生真面目騎士様に抱きしめられないと眠れない、とても都合の良い不眠症。
私が眠れなくなったのは、突然だった。
何か原因になるようなことなんて、何も思いつかない。
本当にいつも通り過ごしていた、ある日突然。ベッドに入って目を閉じても、羊を何匹数えようが、睡眠することが出来なくなった。
入眠法、睡眠薬……ありとあらゆる眠れると言われている方法を試したけれど、まったく眠れない。
今はもう諦めて夜は、目を閉じているだけ。人は眠れないと、そのことだけが頭をまわる。ご飯も食べれないし私は眠りたいという欲求以外を、その時は捨ててしまった。
ただただ、眠りたい。早く眠りたい。いますぐ眠りたい。そういう思いが頭の中をぐるぐる回る。
そして、眠れなくなって三日が経ち、間の悪いことに訃報を聞くことになった。非常にお世話になっていた、叔父様のお葬式があることを知った。
叔父様は高名な学者で王族の教師でもあり、姪の私のことをとても可愛がってくれた。学問に身を捧げ未婚のままで過ごして、娘同然に愛してくれていたのだ。
そんな彼の訃報を聞いて、何もしないままに家にいたくない。行きたい……行くしかない。
ああ。叔父様。私も眠れなくてすぐに同じ場所に行くかもしれないけれど、貴方への敬意を持ってお葬式には参列します。
眠れない中でなんとか出ない気力を振り絞って、私は弔問することになった。
教育者であった叔父様のお葬式には、多くの教え子たちが集っていた。
私は喪服に身を包み、最後の挨拶をする彼らの列へ加わる。
近い身内だから本来なら、昨夜に会えていたはずなのだけど、両親は何日も眠れない不眠症になった私を心配して、亡くなったことを伝えないままだったのだ。
まるで、眠るようにして棺に横たわる、父によく似た大好きな叔父様……ああ。叔父様。もう、貴方とお話ししたりできないなんて、胸が張り裂けそうです。
……いえ。眠れなくなった私も、近い将来こうなってしまうかもしれない。もう、とにかく眠れないのだ。診てくれた医者によると、眠れないままだと人は亡くなってしまうらしい。
それは、いつ限界がくるかというのは個人差があると思うけれど、私本人にはすぐのことのように思えてしまうのだ。
その時、体がグラッと傾いで隣にいる男性は、私を抱きしめた。
……パッと目を開けると、そこには精悍な容貌の男性が、私のことをじっと見つめていた。
短い黒髪に同色の瞳。凛々しい顔つき。整ってはいるけれど、貴族的というより男性らしい……そんな人だった。
私たちは近い距離で見つめ合っていた。そして、背中にまわり重み。高い体温は温かい。間違いなく、私は彼に抱きしめられていた。
「……おはようございます」
「お……おはようございます?」
他人行儀な朝の挨拶。私たち、抱き合っているのに……?
起き抜けでぼんやりとした意識は、急に輪郭をもってはっきりと見えてきた。私はこちらの初対面の男性に抱きしめられて眠っていた……そして、いま見つめ合っている。
……どうして?
「っ……!! キャー!!!!」
もしかして、眠れずに前後不覚になっている間に襲われたのかもしれないと思い至った私は、高くて長い悲鳴をあげてしまい、目の前の男性は立ち上がり慌てて離れていた。
距離をもって離れれば彼は、騎士らしくきっちりとした騎士服に身を包んでいた。そして、私も自分の胸元を確認すれば、喪服のままだった。
予想していたようなお互い、裸……ではないけど! 目の前にいる彼の着ている服には、私は見覚えがあった。
これって、王族を傍近くで警護する……近衛騎士の制服ではない?
