第六話 小さな違和感と、大きな始まり
その日の夜、セイはなかなか眠れなかった。外の世界で感じた風の匂い。石碑に刻まれた“暁の風”の文字。ロウとミーナの、あの一瞬だけ曇った表情。
(……なんだろう。胸の奥がざわざわする。)
幼い身体では説明できない感覚。
けれど、前世の誠一としての“勘”が、静かに警鐘を鳴らしていた。
ミーナが布団をかけ直しながら、優しく囁く。
「セイちゃん、今日はいっぱい歩いたから疲れたでしょ。ゆっくりおやすみね。」
(母さん……。その優しさが、逆に気になるんだよなぁ。)
ミーナの笑顔は本物だ。
だが、その奥にある何かは、まだセイには見えない。
ロウは焚き火の火を見つめながら、低く呟いた。
「……。明日、村長のところに行ってくる。」
「えっ……。もう、そんな時期なの?」
「ああ。魔獣の動きが少しおかしい。今日のウサギも、本来あんな場所に出るはずがない。」
ミーナの表情がわずかに強張る。
「……。セイには、まだ知られたくないわ。」
「わかってる。だが、隠し通せるものでもない。」
その会話は、眠ったふりをしていたセイの耳にも届いていた。
(魔獣の動き……?やっぱり、この村……。何かあるな。)
胸の奥の火が、少しだけ強くなる。
■ 翌朝――小さな「異変」
翌朝、セイはミーナに抱かれながら村の広場へ向かった。
いつもなら賑やかな場所なのに、今日は妙に静かだ。
(……。あれ?)
村人たちの視線が、どこか落ち着かない。
笑顔はあるが、どこかぎこちない。
「ミーナちゃん、おはよう……。今日は、ちょっとね……。」
「どうしたんですか?」
「森の方で、魔獣の足跡が増えててね。ロウくんが見に行ってるんだよ。」
(父さん……。もう動いてるのか。)
セイの胸がざわつく。
そのとき――。
「ミーナ!セイ!」
ロウが駆けてきた。
普段は落ち着いた彼が、珍しく息を切らしている。
「ロウ!どうしたの?」
「村長が呼んでる。あれが見つかった」
ミーナの顔色が変わる。
「……。まさか、『黒い痕跡』が?」
「ああ。間違いない」
(黒い……。痕跡?)
セイの心臓がドクンと跳ねた。
ロウはセイの頭を軽く撫で、真剣な目で言う。
「セイ。今日はミーナと一緒に家にいろ。絶対に外に出るな!」
(……。父さん。そう言われると、余計に気になるんだよなぁ。)
幼児の身体でも、前世の政治家としての“危機察知”は健在だった。
(黒い痕跡……。魔獣の異変……。暁の風の石碑……。)
点と点が、まだ線にはならない。
だが、確実に“何か”が動き始めていた。
■ セイの胸に芽生えるもの
家に戻ると、ミーナは不安を隠すように笑った。
「セイちゃん、大丈夫よ。お父さんは強いから」
(……。母さんのその言い方が、一番不安になるんだよ。)
セイはミーナの服をぎゅっと掴んだ。
(守りたい……。でも、今の俺じゃ何もできない。)
悔しさと焦りが、幼い胸にじわりと広がる。
(早く成長して強くならなきゃ……。)
その思いは、まだ言葉にはならない。
だが、確かに決意として芽生え始めていた。
■ そして――。力が動く瞬間
ミーナが水を汲んで戻ってきたときだった。
「セイちゃん、お水飲む?」
「……。あーとん」
コップを受け取ろうとした瞬間――。
――ピシッ。
空気が、わずかに震えた。
「……。え?」
ミーナが目を瞬かせる。
セイの周囲の空気が、ほんの一瞬だけ揺らいのだ。
熱でも風でもない。
まるで空間そのものが波打ったような、説明のつかない揺らぎ。
(……。今の、何?)
セイ自身も驚いていた。
身体の奥から、何かが「漏れた」ような感覚。




