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第四話 はじめての言葉

 セイが生まれて一年と数ヶ月。つかまり立ちも安定し、短い距離ならよちよちと歩けるようになってきた。

 ミーナは毎日のように言う。


「セイちゃん、今日もいっぱい歩けたねぇ。」

「人生、休まないでゆっくり歩くことが大事なのよ!」

「幸せは歩いてこないの、だから歩いて掴みにいくのよ。」

「セイちゃん!ガンバ!」


(なんかどっかで聞いたことあるフレーズ。腕を振って、足をあげて、ワンツー、ワンツーってか。)


 ロウも笑いながら頭を撫でる。


「こいつはきっと、強い子になるぞ。俺の息子だから勇者だ!」


(アニメのありきたりなセリフ―。むず痒い!)

(この前はどんな子になったっていいって言ってたでしょうが。っていうか、やっぱり父さんは戦士か勇者だったのか?)


 そんな二人の愛情に包まれながら、セイはゆっくりと着実に成長していた。


(歩けるようになると、やっぱり視界が変わるよなぁ……。赤子の世界は狭いようで、意外と広い。)

 

 前世の政治家としての観察癖は赤子になっても健在だった。もちろん、ミーナの下着についても要チェック済みでそっちの観察癖も健在だったのである。


「セイちゃん!ママの下着で遊ばないの!」


(ほっほーーい……。)


 ■ 言葉にならない思い

 セイは最近、胸の奥に「もどかしさ」を感じていた。


(伝えたいことが、伝えられない。)


 ミーナが料理をしているとき、ロウが畑に出ていくとき、子どもたちが外で遊んでいるとき。セイは何か言いたくて、口をぱくぱくと動かすのだが、出てくるのは「あー」「うー」ばかり。


(言葉って……こんなに難しかったか?前世では国会答弁までしてたのに……。官僚が念のために書いてくれていた原稿もスラスラ暗記して、さらにアドリブも加えて答弁していたっていうのにさ。)

 

 そのギャップに、赤子ながら苦笑したくなる。


(そうか、このギャップと現実逃避の衝動でプレイに走ってしまう、あの先輩の気持ちが少しわかり始めてきたわ。あの幹事長にいつか会えたら伝えてみたいけど。どんな反応するか。戻れたらというか、向こうではおそらく死んでるから無理か。しゃーなし。)


 ■ ある日の夕暮れ

 その日、村の空は赤く染まり、草原を走る風が心地よかった。

 ロウが薪割りをしている横で、セイはよちよちと歩きながら、父の動きをじっと見つめていた。


(父さん……。やっぱりただの農夫じゃないな。あの動き、完全に戦士だ。)

 

 ロウの鍛えられた腕、無駄のない足運び、薪を割る瞬間の集中力。

 それは、セイの中の「観察眼」でも明らかだった。

 そのときだった。

 村の外から、低い唸り声が響いた。


「グルルル……。」


 ロウが顔を上げる。


「魔獣か……?」


 ミーナが家から飛び出してくる。


「ロウ! セイを――。」


 ミーナがセイを抱き上げようとした瞬間、セイは父の方へ手を伸ばした。

 そして――。


 ■ はじめての言葉


「……。と、と……。」


 ミーナが目を見開く。


「セイ……?」


 セイはもう一度、父に向かって手を伸ばす。


「……。と、……。と……。」


(父さん!早くやっつけて!って言いたいんだけどなぁ。めんどくさっ!もういい!繰り返せ!)


「トト!トト!トト!」


 ロウの手が止まった。

 薪が地面に落ちる音が、やけに大きく響いた。


「……。今、セイ……。俺のこと……。」


 セイは小さな声を大きな声にして、確かに言った。


「トート、トト。」

 ミーナは嬉しさで涙をこぼし、

 ロウは目を潤ませながらセイを抱き上げた。


「セイ……! お前……!」

 セイは父の胸に顔を埋めながら、小さく、もう一度つぶやいた。


「トート……。」


(いいから、早く魔獣らしきやつをやっつけてくれよぉ。感動のシーンはわかったから。結界で安心しきってる場合かよ。)


 その瞬間、ロウの腕が震えた。


「……。ありがとう。俺は……。お前の父さんだ!よかった!」


 ミーナも隣で笑っていた。


「セイちゃん……。はじめての言葉が……。トトなんて……!」

 

 セイは二人の温もりに包まれながら、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。


(トトって言えただけだぞ。おいおい大丈夫か?この二人……。)

(でも……。この人たちを……。守りたい。)

 

 それは、前世で果たせなかった願いや想いの延長線上にある、小さな決意の一つだった。


 結局、野良犬が迷い込んできただけで、戦士としての父を見ることはできなかった。


「ワンコはあっち行きなさい!しっ!しーっ!」


(こっちでも犬は存在していて、ワンコというところは同じかぁ。っていうか、日本的な世界観があるなぁ。)


 セイにとってはじめての言葉と小さな気付きも得られた一日だった。

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