「おいおい……無理もないが、耳がおかしくなると思った。ルシウス大丈夫か」
揶揄うような男性の低い声が聞こえて、私は目線を上げた。
「……エリック殿下……?」
信じられない。私のような男爵令嬢など、本来ならば一生会話することも叶わないであろう王族のエリック殿下だった。
「マッケンジー男爵令嬢ステラ。君は叔父であるオズワルド・マッケンジーの葬式で倒れてしまった……そして、ちょうど隣で最後の挨拶をしていた僕の護衛騎士ルシウス・ノワールの胸の中に倒れこんでしまったというわけだ」
「まあ……そうだったのですか。申し訳ございません」
なんということ。
私たち二人は長いソファにいてルシウスと呼ばれた騎士は、すでに立ち上がって直立不動の体勢となっていた。
ここはおそらくは葬儀が執り行われた神殿の待合室のような場所らしく、女神像が置かれ絵画は神話の一場面で豪華な丁度が並んでいた。
すぐ傍に王族がいるので距離を置いているのだけれど、私のお付きのメイド二人は部屋の隅で控えていた。
その他にも部屋の中には何人かいて、エリック殿下が配慮してくれたのだと思われる。
男性二人と年若い貴族令嬢を、共に密室におくわけにはいかないものね。
「それでだ。ステラ。君はルシウスにしがみ付き、実に八時間ほど眠り続けていた。いまは、すでに夕方だ。君のメイドから事情は聞いている。このところ、全く眠れなかったのだとか」
「……!! まあ。そうです。申しわけございません!」
なんということなの! 私が眠りこけけていて、王族の足止めをしてしまっていたなんて……信じられないわ。
「ああ。僕も旧友に会ったり昔話に花を咲かせていたりと、特に暇をしていたわけではない。そこは、気にしないでくれ。問題なのはどうやら君はルシウスの腕の中には以外で眠ることのできないようなんだ。非常事態だったので、僕の護衛騎士何人かで試してみたが、ルシウス以外では眠れずに彼の服を離さないので、ここで休ませてもらうしかなかった」
ああ。私は眠っている間に、とんでもないことになっていたのだわ。強い羞恥を感じて、顔に熱が集まった。
確かにここ三日間、眠れないままだった。私はまったく記憶はないけれど、エリック殿下がここで嘘をつく理由はないので、きっとそうなのだろう。
「申しわけございません……」
それに、少しだけ気になったのが、先ほどの騎士……ルシウス様以外の胸では、眠れないということだ。他の騎士でも試してみたけれど? どういうことなの?
「いや、眠れないのは辛いだろう。僕はオズワルドと親しく、可愛がっている姪の話もよく聞いていてね。不眠症で死んでしまうのは、あまりにも可哀想なので、夜だけこのルシウスを貸し出そうと思うんだ。何。部屋に見張り役がいれば、二人には何もない……僕が証言者になってもいい」
「……え! そ、それは、その」
私はとんでもないことになったと思い、無言のままで傍に立っていたルシウスをみた。
彼は無表情のままで何も話さないので、何を考えているかわからない。
このことを嫌がっているのか、嬉しいと思っているのか。まったくわからない。
「いいな。ルシウス。夜の勤務からは当分外そう。これは、命令だ。お前は不眠症を患うステラの睡眠確保のために、マッケンジー男爵邸へと通うように」
「……承知しました」
ルシウスは胸に手を当てて、エリック殿下の命令を了承した。
驚きすぎて何をいうべきかわからず私はこれは、とんでもないことになってしまった! と内心思った……けれど、眠れないと死んでしまうのは、間違いないことだった。
結婚前の男女二人が同衾するなんてと誰かに咎められても、どうか、お許しください。だって、眠れないと死んでしまいます。
これは、仕方ない。仕方ないこと。嫁入り先がなくなると言われても、命がないと、何処かへ嫁ぐことだって出来ない。
私の命を繋ぐためには……ルシウス様には申しわけないけれど、協力してもらうしかないのだわ
◇◆◇
