが、ワタシでもそう思うぞ(うんうん)


 おそらく投獄という文字しか脳裏に浮かんでいないのだろう娘は、いとし子の腕の中で青くなっていた。


 『・・・栄達です』

 何か問題が? と言わんばかりのいとし子の眼差しに、(すまん、娘。)少しだけ娘に憐憫の情を傾けたワタシだった。


 ・・・そして、気がついたときは、娘はディノッソの褥に追い込まれていたのだ。


 さすが我がいとし子。そつがない。


 それでも娘はかたくなに王子妃の地位を返上しようとしていたが・・・ディノッソはここぞと言うところで泣き落とした。


 絵に描いたような王子様の涙だ。娘は息を呑み、目を白黒させていた。


 もとより聡明な、国が誇るどこに出しても恥ずかしくない王子だ。娘とて憎からず思っていたのであろう。ただ、相手を思って身を引こうとしていた娘にとって、ディノッソ渾身の泣き落としは衝撃が強かったらしい。


 うむ。さすがだ。あれでほだされぬ娘はおるまい。

 だがワタシは見たぞ。

 ディノッソのやつ、きつく胸に抱いた娘が顔を上げずにいたから安心したのか『してやった』と言わんばかりの笑顔を見せていた事を。


 既成事実を成立させればこっちのもんだと言わんばかりのラストスパートにも舌を巻いた。本当に、柔なベッドでなくて良かった。


 ディノッソが娘を妃にすると周囲に明言してからきっかり一年後に、娘は双子の赤ん坊を生んだ。 


 ・・・いとし子よ、仕込み具合も完璧だ。



  

・・・うん・・・なんだか、家政婦は見た!的なノリ・・・。

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