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ありすインワンダーランドの影

・・・このページちょっと痛い内容です。

ご遺体の描写や、死後出産などです。あんまり凄惨にならないよう注意しましたが苦手な方は、ご注意を。


 存在感のない女は、そこにいたが、だれも気付かないままだった。

 謀をくみ上げながら、呪の縦糸を操り、邪の横糸を張り巡らせた。


 それは壮大な蜘蛛の糸。

 隣国の王はすでに絡め取られて自我すらない。

 隣国にわたった王妃も妖に魅入られて意のままだ。

 

 もう少しで、叶うはずだった、呪の成立。


 けれど、駒は時に思いがけない動きを見せるのだ。


 浅いまどろみの中、銀の女は魂を揺さぶる衝撃で、隣国の王の腕の中、目覚めた。

 「・・・どう、したのだ××××、よ」

 王の応えに答えもせず、銀の女は掻き消えた。・・・残された王は、女が消えた事実に眉一筋も動かさず、日常に戻っていった。


 ・・・呪は、完璧だったはず。もうあと少しもしないうちに、あの高慢な高飛車女が王位を欲しがり息子を立てて父と争うはずだった。父と骨肉の争いを続け、女の息子が立つころには、この国は滅亡の一途をたどるはずだったのに。

 国の断末魔の悲鳴を糧に、守護天使を誘い込むための呪いも施した。


 すべてはエンダールの御世が、恙無く花開くのを見るために。


 一緒に笑いあえなくても、その幸せを祈ることは出来ると思っていた。永く生きた魔女になら、造作もないことだと。


 ・・・それなのに。


 あの子の慟哭が聞こえる。

 嘆いて怒って祈っている。

 

 「・・・なにが、あった」


 城中にかけていた破邪の呪いが、壊れている。時折訪れてはかけ直しておいたのに。あらゆる悪意を纏った者が駆け抜けたのだと伺えた。

 震える足を叱咤して、悪意の向かう先に進んだ。

 頭から血の気が下がっていくのを感じていた。体温が低くなっていく。いやな予感を振り払い、振り払いながら駆けつけた先で。


 血溜まりの中、絶望の咆哮を上げる金色の獅子の背中を見た。


 金獅子がかき抱く「それ」は、小さな人形のようだった。血に濡れてぐにゃりと曲がった幼い足が揺れていた。

 もうすでに息絶えた、二人の子供を抱きしめて、泣く彼の、目線の先に。


 「・・・なんて、こと」


 栗色の髪の女が倒れていた。瞳開けば碧の眼の、かわいらしい娘だった。エンダールの隣に立つにふさわしい、淑女。

 笑顔の可愛い、呼ぶ声のかわいらしい、自慢の『嫁』だ。

 さびしかったあの子が、『嫁』にだけ見せる笑顔がくすぐったくて、うれしかったのに。

 エンダールの血に連なる、いとし子が、彼らの足元を走り回るのを見ては胸が熱くなったのに。


 ・・・誰も彼もが、ワタシのいとし子から幸せを奪い去る。


 『・・・×××、め。よくも、母だけでは飽き足らないか・・・!!!』


 いとし子は、隣国の王の名を叫んだ。

 だが、違う。

 あの王は最早ワタシの手の中だ。自我すらない。では誰が? あの女狐か? いや、いや、あの女にそんな知恵はない。


 魔女は恐るべき思いにかられた。

 この城内に、この子を害しようとする者がいるのでは・・・?

 いや、それならば、妻子は人質にするはずだ。


 殺して、憎悪をかきたて、戦火を切らせようとしているのか、愚かな!


 では貴族院のばか者だ。

 戦時中安全なところで惰眠をむさぼり、美味い汁だけ飲もうとしていた奴らであろう。おそらくは、最近の破邪の呪がけで、経営する荘園の実入りが滞るようになって焦ったのだろう。・・・なんせ、荘園とは名ばかりの売春所だったからな。領民の娘を買い取って、ひどい扱いをしていた。

 この国の中でもその荘園は、邪がはびこって、なかなか浄化できずにいたのだ。

 消滅させてやったのは・・・もうすでに半年も前のことだ。


 だが、人の気持ちの濁りが、たまりたまって、情念と化したのだろう。使われていた女たちの嘆きも深かった。

 利潤をめぐって対立も深まっていた。人の上に立つ者としてやってはいけないことをしていた貴族たちは、この前揃ってエンダールに蟄居命じられ、家名剥奪の罰を受けたばかりだったはず・・・。

 逆恨みによる復讐劇、か。

 だが、そこは腐っても狸。不死身のエンダール。先陣を切って出れば負け知らずの、常勝将軍、命知らずのエンダール。

 ・・・彼らの憎悪を誘い、戦端を切らせるつもりなのだな。

 稚拙なわなは、稚拙ゆえに残酷だった。

 

 考えめぐらせる魔女の耳に微かな声が聞こえた。良く耳を澄ましていても聞き逃すだろうほど小さな声だ。


 銀の魔女は蒼い瞳を極限まで見開いた。


 「ま、さか」


 声は『嫁』の体内から聞こえるのだ。


 生きたい、と。ここにいる、と。小さな声が訴えかけてくるのだ。


 一刻の猶予もなかった。


 『嫁』は妊娠しているのだ! 『嫁』の残り少ない命が消えれば、中の子供まで死に絶えてしまう!


