第三話 小さな成長と家族の影
セイが生まれて一年が経ったが、まだ完全には歩けていない。ハイハイとつかまり立ちはできるようになったみたいだが、ミーナとロウの後を追うように、家の中を少しだけ動き回ることがやっとだった。
赤子としての身体は小さくても、前世の記憶を持つセイにとっては、この一年は「観察」と「理解」の時間だった。
(この世界の生活、文化、価値観……少しずつだが見えてきたな。)
そんな彼の成長を、ミーナとロウは優しく見守っていた。
■ 父と母の「ただ者」ではない気配
ある日、ロウが畑仕事を終えて帰ってきたとき、セイはふと気づいた。
(……この父さん、ただの農夫じゃないな。)
ロウの動きは無駄がないというか、鍬を振るう腕は鍛えられた戦士のように、そしてしなやかだ。ミーナもまた、家事の合間に見せる所作が妙に洗練されている。
包丁の扱い、足運び、視線の鋭さ。どれもアニメの世界でいう冒険者のそれに近いというか。
(前世で言うなら……元自衛官とか、そんな雰囲気だ。)
だが、二人はその過去を語ろうとしない。ただ、夜になると、二人が時折、焚き火の前で静かに語り合う声が聞こえた。
「……あの時、私たちがもっと強ければ。」
「いや、誰がやっても同じだったさ。あれは……鬼王の力が異常だった」
(鬼王……?)
セイは赤子の耳で、その言葉をしっかりと覚えた。
■ 人間の国が滅んだ理由
ミーナはセイを寝かしつけながら、ぽつりと呟くことがあった。
「人間の国……。昔はあったのよ。でも、鬼族の侵攻で……。全部、燃えてしまったの。」
「人間はいざとなったときにまとまれなかった。」
「それが人間の弱さだったの。」
その声は震えていた。
「私たちは……。守れなかった。仲間も、国も……。何もかも。」
ミーナの瞳には、深い後悔が宿っていた。
(父さんと母さんは……元冒険者パーティか、人間の国の騎士団か何かだったのか?)
(そして、おそらく――『英雄になり切れなかった者たち』なのだろう。)
(だからこそ、今は静かな農村で暮らしている。)
(人間の国が滅んだ……。鬼族の仕業で……。)
セイの胸に、ひとつの疑問が生まれた。
(なぜ、人間だけが国を持てないんだ?まとまれなかったことが原因なのか?なぜ、鬼族は人間の国を滅ぼそうとしたのか?)
その答えは、まだ遠い。
(考えてもわからないものはわからない。母ちゃんのおっぱいでも飲むとしよう。)
(幼児にとっての母乳はコーラぐらい中毒性があるな。時々おっさんの誠一が出てくるな。)
■ 1歳のセイ、初めての「行動」
ある日の夕方、村の外から獣の吠える声が響いた。
ミーナが驚いてセイを抱き上げる。
「ロウ! また魔獣が近くに……!」
ロウは鍬を置き、家の外へ出た。
「大丈夫だ。家の周りには結界がある。だけど……最近、魔獣の数が増えているな。」
(魔獣……?)
セイはミーナの腕の中で、外の気配にじっと耳を澄ませた。
そのとき、セイは思わず手を伸ばした。ミーナの胸元をぎゅっと掴み、外の方を指さすように小さな手を動かす。
「……。セイちゃん、怖いの?」
ミーナはそう言ったが、セイの意図は少し違っていた。
(怖いんじゃない。知りたいんだ。この世界の「危険」を。)
赤子の身体では伝わらない。だが、セイの中で初めての行動原理が芽生えていた。
■ 家族の影を知るということ
その夜、ロウとミーナは焚き火の前で話していた。
「セイちゃん……あの子は、どんな子に育っていくのかなぁ。」
「どんな子になったっていい。幸せに生きてさえくれれば……それでいい。」
「でも、この世界は……人間にとって優しくないじゃない。」
二人の会話は続いていく。
セイは寝たふりをしながら、二人の声を聞いていた。
(父さんと母さんは……何を背負っているんだろう。)
赤子の胸に、小さな疑問と、小さな決意が同時に芽生えた。
(いつか……。二人の過去を知りたい。)
そして――
(人間の国が滅んだ理由も。)
その思いは、まだ幼児として言葉にはできないが、確かにセイの中で息づいていることを覚えた。




