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第二話 はじまりの静寂に抱かれて

 セイとして生まれてからの日々は、前世の政治家としての忙しさとはまるで違い、穏やかで柔らかく、そして、どこか懐かしい時間だった。

 身体は小さく、思うように動かないし、言葉も出ず、歩くこともできない。


(意識は大人なのに、排泄だけは赤子の本能任せ……。これは慣れないなぁ。)

(ミーナに取り換えてもらうまでの感覚が気持ち悪い……。)

 

 だが、母の腕の中で感じる温もりは、前世では味わえなかった種類の安らぎだった。


 ■ 母の歌声

 ミーナは、毎日のように歌を歌ってくれた。

 草原の風を思わせる、優しく揺れる旋律。


「セイちゃん、今日もよく眠れたねぇ。」

 

 その声を聞くだけで、胸の奥がふっと軽くなる。


(……こんな穏やかな時間が、私にもあったのだろうか。)

 

 前世の記憶をたどると、仕事に追われ、家族との時間を十分に取れなかった日々が浮かぶ。

 娘たちの寝顔を見られた日は、どれほどあっただろうか。


(今度こそ、大切にしよう。)


 赤子の身体では涙を拭うこともできない。ただ、母の胸の中で静かに目を閉じた。


(っていうか、おっぱいってやわらかいなぁ。)

(なんかこの感じ、アニメの無職のおっさんの転生モノの感覚じゃね?)

(アニメ育ちのセイで今世でも、アニメの記憶も残っているのね。)

(っていうか、今さらだけど、本当に転生ってあるのね。)

(まずは、どうにもゆっくり赤子の生活を過ごすとしようか。)

(赤子体験……?赤ちゃんプレイ!?)

(俺はそんな性癖をもった政治家ではなかったはず!)

(美人なお姉さんには弱かったことは認めるが……。)


 ■ 父の手

 父のロウは、無骨だが優しい男だった。


「セイ、ほら、これが麦だぞ。大きくなったら一緒に畑を耕そうな!」

 

 セイの小さな手を包む父の手は、固く、温かく、そしてどこか誇りに満ちていた。

 前世では“国全体”を見ていた誠一。

 だが今は、ひとつの家族の温もりが胸に沁みる。


(……守りたいものが、また増えたな。)


(っていうかこの親父、夜も元気すぎない?)

(毎晩のようにミーナと仲良しで、こっちは寝不足だし。)

(そのたびに無職のおじさんのアニメとかぶるしさぁ・・・。)

(頼むよー、せっかくゆっくりと流れる幸せな日々なんだからさぁ。)

(昔はいろんな人にお願いごとやせかされて忙しかったんだから、ゆっくり満喫させてくれー。)

(なんか、人生の夏休みってこういうことを言うのかもしれないな。)

(むにゃ、むにゃ……。)


 ■ 赤子としての“限界”

 しかし、穏やかな日々の中にも、赤子としての苦労は多かった。言葉が出ない。伝えたいことが伝わらない。歩けない。自分の意思で動けない。

 ある日、ミーナが目を離した隙に、セイは布団から転がり落ちてしまった。


「きゃっ……! セイちゃん、大丈夫!?」


(いや、大丈夫じゃない……! 痛い……!)


 叫びたいのに、出るのは泣き声だけ。


「おぎゃあああああ!」


 自分の声に自分が驚き、さらに泣く。ミーナは慌てて抱き上げ、優しく背中をさすった。


「ごめんね、ごめんね……!」


 その温もりに包まれながら、セイは思った。


(……赤ん坊というのは、本当に無力だ。)


 だが同時に、この無力さが、彼の心にある決意を強くしていく。


(だからこそ、この無力さをしっかりと記憶し、ゆりかごから墓場まで安心して暮らせる社会を創っていかなければならない。そのためにも力をつけて強くならねば。前世で志半ばだったこの思いを成し遂げるために!)

(とは言っても・・・前世と今世の違いやどんな世界なのか全然わかってないけど。)

(まぁ、志は大きい方がいい。赤子よ大志を抱け!ってね。)


 セイは、またまた排泄後のおむつ交換を待ちながら、世界を憂いて、身動きが取れない生活、これからの成長の日々をゆっくり楽しもうとしていた。


 ■ 世界の“音”

 赤子の耳は敏感だ。

 セイは毎晩、夫婦による夫婦のための夜の営みの傍ら、遠くから聞こえる音に気づいていた。

 風の音。獣の吠える声。

 そして――時折、地響きのような重い音。


(……戦いの音か?戦国時代のような世界なのか?)

 

 とにかく、この世界が平和ではないことを赤子なりの身体でも感じ取ることができた。


(いつか、この音を知りたい。)


 その願いは、まだ言葉にもならないほど小さなものだったが、確かにセイの胸の奥で芽生えていた。


 ■ 小さな決意

 ある夜、ミーナの腕の中で眠りにつく直前、セイはぼんやりと二つの月を見上げた。

 草原を渡る風が、家の壁を優しく揺らす。その静寂は、まるで世界が彼を抱きしめているようだった。


(この世界で……私はもう一度、やり直すんだ。)


 赤子の手は小さく、握りしめても何も掴めない。

 だが、その小さな拳には、確かな意志が宿っていた。


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