ルシウス様がマッケンジー男爵邸へ夜来てくれて晴れて私は夜から朝まで健康的に眠れるようになり、これまでに食べられなかった食事も喉を通るようになった。
心配してくれていた両親などは、良かったとほっと安心して胸をなでおろしていたようだった。
それに、エリック殿下は前もって貴族令嬢として嫁入りする際に不利にならないよう、何かあれば自分が証言すると両親に伝えてくれていた。
これは非常事態で、これ以外の解決策のない状況なのだと。
目の下にあった隈も改善されて、もしかしたら消えないのではないかと心配していたけれど、二日ほどぐっすり眠らせてもらったら、化粧をすれば隠せる程度には薄くなっていた。
夜の時間以外はいつも通りの生活に戻れて、ルシウス様には感謝しかない。
だって、彼は主人であるエリック殿下の命を受けて私を眠らせてくれているだけなのだ。心から申し訳ない気持ちにはなるけれど、きて欲しくないとは眠れなくなる私は決して言えない。
夜になれば当然のことのように夜着に着替えたルシウス様に、抱きしめられて眠る。驚くほどにすとんと眠ってしまえるので、質の良い睡眠を取れていた。
不意に目を開ければそこには、ルシウス様の顔。いつもと違うのは、まだ薄暗い室内だったことだ。
……まだ、朝ではない。早朝と言える時間なのに、彼は眠っていなかった。
「ルシウス様……起きていたんですか?」
掠れた声で聞いた私は驚いた。
これまでは、朝だからルシウス様は少し早めに起きているのかもしれないと思っていたけれど、彼の目はぱっちりと開いていて眠そうな様子も見せない。
「……いえ。眠りましたよ。お気になさらず」
小声の答えは、すぐに嘘だと気がついた。
おそらくは、ルシウス様は私と同衾しつつ眠っていないのだ。私を眠らせるために、自分は眠っていない。
「その……ルシウス様は、眠っていない……ですよね?」
そこで、彼は背中を何度か摩って安心させるようにすると、無表情が基本であったルシウス様は初めてそこで微笑んだ。
「ステラ様。さあ、目を閉じて。朝までもう少し、眠れますよ。僕のことは気にせずに眠ってください」
背中を撫でられてうとうととした私は、安心感に包まれて目を閉じた。いつもの時間に起きて、ルシウス様は言葉少なに城へと出勤して行った。
私はというと朝の身支度をしながら、これではいけないと考えていた。
だって、このままではルシウス様が、私の代わりに不眠になってしまうもの!
ルシウス様は、第二王子の近衛騎士……昼は常に警戒を怠れない。夜は夜で私を眠らせるために、眠れないのだわ。
それに、私も十分に眠れるようになって、ようやく普段の判断力を取り戻してきた。
……私は一週間ほど前に、いきなり眠れなくなった。
けれど、ルシウス様に抱きしめられれば眠ることができる。これは、エリック殿下の言っていた通りで、彼以外の人に抱きしめられても眠れない。
ただ、ここがどうしても不思議なのだ。不眠症はまだわかる。いきなり眠れない。原因が不明だとしても、そんなこともあるだろう。
ここがどうしても不思議なのは、それはルシウス様ただ一人にしか、解決できないということ。
「そうよ。原因を突き止めなければ……ルシウス様と私に何かあった……? けれど、会って話したことはないはずよ。何か予想もつかない何かがあって、こういうことになった? ……きっと、何かあるはずよ」
早く……早くこの事態を、どうにかしなければ。私の睡眠をルシウス様が肩代わりしてくれているようなものだもの。
ただ、命令で来てくれている彼に、迷惑をかけられないわ。自分でどうにか解決しないといけない……私はそう決心した。
◇◆◇
王城の図書館には、様々な蔵書が揃い、中には禁書と呼ばれている本も所蔵されている。
叔父様が王家の教師として働いていたこともあり、私はこの図書館でよく博識な叔父様といろんなことをお話ししたものだ。
なので、図書館に慣れている私は恐らくはこれは、呪いの類ではないかと目星をつけて、不眠の項を探していたりした。
