終わりを告げる刻
第3話大河目線
扉を閉め、静かな廊下に立った。
胸の奥に渦巻く怒りが、燃え盛る炎のように収まらない。
縁が一歩前に出て、封筒を差し出した。
「……総領。借金の借用書です。千佳様が脅されて書いた…全て、あの男どもの私腹を肥やすために――」
封筒から抜き取った一枚の紙。
印字された数字の列。無理やり書かされた署名。少し滲んだペン跡は涙がこぼれた跡…
筆跡を目にした瞬間、胸がさらに締め付けられた。
(……こんなものであの子は十年も地獄に縛られそうになっていたのか)
指先が自然と強く紙を掴む。
「この件に関わった奴らに制裁を……」
低く、鋭い声で命じた。
そして、ほんの一拍置いてから言葉を続けた。
「――そして新田博雅を、俺の前に連れてこい」
縁と牡丹が無言で深く頷いた。
廊下の空気が、刃物のように張り詰める。
大河は一枚の紙を握りしめ、ゆっくりと部屋へ戻った。
その紙は――千佳を縛り付けてきた鎖そのものだった。
扉を開ける。
そこには、うつむきながら必死に涙を拭う千佳の姿があった。
大河は一言も発さず、その紙を目の前で破り捨てた。
裂ける音が、重苦しい部屋に響く。
破り捨てた紙片が床に散った。
それを見つめる千佳の瞳が揺れる。借用書と書かれた文字とあの日自分が泣きながら書いた名前。…
「……自由だ」
短く、だが確かに告げた。
千佳は小さく首を振った。
「……嘘。また騙されて何処か売られて…」
震える声で呟く。
大河は一歩踏み出し、低く真っ直ぐに言葉を重ねた。
「嘘じゃねぇ。……俺のところに来い」
その瞬間、千佳が飛び込むように抱きついてきた。
か細い腕が必死に縋る。
大河はためらわず、その身体を抱き上げる。
驚くほど軽かった。
まるで、これまで背負ってきた重荷の方が彼女を形づくっていたかのように。
「……よく、頑張ったな」
声が自然と滲む。
その言葉に、千佳は堰を切ったように声を上げて泣いた。
張り詰めていたものが崩れ落ち、ただ子どものように泣きじゃくる。
大河はその小さな背を抱き締め、静かに目を閉じた。
彼女の涙が、温かさとして胸にしみていく。
(もう二度と、こんな涙を流させない――)
心に固く誓いながら。