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ゼロ・キロワット  作者: CIKI
SCORE:RED(赤に落ちる街)
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1-2 沈黙の女

1-2 沈黙の女


(視点:ユラ・ナナセ)


壁面パネルが微かに光を吐き、すぐに沈黙した。


残量、0.3%。


数値が一段落ちるたび、部屋の空気がひとつ呼吸を失うようだった。七瀬ユラは、暗闇の中で動かず座っていた。照明を点ければ減る。暖を取れば減る。


静止こそが延命だった。


動くたびに、誰かが壊れる。十年前の声が、微かな残響として耳の奥に蘇る。


「ユラ、見えてるの?」


息を吸うだけで世界に触れてしまう。そんな錯覚が彼女を縛っていた。


外で音がした。破裂音。風の悲鳴のような摩擦音。


ユラはゆっくり立ち上がり、窓際へ向かった。ブラインドは下りている。彼女は震える指でコードを引き、半分だけ持ち上げた。夜気が流れ込み、ユラの肩までの黒髪がわずかに揺れる。その細い揺れこそが、先ほどミラが見た光だった。


隙間から街を覗く。


暗い街路を、ひとりの少女が駆けていた。短い髪が跳ね、腕の端末が強い赤光を浴びせている。顔までは見えない。街灯が少なく、影の落ちる角度だった。だが、その赤い閃光は、命の残量を示す終端の色だと一目で分かった。


SCORE:RED


その後ろを二機のドローンが追う。白い光線が壁を焼き、少女の影を不規則に伸ばす。


誰も助けない。通りを行く人々は、音を失った映像のように無表情で歩いていた。ユラは、持ち上げたブラインドの隙間からそっと手を伸ばし、ガラスに触れた。冷たさが、喉の奥の痛みを誘う。


自分が今何をしようとしているか、分かっていた。観測は関与だ。見ることは、壊すこと。


少女がつまずき、倒れた。ドローンの照準が背に収束する。


ユラは息を吸い、声を発しようとした。喉に痛みが走る。それでも、囁きのような声が漏れた。


「……行きなさい」


かすかな声だったのに、都市が反応した。天井のパネルが青白い閃きを走らせる。


アクセス:拒否


エネルギー残量更新


冷たい警告音。


〈LIFETIME QUOTA:違反アクセス検知〉


〈対象:ユラ・ナナセ〉


外のドローンが照準を切り替えた。少女を照らしていた光が消え、かわりにユラの窓辺を撃つように照らす。ユラの影が、室内の壁に細長く伸びる。


都市が彼女を観測した。沈黙を破った、その代償。


その瞬間、少女が顔を上げた。距離の向こう、赤い光が揺れる。誰かが見ているという確信だけが、彼女を立たせたかのようだった。


ユラは、その表情を、声なきノイズの中で読み取った。世界が、ほんの一瞬だけ繋がった。


そして、電力が完全に落ちた。


闇。


音のない夜。


ユラは息を細く吐き、小さく笑った。


「……もう、見えてるわね。」


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