第四話 会えなくなる日と、最後のお守り
その日が、こんなにも早く来るなんて思っていなかった。
神社の石段を上る足取りが、いつもより重い。
冬の気配が混じった風が、頬を刺す。
「……こんにちは」
境内に立っていたのは、巫女装束の澪さんだった。
でも、どこか“最後”を意識しているみたいで、胸がざわつく。
「来てくれたんだね」
「……来ないわけないです」
澪さんは少しだけ目を伏せてから、ゆっくりとうなずいた。
「今日で、私ここを離れるの」
はっきり言われると、やっぱりつらい。
社務所の前に、小さな段ボール箱が置かれていた。
中には、お守りや鈴、使い込まれた箒。
「全部、次の人に引き継ぐの」
「……そうですか」
言葉が、乾く。
境内のベンチに並んで座る。
空は薄い灰色で、今にも雪が降りそうだった。
「悠真くん」
澪さんが、俺の名前を呼ぶ。
「最後に、これ」
差し出されたのは、小さなお守りだった。
いつもより、丁寧に包まれている。
「合格祈願?」
「ううん」
澪さんは首を振った。
「これはね、“迷わないため”のお守り」
「迷わない……?」
「不安になったとき、逃げたくなったとき、思い出してほしくて」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「俺……」
言葉にしようとした瞬間、澪さんが指を立てた。
「今は、言わなくていい」
優しすぎる声だった。
「受験が終わったら、そのときに」
ずるい。
でも、ありがたい。
境内に、鈴の音が静かに響く。
澪さんは立ち上がり、深く一礼した。
「今まで、ありがとう」
「……こちらこそ」
本当は、もっと言いたいことがあった。
好きだとか、離れないでほしいとか。
でも、それを言ったら、前に進めなくなる気がした。
澪さんは鳥居の前で立ち止まり、振り返る。
「悠真くん」
「はい」
「頑張って」
それだけだった。
でも、それで全部だった。
澪さんの姿が、鳥居の向こうに消える。
境内に残された静けさが、現実を突きつける。
帰り道、ポケットの中のお守りを、強く握りしめた。
――もう、逃げ場所はない。
でも、戻る場所は、ちゃんと心の中にある。
巫女さんが優しすぎたから、恋をした。
巫女さんが優しすぎたから、前を向けた。
受験は、ここからが本番だ。