 銀の魔女は腹をくくると、黒衣の魔女としてエンダール二世の元へ身を表した。


 『エンダールよ、嘆くがいい。喚くがいい! 貴様の命こそ、とりそこなったが、今ここにある命、つ。確かに銀の魔女が頂いた!』


 『・・・四つ・・・?』


 泣き濡れた碧の眼が、徐々に力を取り戻していく。エンダールは息絶えた妻をの顔を見た。きゅっと唇をかみ締めて、眉がよる。


 そのいとし子の姿を銀の魔女は祈る気持ちで見守った。・・・気付け。お願いだ、気付いてくれ。


 エンダールは腰に刺したままの小刀を抜いた。白くなった妻の頬を撫で、首筋を愛しげになぞり、腰を撫で。下腹部を撫でた。死んでいるかもしれない。だが、可能性があるのなら。


 『ユリアナ、我慢してくれ』

 エンダールは、己が妻の亡骸に刀を入れた。


 慎重に切り進むエンダールの姿は鬼気迫って見えた。でも人の子だ。人の親だ。誰より愛しいものを知っていて、やらねばいけないことを知っている。


 『・・・命三つはもう、帰らない。でも、最後の一つきっとユリアナは守っているはずだ。・・・貴様なんかに渡すものか、』


 切り裂いた腹の中にエンダールが手を入れた。臓腑を探るように手を入れて、暖かな膜に手が触れた。その膜に覆われて、小さく蠢く胎動も。


 『ここ、か』

 エンダールは唇をかみ締めながら、愛しい妻の臓腑から、ずるりと赤子を取り出した。


 母の体液に塗れて赤い、小さな命を抱え上げ、エンダールは銀の魔女を睨みつけた。


 『・・・残念だったな、魔女。四人目は生きているぞ!』

 びくんっと小さな体が震撼し、けほ、と羊水を吐き出すと、小さな手足を動かして赤子が泣き声を上げた。


 『・・・その、ようだ、な。エンダール・・・』

 この気持ちをなんと言おう? 

 銀の魔女はあかい唇を吊り上げて、酷薄そうに笑った。そうしないと泣き出してしまいそうだった。


 『・・・し・・・仕方がないな、ではその子供はお前に返そう。だが、この国の足元にお前を疎ましく思う輩がいる事を忘れるな。大国にばかり目をやると、』


 『・・・貴様、隣国の手のものではないのか?』


 エンダールがいぶかしげな声を上げた。それに構わず魔女は続ける。


 『隣国など知らぬよ。努々忘れることなかれ、足元を掬われぬよう・・・』


 待て! と上げた声は、赤子の声に遮られる。


 魔女は魔女らしく顔をしかめると、エンダールの顔を指し示した。


 『おお、うるさい。赤子の鳴き声ほど耳に響くものはない・・・』

 そう呟いて、消えたのだ。


 残されたエンダールは険しい顔のまま、取り上げたばかりの赤子を抱きしめて、事切れた妻の腕に赤子を抱かせた。それから、事切れた子供を抱き上げて、ゆっくりと妻の隣に並べていく。

 金色の髪が綺麗な、碧の眼の長男と、栗色の髪、碧の眼の次男と。

 栗色の髪、碧の眼の愛しい人と。


 泣きながら母を捜す、生まれたばかりのわが子。


 ・・・涙が、止まらなかった。


 

 **********



 『・・・泣いておるのか、××××、よ』

 隣国の王の腕に抱かれた、銀の髪の女は、王の言葉に頭をふった。


 『いいえ。泣いてなどおりません。これは、そう、』

 ・・・鎮魂、だ。

 子を残し逝かねばならなかった『嫁』の思い。

 もっと生きたかったであろう子等の思い。

 そして、死した母の胎内から父の手で取り上げられた子の思い。

 生まれてきたあの子に幸あれと、ただ祈る。


 今度こそ邪な呪いに打ち勝てるように、エンダールの地に幸多からんことを願って。


 『・・・王よ、ワタクシ隣国の、×××地方の荘園が欲しゅうございます』


 ワタシから奪った奴ら。

 代償は高くつくと思え。



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