1-1 SCORE:RED
1-1 SCORE:RED
(視点:ミラ・コール)
逃げろ。
肺が焼ける。走るたびに、靴底のセンサーが舗装の振動を拾って、脳の奥に微かな警告音を鳴らした。電力スコアの同期音だ。残量がゼロに近づくほど、鼓動と同じリズムで警告が強く鳴る。
「ピッ、ピッ、ピッ―」
今はもう、その音しか聞こえなかった。両腕の食料パックを抱え込む。たった一袋の乾燥穀物。だが、それはこの街では命と同じ重さだ。
背後で風を切る音。
振り向かずとも分かる。ドローンだ。鋭いライトが路地の壁を舐め、影が跳ねる。熱線の照射が頬を掠め、皮膚の上を焼けた金属のような痛みが走った。
ミラは転んだ。膝から赤い液が滲み、そこへ街灯の冷たい光が降る。
スコアバンドが点滅する。
SCORE:RED
死を意味する、都市の最終色。
「……やだ」
声はかすれていた。喉が乾き、息が砂のように重い。赤い光が手首から腕へ、体の奥にまで染み込むように感じる。
「数字が尽きたら、生きてちゃいけないの?」
通りには人がいた。立ち止まり、見ている。だがその目は、誰一人として本当は見ていない。無関心という名の透明な膜が、群衆とミラを隔てていた。
沈黙こそ、この都市の秩序だった。
ドローンの照射音が低く唸る。機械の声が落ちる。
〈対象識別:LIFETIME QUOTA 残量ゼロ〉
〈処理班を要請〉
ミラは立ち上がろうとした。だが脚が動かない。恐怖ではない。電力が切れたのだ。この街では、動く自由さえ勝者にのみ許される。
そのとき、高層ビル中腹のバルコニーに、人影が見えたが、顔までは見えない。わかるのは肩まで届く黒髪、淡い色のコート、そして、片手でバルコニーの手すりを掴んでいた。その人影は、何かを観測する者のようにじっとミラを見下ろしていた。
ミラは一瞬だけ、目が合った気がした。 誰も彼女を助けない街で、唯一その視線だけが、確かに彼女を存在として捉えていた。
理由は分からない。ただ、その視線を受けた瞬間、動かなかったはずの体がわずかに前へ動いた。
ドローンが照準を合わせる。その瞬間、街の電脈が一斉に揺れた。高層街区の照明がふっと落ちる。何かが干渉した。
そして、遠くで誰かのドアが、ゆっくりと開く音がした。




