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ありすインワンダーランドも楽じゃない

 うん、始まりは、中学一年のときかな?


 新しい生活にもなれて、毎日が楽しいと感じられるようになった頃、それは起こったの。


 すうっと血の気が引いていく感じがして、気がついたら、知らないところにいたんだ。


 普通に授業受けてたのに、はっと気付けば森の中。驚いた。


 でももっと驚いたのは、目の前に血まみれの剣を振り上げて、びっくりしている男の姿を見たときだった。


 すぐに立ち直った相手は、血走った目で、あたし目掛けて剣を振り下ろしてきた。後ずさったら、後ろに小さな子供がいたことに気がついた。


 ちっちゃな子だった。金髪の片側が血で固まってて、碧の瞳が涙に濡れてた。


 小さなその子が押さえた腕から滴る赤。頭の奥がしんと冷えたのを覚えてる。


 あたし目掛けて振り落とされた剣筋に、手をそえて左に払い、手刀で男のこぶしを打ちつける。普通じゃなかったんだと今なら思う。だって素手で刀に対峙したんだよ?

 でも、そいつの血走った目はあたしの後ろの子供に注がれていたんだ。


 あたしを切り捨てて、今度こそ、この子供を切り捨てるつもりなんだろう。そう思ったら。


 ・・・ふざけんな。


 そう思ったね。こっちだってか弱い乙女だ。だけど子供に怪我させるような卑怯者に、負けたくないって思った。


 どんなに握力があっても親指の付け根を殴打すれば、持ってる獲物を取り落とさせることが出来ると聞いたことがある。

 だから、そこを狙って力いっぱい叩いてやった。


 そしたら、さ。


 なんかすごい音がしたんだよね。ごきっ? ぐぎょっ?


 うわあっなんて悲壮な声を上げて、男が剣を取り落として、あたしを睨んできた。


 正直言えば怖かった。でもね、引けるはずなんかないんだ。


 弱いものいじめは嫌いだ。強い男がか弱い子供を追い詰めるなんて卑怯なまねも許せない。


 だから。


 すっと重心を低くして男の懐に入り込んで、男の腕を基点に肩口に担ぎ上げ、投げ飛ばした。投げるために掴んだ男の腕を放さないまま。


 ごりっと低い音が響き、男の無様な悲鳴が響き渡るのを、あたしは冷めた眼差しで見ていた。


 髪を止めていたリボンを解き、それで後ろ手に回した男の親指どうしをきつく結ぶ。これも格闘好きの先生のおかげで知ってた豆知識だ。こうして縛ると細い紐でも解けないんだって。


 ま、肩も外してあるし、たいした動きは望めないだろうけど、念のためだ。


 男は子供の血で濡れた剣を持っていた。


 その剣を今度はあたしが持って、男の首に剣先を当て、そのまま斜めに地面に突き立てた。


 男は蒼白になった。少し動くだけで首筋の皮が切れるだろう。これで当分動けまい。


 あちこち切られて呆然としていた子供を、そこでようやくじっくりと見つめることが出来た。


 見慣れない子だ。身なりも綺麗で、こんな風に追い詰められて切りつけられる理由なんか解らない。


 外人さんなら、身代金目当てか。


 「誘拐か、殺人か・・・どっちにしても、言い訳は出来ないね、あんた」


 警察来るまで、このまま両肩外して転がしとこう。


 男から興味がうせて、子供を振り返った。


 子供は端正な顔立ちの人形みたいに可愛い子だった。


 金髪はさらさらで、血で固まったところが残念だ。碧眼は透き通るよう。頬は今は青白いが、いつもはきっとばら色に染まっているんだろう。


 可愛そうに。


 「君、どこから来たの。・・・わかんないか、わかんないよね、えーと、ホエアアーユーフロむ?」


 つたないどころか棒読みの習ったばかりの英語は通じなかった。


 ただ。


 「ウワン、コゥ。・・・・・・トリリャーズ、ウワン、コゥ、レス、リ、ヤァアナ」


 ウワンコウと言いながらあたしををさした。


 トリリャーズ、ウワンコウ、でまたあたしを指差した。名前を聞いているのか・・・?


 「犬ころみたいな、子だなー。あー。あたしー? あたしはね、ありす。日佐川 ありす」


 「・・・アリ、ありす」


 「そー。あたしはありす」


 呟いて見上げてきた瞳の色を覚えてる。


 魅入られたように、吸い込まれるように、見詰め合ったのはどれくらいの時間だったろうか?