いくら探しても『特定の人物に抱きしめられれば眠れる』なんていう呪いは見つからない。
私だってこれまでに、聞いたこともない。叔父様の知り合いの司書がいたのでそれとなく聞いてみたけれど、彼にもまったく聞いたことがないらしい。
「おかしいわね……絶対に、こういう呪いがあると思ったのに」
私は何冊目かの本をパタンと閉じて、ふうとため息をついた。
「……おや。ステラ。図書館で勉強でもしているのかい?」
声を掛けられた私が目線をあげれば、そこにいたのはルシウス様の主人であるエリック殿下だった。彼は王族らしい服ではなく、白いシャツに黒の下衣……お忍びで来ているかのようだった。
「あ! これは……エリック殿下。ご機嫌よう」
私は慌てて立ち上がり、王家に対する敬意を表すカーテシーをした。そんな私にひらひらと片手を振って、苦笑いをした彼は近づいてきた。
「ステラは知らないんだね。この図書館ではそういう礼をしなくて良いんだよ。そういう決まりなんだ。僕らがいても、知らないふりをしてくれればいい。今のは僕が声をかけたけれど、王族だからと畏まらなくて良い……そうでなければ、僕らは図書館で本を楽しむこともできないからね」
エリック殿下は苦笑してそう言い、彼が高い地位にあるがゆえの苦労などをのぞかせた。
「そうなのですね……次からは、そういたします」
「うん。何を調べていた? 呪い? ああ、不眠症のことか。高名な医者にも診てもらったと聞いていたけれど……」
エリック殿下は言外に何かを含ませた。そうなのだ……ここに書かれているような何かならば、優秀な医者が解決してくれただろう。
「はい……ルシウス様に申し訳なくて……早く解決しなければと」
これで早くも手詰まりになったかもと、しょんぼりしてしまった私がそう言うとエリック殿下は面白そうに微笑んだ。
「はは。そうなの? ……人が羨むような役得だから、別に気にしなくても良さそうだけどね」
「その、ルシウス様は眠っていないようなんです。私は眠れているけれど、彼は眠れないというのは……申し訳なくて」
私からの何があったかという事情を聞いて、エリック殿下は必死で私が調べものをしていた理由を納得したのか何度か頷いた。
「はああ……眠ってしまうと、体が勝手に動いてしまうからね。非常に真面目な性格のあいつらしいね。だから、こういうことになっても、僕も安心しているんだが……そうだな。ステラはいつそういう不眠症になったんだった?」
「あ……一週間前に急に眠れなくなりました」
そこで、エリック殿下は目線を斜め上に上げて、何かを思い出すように顎に手を当てた。
「そういえば……あいつ、一週間前に……盗賊団を討伐したことがあったな。近衛騎士は僕らの警護が主な担当なんだが、その時はお忍びでちょうど近くにいたんだ。なので、協力して何人か貸し出した」
「もしかして……それで、ルシウス様に恨みを抱いて!? だから、こんなことを?」
もしかしたら、それが、ヒントになるかもしれない! 興奮した私が一歩近づくと、エリック殿下は驚いた表情になっていた。
「うーん。そうだね。何故それで、ステラが不眠症になって、それがルシウスだけが解決できるのかはわからないが……あいつはいつも規則正しい生活をしているし、一週間前にルシウスにあった変な出来事といえば、それだね」
「わかりました……! 私調べてみます!」
「……! ステラ。僕は君の味方だよ!」
私は声援をくれたエリック殿下へ別れの挨拶をきっちりとこなし、資料室へといくことにした。
王国内に起きた事件に関する書類などはあそこに纏められていて、解決済みのものは、機密文書ではないので国民誰もが閲覧可能なのだ。
私は足早に城の廊下を進み、すれ違う人に不審そうに見られても気がつかないふりをした。
貴族令嬢が慌てた様子で城の廊下を進むなんて、そうそうないことだものね。
私はそんなことを、いちいち気にしていられないのよ。ルシウス様になんとか、よく眠れるような環境にしないと……!
