第二話 模試の結果と、縮まらない距離
模試の結果は、正直に言って微妙だった。
「……E判定か」
紙を机の上に置いたまま、しばらく動けなかった。
努力していないわけじゃない。けれど、胸を張れるほどでもない。
その日の放課後、気づけばまた神社へ向かっていた。
逃げ場所じゃない。戻る場所。
澪さんの言葉を思い出しながら、鳥居をくぐる。
「こんにちは」
「……あ」
澪さんは社務所の前で、ちょうど鈴を整えているところだった。
「今日は元気ないね」
見抜かれている。
何も言わなくても、全部。
「模試、でした」
「どうだった?」
一瞬、言うのをためらってから、模試の紙を差し出した。
「……良くなかったです」
澪さんは成績を見ることなく、静かに紙を返した。
「結果より、気持ちが大事」
「でも、現実は結果じゃないですか」
自分でも驚くほど、声が少し強くなった。
澪さんは否定しなかった。
ただ、少し考えてから、境内のベンチを指差した。
「座ろうか」
二人並んで腰を下ろす。
夕方の風が、袴の裾を揺らす。
「ね、悠真くん」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
「模試で一番つらいのって、点数じゃないと思う」
「……」
「“自分はこれだけなのかも”って思ってしまうこと」
図星だった。
「でもね。それって、まだ途中って意味だよ」
澪さんは俺の方を見て、優しく続ける。
「最後までやった人しか、結果はもらえない」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「……俺、ここに来すぎですよね」
ふいに、そんな言葉が口をついた。
澪さんは一瞬だけ目を丸くして、すぐに微笑んだ。
「来てくれて嬉しいよ」
その一言が、危険だった。
「でも」
澪さんは、そこで言葉を切った。
「私はね、巫女だから」
その“でも”が、距離を作る。
「誰か一人を特別扱いしちゃいけない」
「……分かってます」
分かっている。
分かっているから、苦しい。
沈黙の中、鈴の音が小さく鳴る。
「ね、約束しよう」
澪さんが言った。
「模試の判定じゃなくて、今日やることを一つ決めて帰ること」
「今日やること……」
「うん。小さくていい」
少し考えてから、答える。
「英単語、五十個」
「いいね」
澪さんは満足そうにうなずいた。
「できたら、明日ここに来なくてもいいよ」
「……それは無理です」
思わず即答してしまった。
澪さんは困ったように笑った。
「本当に、優しすぎますよ」
「それは神様の仕事」
「……俺には、澪さんの仕事にしか見えません」
一瞬、空気が止まった。
澪さんは何か言いかけて、やめた。
代わりに、いつもより少しだけ遠い笑顔を向ける。
「気をつけて帰ってね、受験生」
“受験生”。
その呼び方が、線を引く。
神社を出るとき、俺は振り返らなかった。
振り返ったら、もっと欲しくなってしまう気がしたから。
――優しさに近づくほど、距離がはっきりしていく。
その夜、英単語を五十個覚えた。
いつもより、少しだけ真剣に。
澪さんの「いいね」を、もう一度聞きたかったから。




