ありすインワンダーランドで愛で(られ)る。
よだれをたらす勢いで、ガン見する先には、大皿に盛られた。
大量の。
「・・・ほっとけーき・・・」
「ピタだ」
うっとりと呟いたら、すかさずディオの注釈が入ったけど、そんなモン、右から左。
手を伸ばしたかったけど、右手に陣取ったベアトリーチェがせっせと、サンドイッチを整形してくれてるので、じっと我慢する。
左手に陣取ったジン少年が、さまざまな食材の説明をしてくれた。
緑の濃い野菜がシールレタスで、トマトはトマトだった。エッグティという名前らしい。
「はい、おねえさま。あたくしの一押しのフィリングですわ。シールレタスとエッグティと酢漬け野菜、固まり肉の塩スパイス、こんがりじっくり焼きましたのよ」
「・・・び・・・びーえるてぃっ!」
まさかここに着てこの究極の一品に出会えるとは!
震える両手に収まった、薄パンに挟まれた目にも鮮やかな緑、ちらり垣間見える赤に、肉汁あふれる、これって紛れもないベーコンの香り・・・!
どっしりした重さに、日本じゃ考えられない重量感を感じる。
生唾飲んだんだけど、よだれが止まんないよ。なんて罪作りな一品・・・!
「召し上がれ」
にっこり笑った金髪美女はやっぱり天使。たとえその背中に黒くて細くて長くて痛そうな尻尾を見せていても、やっぱり天使。
「イタダキマス!」
ぱくん。
はむはむはむ。
・・・ごくん。
・・・・・・・・・・・・うまい。
あ、いかん。なんか涙が出てきた。
なんだこれ。こんなん食べたら向こうの食生活に戻れなくなるだよ、どうしよー、おかあさん。
こんな、こんな・・・。
暴力的においしいものをおおおおお! ・・・もぐもぐもぐ。
「はい、ありす。絞りたてだよ」
調度良い距離に置かれたグラスには、なみなみと牛乳。
ベアトリーチェもオレンジジュースを差し出してにっこりしてる。
もぐもぐ。んぐんぐ。
「おねえさま、こちらのサラダをお取りしますわ」
「ありす、この果物おいしいんだ。この酸味のあるソースをかけるともっとおいしいんだよ」
「あら、あたくしのお勧めはこちらの、クリームソースですわ」
わー、果物にもソースかけるのかー。イチゴに練乳のノリかなぁ。でもすっぱいソースとクリームソース迷うなー。
「・・・これもうまい」
ディオが指さしたのは卵色のソースだった。カスタードクリームっぽい。
「ありがとー」
色々試せておもしろそう。
だから、ありがとうとにっこり笑って礼を言った。
そしたら美女天使が目を見開いて悶絶し、ジン少年が頬を染めてプルプルした。ディオは顔色一つ変わらないけど、右手を口元に持っていって、目をそらした。
なんだ?
周りを見渡せば、陣取った元天使たちも無言であたしを見てる。
うむ。だが、それよりも、だ。
「・・・その、皆も食べない? あたしばっかり食べてるよ?」
隣のベアトリーチェにジン少年、正面のおじいちゃんに左右の叔父様。そこから両翼広げるように座ってこっちを見ている「元」金髪天使たち。
なんか、すごく居たたまれないんだけど。
「あ、ああ、そうだな」
おじいちゃんがそう言ってくれたお陰で、なんだか妙な緊張感が払拭された。
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・・・そのときの我らの心境を察してくれるだろうか。
王が瞳を和らげてありすを見ている。
剣聖と呼ばれる叔父上の、あんな顔は始めて見た。
神殿の祭祀長である父上も。
将軍職についている猛者たち。
従兄弟殿たちは揃いも揃って腑抜けた面だ。
だが、わかるさ。
目の前に焦がれた存在が座っていて、しかも動くのだ。
その衝撃は計り知れないものがあろう、とホーネットは思った。
おいしそうに幸せそうな笑顔で、ありすが笑う。
小さな口に食材がすごい勢いで消えていくのを目にして、なぜ隣に陣取っているのが戦闘姫と呪眼の主なのかと目を疑った。
守護天使を保護するのなら、神殿だろう?
父は何をしていたんだ!・・・ああ、祈ってたのか、それとも、鍛えていたのかだな。馬鹿だな私、愚問だった。
早く保護しなければ。そうでなければなんで、あんな危険人物にありすを任せられる!
ホーネットは甲斐甲斐しくお世話をしている二人を睨みつけた。
奴らは気づいているくせにどこ吹く風だ。
さも自分はありすに気に入られているんですよとでも言いたいのか、貴様ら。・・・言いたいんだな、貴様ら。
いつもなら自ら動くことなどないものを。
ベアトリーチェ、貴様、食事などに気を使ったことなどなかっただろう。
何が一押しの一品だ。
野外戦で、イノシシ丸ごと焼いて貪り食ってただろう、貴様。
顔と体つきが似通っていて、夜の禊の際に、神殿のものに悲鳴を上げられるのが、つくづく屈辱だ。
私はあんな戦闘狂ではない!
ただ、鍛錬を怠らないだけだ。いつ、いかなる時も己を鍛えることが、神に通じる道だからな。
・・・ありすのように容赦なく、ありすのように華麗に神敵を屠るホーネットが裏で「戦闘狂」のベアトリーチェと並んで、「神戦姫」と呼ばれている事実をホーネットは知らない。
ベアトリーチェを憎憎しげに見た後で、ジンの存在に目をやった。魔呪眼の持ち主と恐れられた子供だった。神殿の祝福などいらんと突っぱねたジンの母親の魔女を思い出す。
だれにも懐かない子供だった。ジン、お前がそんな良い笑顔でここに座っているのを、私はじめて見ましたよ。
その変化を心のどこかでうれしいと感じていたホーネットは、次の瞬間冷や汗をかく。
ありすがジンの差し出した飲み物を、にっこり笑顔で飲み干した。
ああっ! ありす!
ジンの差し出したものを毒見もせずに食べるなんて・・・!
ああ、だがありすは知らないんだ。知らないとは幸せだ。
だが、媚薬でも仕込まれていたら大変だ、やめさせなければと思って、いざ、立ち上がろうとしたのだが・・・。
幸せそうに、とろけそうな笑顔で、ありすがピタサンドに噛り付いた。
その映像が飛び込んできて、ホーネットの脳に衝撃が走る。
ナイフもフォークも使わずしかも手づかみ。礼儀にうるさい王や祭祀長が眉をひそめるか、と思ったが彼らもまた、柔らかな眼差しで見るだけだ。
大丈夫か、王。見えてるのか、叔父上。夢見てるんじゃないだろうな、父上。だがだが、その衝撃を補って余りある・・・ありすの姿だった。
・・・頬袋に食材を詰め込んでもぐもぐしている小動物のようだ。なんだこのあどけなさ。そしてなんだ、この胸の高鳴り。
幸せそうにもぐもぐしているありすを前に、媚薬が仕込まれているかもしれないと言う杞憂は吹き飛んだが、別な意味で衝撃を受けていた。
礼儀作法のまったくなっていない者の食事風景にこんなにも心弾む自分がいることに。