あまりにも強くルシウス様のことを考えていたせいか、数えきれないくらいの人が働く城の中で、彼のことをその時見つけ出せてしまった。
庭園にあるベンチに腰掛けて、騎士服姿の彼は目を伏せて眠っていた。
私は起こさないように、おそるおそる近づいた。おそらく、ルシウス様は勤務の休憩中に、こうして短い睡眠をとっているのかもしれない。
整った顔立ちにある意外と長いまつ毛が見えて、疲れが滲んでいるようにも感じて本当に申し訳ない気持ちになる。
……どうしてだろう。私が不眠症になってしまったせいで、ルシウス様はこんな場所で中途半端な体勢で眠るしかない。
「……ルシウス様。ごめんなさい」
涙目になった私は小声で詫びた。自分のせいでこんな場所でしか眠れないルシウス様に頭を下げて、資料室へと急ぐことにした。
一週間前にあった捜査の資料は、すぐに見つかった。そして、盗賊団の中に魔女がいたけど逃亡したという記述を見つけて、私はこれだと思った。
この魔女は悪人というか、どうやら捕らえられて利用されていたらしく、再犯の見込みは少ないとして逃げても追跡対象にはなっていないらしい。
盗賊団から脅されたとしても、この魔女が色々と悪さを働いていたことには変わらない。
おそらくは、討伐中にこの魔女と何かがあってルシウス様は、何かの呪いを掛けられることになった?
そこでの私との関係はわからないけれど、彼を苦しめることに関しては成功しているのだから、やはり魔女はルシウス様を恨んでいるのかもしれない。
早く早く……この呪いを解かないと……だって、私はルシウス様のことが、だんだんと好きになってしまっていた。
彼が魅力的な男性はさることながら、接触時間が多すぎる上に、夜は抱き合って眠っている。この状況で彼を意識するなというのは、とても難しかった。
だから、私にとってとても都合の良い状況ではあるのだ。好きになっている男性に抱きしめられないと眠れなくて、長い時間を過ごすことができる。
……このままでは、このままなし崩しにルシウス様と結婚してしまいたい……なんて、悪いことを思ってしまいそう。
そうなのよ。今ならばまだ、いい子で離れられる。だって、まだまだ好きになりかけたところだから。
それに、ルシウス様はノワール公爵家の次男で、エリック殿下に信頼された近衞騎士。私のような地位の低い男爵令嬢には望むべくもないくらいに、とてもとても素晴らしい男性なのだ。
早く……早く、このとても都合のいい状況を抜け出さないと……彼のことを手放せなくなってしまう前に。
◇◆◇
私は緊張しながら、森の中の小さな家の木製の扉を、勢いよく開いた。
その中には、雑多な本が積み上がり、大きな魔法釜が見える……いかにもな、魔女の家。
「貴女が……魔女、グレーテルね!?」
「わわわ! なんだい! 誰なんだい!!」
そこにいたのは、まだ若く長い黒髪を持つ女性で、神秘的な緑色の瞳がいかにも魔女らしかった。
「私はマッケンジー男爵ヘンリーの娘、ステラよ! 名前に聞き覚えがあるでしょう?」
私は驚いた様子のグレーテルを、じっと見つめた。
この魔女が私に妙な呪いをかけたことは間違いなく、ルシウス様にも大迷惑をかける原因になった人なのだ。状況的には嬉しかったことは認めるけど、許せないわ。
「ああ……! 思い出した! 思い出したよ。あの子だね。けど、どうして私がここにいるってわかったんだい?」
私は後ろから続いて中に入ってきた騎士たちを振り返った。
「ルシウス様の主人であるエリック殿下の力を借りて、探しました」
そうなのだ。私はすぐにグレーテルを探して欲しいとエリック殿下に頼み、彼は快く協力してくれた。
『結婚式の証人をさせてくれるなら』というわけのわからない要求をされたけど、もうこの際どうでもいいわ。
グレーテルを見つけ出して、どうにかしてもらうことが先決よ!
「ははあ。王族に頼み込んだのかい。確かに、ルシウスは近衞騎士だったね」
グレーテルは呆れたように言い、私はその言い方がなんだか引っかかった。恨みを抱いて悪さを働いた魔女にしては、妙に軽い言い草だったからだ。
「どうして、こんなことをするんですか!? 私のせいでルシウス様が不眠で死んでしまいます!」
「だって、私はルシウスに助けられたから、お礼のつもりだったんだよ!」
間髪入れずに叫んで返されて、私はぐっと言葉に詰まってしまった。お礼? お礼って何? 恨みで困らせた訳ではなくて……?