 「ウワン、コウ」

 見つめる少年は、縋るような眼差しで見上げてきた。


 「・・・あたし、わんこじゃないから」


 「ウワン、コウ、ジャァナい」


 「そうそう。そうだ、君の名前は?」

 目線を合わせて尋ねた。

 その瞬間、世界がくるりと回転した。


 「ーーー日佐川! いつまで寝てるつもりだ!」


 後頭部をすぱこーんと打たれて目を覚ました。


 白昼夢を見たのはそれが初めてで、それが始まり。


 日佐川 ありすと、金髪碧眼のわんこ属性の天使。


 がーるみーつきっずの瞬間だった。



 *********



 「思えば、遠くに来たもんだー・・・と」


 ありすは呟いた。


 「あああー、これで何度目だー?」


 ふうっと気が遠くなって、気付けば見知らぬ場所と言うのは、何度経験しても慣れやしねえ。


 「この三年、ショートとりっぷを何度、繰り返したっけー・・・」

 そんでもって、何回帰るたんびに先生に怒られたっけかなー・・・。

 もうじき高校進学なのに・・・。


 一回目は森の中。金髪碧眼の天使を助けた。


 二度目は体育の授業中、跳び箱飛んで見事着地に失敗してー・・・。


 「いや、あれは失敗じゃない。カウントしちゃダメよ、ありす」


 跳び箱飛んで、剣を振り回してた男の頭頂部に、華麗に両足そろえて着地したんだ。ある意味ムーンサルトもウルトラCもびっくりだったはずなのに、悲しいかな、採点してくれるはずの先生の姿がなかった。


 悔しいのと、これでまた先生に怒られると思ったら、怒りも倍増。

 群がってくる筋肉剣士をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 ・・・あれれ、いつからあたしったら、こんなに強くなったのかしら? 成人男性の筋肉だるまを軽々と持ち上げては投げ飛ばす女子中学生・・・シュールだわー・・・。


 ここは、夢の世界だから、重力が違うんだよ、きっとそうよね。そうとでも考えなくちゃ、この突然の筋力、悲しくなるだけよー。


 でも、向かってくる奴らはそらもう必死の形相でさ。命の危険をびしばしと感じたわ。それは背後にかばった金髪天使も。あたしが倒されたら、きっとこの子は殺されちゃうって思ってがんばった。


 こっちだって、玉の素肌に傷なんか付けたくない。必死に防御したよ。


 え、でも過剰防衛? ・・・そうかもね。


 ・・・で、気がついたら腰にすがり付いて泣いている、ワンコ属性の金髪少年とまたもや、ふたりきりになるのを繰り返したんだ。


 「ウワンコウ、ウワンコウ、」


 「なに、わんこ少年」


 きらきらきらと見上げてくる眼差しにまたも吸い込まれるように見詰め合って・・・。


 ああ、ほら、また視界が一回転する。


 「日佐川っ! 寝るなと何度言わせるぅぅっ!」


 後頭部にバレーボールがぶち当たった。


 せんせい、暴力反対です・・・。


 三度目はおそらくどっかの室内。やたらきんきらきんだった。

 わんこ金髪少年に向かって細身のナイフを振りかざすメイド服姿の女の子と目があって、すかさず鳩尾にこぶしを叩き込み、手ごろなシーツで捕獲。


 四度目は寝室のベッドの中。隣で眠るわんこ金髪少年の寝顔にドッキリしたあと、寝込みを襲おうと息を潜める刺客の皆さんにたまたま持ってたバレーボールのネットをかぶせて(ネット張り作業中だった)、ふるぼっこ。


 五度目はまたも森の中、金髪少年の背後に立った、ロープを持った従者を蹴り倒し、再起不能に持ち込み。


 六、七は剣の雨の中、金髪天使を背後にかばいながら善戦し凱旋。


 八、九は、きらびやかな室内で、刺客と鉢合わせして、肉弾戦。


 十、十一は毒を混入しようとするところに居合わせて、にっこり笑顔でそいつらののどに流し込んで、戦意喪失を誘った。


 十二回目は山の中、降り注ぐ弓矢を掻い潜り、金髪天使を抱えて走った。


 十三回目。


 「・・・ああ、十三回目かー・・・」


 足の下に、折り重なって倒れてうめく、男ども(刺客)を尻目に、指折り数えて感慨にふける。


 顔を上げてほおっとため息をついた。


 ようやくあたしは眉をひそめた。


 「これって、やっぱ、ヘンじゃねー?」


 刀も、不意打ちも、毒も見逃さない、鷹のような目なんか、知らなかった。


 鍛えたことなんかなかったはずなのに、流れるように優雅に動く、好戦的な体。


 あたしは、ごく普通の女子中学生だったはずだ。


 機敏に動ける体が、嘘のように軽い。


 毎度毎度片言しか言葉を交わさず、目を合わせるだけで、分かれてきた少年が手を伸ばした。


 「・・・ありす!」


 金髪の少年が感極まったように声を上げた。


 「・・・わんこ属性。なんだかよくよく君とは縁があるみたいだね・・・」


 嬉しそうに駆け寄って、抱きついてくれるのは嬉しいんだけど、そろそろ説明があってもいいんじゃないかと思う今日この頃だった。



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