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ありすインワンダーランドのはじまりの物語。

はじまりの発端。


 ・・・はじめ、男は身の程を知っていた。


 隣国の王がかくまってくれるのは、この身のうちに流れる血の為だと言うことを。 

 己が、隣国における政権奪取の切り札であると言うことも分かっていた。

 「開放」という耳触りのいい言葉の裏に、隷属と服従とが内在するものだということも。


 血筋が表すとおり、男は先の王の一粒種で、父王が倒された今、男が頼るよすがはこの国しかなかった。


 ・・・母はこの国の王の娘だった。血筋だけ見れば申し分ない皇子だ。


 だが、父王、母王妃は、善政を敷くことなく、欲望のままに振舞った。


 貴族院は耳障りの良い言葉を言う者にしか門戸を開かず、諫言苦言を呈するものは王に嫌われ左遷の憂き目にあった。


 貴族院の言うがまま、税を吊り上げ、民を酷使し、贅沢を好み、毎晩のように酒色におぼれた。

 灌漑工事の求めがあってもそれをなすことはなく、結果、氾濫を起こした河川が農地を侵し、主力の農作物が取れなくなっても、土砂災害の被害にあって、農地も家畜も被害にあったとしても、誰一人として末端の民の窮状を知ることなく、隣国の救援を頼りに、飽きずに漁色に耽っていたのだ。


 隣国の祖父は淡々と待っていたのだろう。


 王を傀儡とし、娘である王妃を立て政権に介入し、民すべてを労働力に変える日を。・・・無給で働く隷属の民を召抱える日を。


 だが、祖父の動きを待つこともなく、火は身近であがった。


 父王の兄である、エンダール伯父は耳を貸さなくなった父王に、それでも諫言を繰り返し繰り返し伝えた。聡明な伯父を立てる気配は各所であった。軍部しかり、政府しかり、市政の民でさえそうだ。

 生まれた順を覆すものは血筋だけで、それに縋って王太子位についた父は、しかし民をかえりみる事はなかった。それに憤った者達が伯父上を推挙し、反旗を翻そうとした時も、叔父上は諌めすらしたのだ。話せば分かるはずだ、と。


 「それ」を拒んでいたのは、誰あろう伯父上その人だったのに。


 馬鹿な父上は、伯父上もろともその子まで狙いはじめた。


 伯母上がそれを察して子と共に山中に逃げたと知ったのは、すべてが終わったあとだった。


 山中の中腹は、まるで獣に食いちぎられ、踏みにじられたような悲惨な有様だったらしい。


 血臭漂う山中で、無残に惨殺された伯母上は、血に濡れても美しかったそうだ。それでも、おそらく命乞いをすればここまでむごい殺され方はしなかっただろう。伯母上を殺せとは父は通達していなかったのだから。それどころか、生きたまま捕らえよと言っていたほどだ。


 父に身を任せるか、母にひざまずいて慈悲を請えばおそらくは助かった命。だが伯母上はしなかった。


 ただただ


 子供を生かすため。


 美しい金の髪、緑の瞳の伯母上は伯父上と結ばれる前から社交界で知らぬ者のない、美姫として有名だったそうだ。父上にとって喉から手が出るほど欲しい相手だったのだろう。事実側室の打診すらあったそうだ。

 母上の矜持がそれを許さず、伯母上はいわれの無い中傷に傷つけられもした。

 だが、伯母上は伯父上と恋に落ちる。

 伯父上があっさり王位継承権を手放して、伯爵の地位に納まって、終わったかに見えた、恋騒動。


 だが、実際には、熾火のように燻っていたのだろう。


 父は靡かぬ伯母上を恨み、母は自分の矜持を踏みにじった伯母上を憎んだ。

 母上の伯母上嫌い具合を見るでもなく、おのず分かる。

 笑顔の美しいひとで、優しい人だ。何より伯父上を、そしてその子を愛していた。


 ・・・父王の放った刺客か、母上の放った刺客かは分からないが、伯母上を亡き者とした時、父王の行く末は決まったのだろう。


 伯父上の怒りは、すさまじかった。


 金色の髪が逆立って、碧の瞳が燃えていた。


 だから、当初、男は反乱を起こされるのは当たり前とさえ思っていたのだ。


 それどころか、速やかに軍を立ち上げていく手腕に舌を巻き、父王が倒れるときは自分の最期なのだろうと漠然と感じてさえいた。


 草を隅から焼き払っていくように、容赦なく攻め立てられて負けを意識したとき、伯父の前で笑って見せた。たった一つの強がりだ。


 だが、伯父は殺さなかった。


 「私怨はある。だがそれは君ではなく、君の父に払ってもらう。無用な殺生は私も妻も嫌いなんだ」


 追放。という形で追い立てられて国を出たとき、父王はすでに亡くなり、母は口汚く伯父上を罵っていた。

 恩知らず。恥知らず。誰が今まで引き立ててやったのか。恩知らず、恩知らず、恩知らず・・・。


 どの口でそんなことを言うのか、と呆れた。

 側を離れず身を呈して守ってくれる騎士も無く、放り出された二人を拾ったのが、隣国の祖父だった。


 あるべき場所へ返そうと祖父は言った。

 母は喜んでいたが、私はなにを馬鹿な、と思ったものだ。


 殺されなかっただけましなのだ。


 伯母上を奪い、その子の命まで奪おうとした報いを、父王が一身に受けてくれたから、私たちが生きていられると言うのに。


 それ以前に、父王の残虐さと違い、伯父上は殺生を好まないのだから。


 それから隣国に匿われて、暮らす日々が始まった。

 