「……え? どういうことですか……?」
グレーテルは私の質問にはあっと深いため息をついて、何がどうしてこうなったのかという、事の真相を語り始めたのだった。
◇◆◇
「……ステラ様。お待たせしました」
湯を浴びて夜着に着替えたルシウス様は、私の部屋へと入ってきた。濡れ髪がなんだか艶かしい。
何も知らないルシウス様は今夜呼び出されて主人エリック殿下より、一週間ほどの休みを与えられている。
引き継ぎや担当の職務の処理など、色々とあって、今夜の帰りは遅くなってしまったのだ。
……そして、そうなることは、私も事前に聞いて知っていた。
「あ。ルシウス様。今夜は眠る前に、少しお話がしたくて……」
私は隣に座って欲しいとポンポンとベッドの上を叩いて促し、彼は首を傾げながら座った。
「なんでしょう?」
「その……私。自分が不眠症になった理由を、探っていたら……魔女グレーテルに、たどり着きまして」
「……え? その、そうだったのですか……確かに、僕はグレーテルを逃がしました。調査の上で、彼女はただ捕らえられて、盗賊団から無理強いされていたと判明していたからです。ですが、それがステラ様にご迷惑をおかけしてしまうことになってとは……」
「それは、違うんです!」
魔女グレーテルを助けたことを悔いるようなルシウス様に、私は言葉を挟んだ。私にもよくわからないけれど、これが真相なのだから仕方ない。
「……グレーテルはルシウス様が助けてくれた、お礼のつもりだったらしいです」
「お礼……ですか?」
ルシウス様は不思議そうに言った。何を言い出したのかと思ったのだろう。どうして助けてくれたお礼が、私を不眠症に陥れてしまうのかと。
「ええ。私とルシウス様が、叔父のお葬式で会うことは、グレーテルには占術で見えていたそうです」
「ああ……確か、未来視ができたそうですね」
ルシウス様は何かを思い出すような表情で頷いた。
私もそれはグレーテルから初めて聞いたのだけど、彼女には少々の介入でも動かせない未来が見えるらしい。
けれど、彼女には自分のしたことの結果はあまり興味はなく、いきなり訪れた私に驚いていたわけだけど。
「だから、私を不眠症にして……ルシウス様に抱きしめられないと、眠れないからと……こうして毎晩眠らせてもらう状況になるのは、彼女には見えていたそうです」
「ああ。なるほど……そういうことですね」
ルシウス様は静かに頷き、頰を少し赤くしていた。その理由は……私にもわかっていた。
……だからこそ、恥ずかしい。この先のことを伝えるのも。
「不眠症は……ルシウス様と私が結ばれれば、治るそうです。だから、その……そのですね」
ルシウス様はそこで、パッと立ち上がった。
「わかりました。それでは、なんとかそれ以外で解ける方法を見つけましょう……まさか、そんなことになっていたとは知らず……ステラ様。申し訳ございません」
早口で謝罪をしたルシウス様に、私は大きく息を吸った。言わないといけない。これを言わないと……だって、私はそれが嫌ではないからだ。
グレーテルが言うには、叔父様に会いに城に行った時に、ルシウス様は私を見初めてくれたらしい。
それは、心の奥底の強い欲求ではあるけれど、まだ表には出ていなかったけど……と。
「……私。その、ルシウス様が嫌でなかったら……そうして、欲しいです」
自分の顔はおそらく真っ赤だろう。ルシウス様は目を見開いて驚いていた。
ここで、この言葉が意味するものは、ひとつ。貴族令嬢の純潔を奪って仕舞えば、男性は責任を迫られる。
その男性が生真面目な性格を持つ騎士様であれば……私は彼と近い未来に結婚するしかない。
Fin
どうも最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
もし良かったら最後に評価お願い致します。
また、他の作品でもお会い出来たら嬉しいです。
待鳥




