1-4 ノーコード境界帯
1-4 ノーコード境界帯
(視点:ミラ・コール/ユラ・ナナセ)
街の光が途切れた瞬間、世界が止まった。
ミラは息を切らしながら暗いトンネルを駆けた。足元には黒く焼けた送電ケーブルが幾筋も這い、断線部分から青白い火花がときおり震えている。それはまるで、死んだ街の神経がまだ痙攣しているようだった。
前を走るカイは振り返らない。ユラはその背を追いながら、胸の動きだけで呼吸を抑えていた。沈黙は、どんな銃声より鋭い。
トンネルを抜けると、空気の質が変わった。焦げた鉄と湿った土の匂い。崩れた天井の隙間から差す薄明の光が、漂う埃を照らす。そこは廃電施設だった。
壊れた変圧器、折れたケーブル。鉄骨の影に、人影がいくつも佇んでいる。
ミラが立ち止まると、カイがちらりとだけ視線を送り、歩を進めた。近づくにつれ、人々の姿が見えてくる。老人、子ども、片目を失った者。誰も三人に注意を向けない。だがその手元では、瓶にそっと息を吹きかけるように囁く声があった。
息と囁きが混じったかすかな響きが、瓶の奥で微弱な光へ変わっていた。ミラが息を呑むと、ひとりの老婆がふっと笑った。
「電気がなくてもな、人はまだ、響きで照らせるんだよ」
カイは建屋の奥を伺いながら短く言う。
「ここじゃ、生きる理由すら電力じゃ測れねぇ。だが……誰かの声があれば、それで十分だ」
ユラは黙って壁に残るケーブルを指でなぞった。一本一本が、切断された神経束のようだ。だがその断片の奥に、微かな流れがまだ残っている気がした。
ミラがそっと尋ねる。
「ここ……電気がないのに、どうやって生きてるの?」
カイは振り返り、口の端だけで笑う。
「生きるってのは、動くことだけじゃねぇんだ。感じることだ。数字はそこを測れねぇ」
ユラの目が揺れた。そんなはずは、ない。でも胸の奥で、小さな波が確かに生まれた。
老婆が瓶を差し出す。
「ひとつ、声を入れてごらん。電気の代わりに、あんたの記憶を少しだけ灯りにできるよ」
ユラは瓶を見つめた。手に乗せた小さな光が、心臓の鼓動と同じ速さで明滅する。
観測しなくても、光は在る。
記録しなくても、在り続ける。
それが共鳴。
ユラは、初めてその言葉の意味を身体で理解し始めていた。