 ・・・風に聞く新王は、民の声を聞き善政を敷いているらしいし、母の生国であるこの国以外は、かの新王をたてている様だ。では、この国にとどまり、生国へ戻らぬことが国を捨てた私の役目なのだろう、とすら思っていた。



 あの女に出会うまでは。



 銀の髪のたおやかな、蒼の瞳の美しい女に出会った日のことは今も鮮烈に覚えている。


 世話になっている隣国の王城の一角に身を寄せ、息を潜めて生活するのが日課となっていた。

 ・・・何といっても国に帰ればお尋ね者だ。

 

 母はそんなことなどおくびにも出さず贅の限りを続け、そのわがままの健在ぶりに、この国の貴族院の中にも眉をひそめる者が出始めていた。


 耳の痛い話から逃れていた。・・・そうだ、逃げていたんだ。


 寄る人のない静かな楼閣に腰を落ち着け、蔵書を読み解くしか、することがなかった。

 母は毎日やいやいと突いてくる。

 いつ帰るのか、いつ玉座に戻れるのか。このドレスは古くていやだ、城に残した宝石やドレスや靴がどうなっているのか心配だ。


 「心配なさらなくとも、伯父上は新しい王妃を娶るつもりは無いようですから、母上の趣味の悪い宝飾品は宝物庫で眠っているでしょうよ」

 ・・・いや、もうすでに売られているかもしれないな。と思いながら呟けば。


 「ですからわたくしを娶ればよいと言うのに! そうすれば簒奪者といえども正当な王位継承。いい話ではないか!」

 そう胸をはって言い募るのだ。我が母ながら、呆れることに暇が無い。


 確かに伯父上は美丈夫だ。父王のたるんだ体と比べ物にならないほどに。だが、まさか、あの伯父上に母が懸想していたとは・・・!

 笑いたくなるのをぐっと我慢した。

 それこそ無理だ。

 伯母上の美貌とやさしさに触れていた伯父上が、母を選ぶなんて万に一つもありえない!


 「・・・母上。私たちは曲がりなりにも、伯父上の最愛の妻を死に追いやった男の家族なのです。殺されなかっただけましでしょう?」

 子供に噛んで含めるように諭してみれば。

 ではいつ蜂起するのです、と詰め寄ってくる。


 そんな戯言に、ついつい「父王の慰霊はなさらないのですか」と皮肉を言えば、やれ母はこんなに心配しているのに、お前はちっとも分かってくれないと泣き出す始末。


 父はよくこの母を娶ったものだ。とため息をつきながら思ったものだ。


 「・・・冷静に鑑みて、帰れると思う方がどうかしていますよ。自国の民を省みず、贅沢を極めたのですから、もう、満足でしょう。余生は父を偲んで修道院にでも入ったらいかがです」

 わたしも、この国にお世話になるのですから、何か少しでも役に立てるようにと願っているのです。

 と告げれば、母はさめざめと泣くばかりだった。


 いい加減母のお守りは真っ平だった。


 「母上。身辺綺麗になさってください。身を慎まねば、この国すら追い出されかねません」

 そんな諫言も母には効き目はないのだろう、そう思いながら母につげ、その場を後にした。


 もう少し静かなところで本を読みたい。せめて母の、祖父の眼の届かないところはないか、と探していた時だった。


 一瞬の間のあと、彼女がそこに立っていたのだ。思えば夢のような一時だった。


 ・・・今も、その夢の続きを見ているのかもしれない。

 

 美しい女だった。美貌も姿態も申し分ない。

 着飾り露骨に誘いをかける、母のような女とは違い、どこかストイックな印象さえ与える女だった。


 銀の髪がさらりと揺れる。

 青い瞳に切り込まれ、目をそらすことが出来ない。

 赤い唇が弓のように撓り、微笑を浮かべると囚われた獲物のように身動きが出来なくなった。

 金縛りにあったように動けない私の懐ににじり寄り、しなやかな白い腕が私の胸に触れたとき、天啓が訪れた。


 「・・・我が君は、このまま、この地で厄介者のそしりを受け過ごすのですか・・・?」


 耳元に注ぎ込まれた毒は甘美で、あまりにも甘美で脳がしびれた。


 いつの間にか吐息さえ感じられる距離で抱き合っていた。細い腰を引き寄せれば、たやすく落ちてくる果実。

 甘くかぐわしい果実は、毒の実だった。


 

 それでも良いと思えるほどの。



 

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