表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年の約束〜恋綴り風に舞う夢  作者: 愛龍
第四章 泡沫の籠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/78

鬼哭の契

大河の狂気とおじじ様の威厳

(どうしたらいい……どうすれば、二度と離さずに済む?)


胸に抱く千佳の体はあまりにも軽い。

こんな細い肩が、自分の腕をすり抜けて消えてしまいそうで――それだけで心臓が裂ける。


(子を孕めば……俺の傍に残るだろう。優しいからな……)

だが次の刹那、別の想像が脳裏を焼く。

(いや、それでも……逃げるかもしれねぇ。子を抱いてでも……俺を捨てて……)


喉の奥から唸りが漏れる。

止まらない。妄執は膨れ上がる。


(足を折れば……もう走れねぇ。どこにも行けねぇ……俺だけが抱き抱えればいい)

(声を奪えば……「嫌い」とも「離れたい」とも言えねぇ)

(視界を奪えば……俺しか映らなくなる……)


次々に浮かぶ残酷な想像に、背筋が粟立つ。

理性が必死に否定しても、鬼の血が囁く。


――縛れ。

――壊せ。

――番を手放すな。


(…あぁ………狂ってる………)


自分でも気づいている。

だが、狂気にすがらなければ、不安に押し潰されてしまう。


(なぁ千佳……どうしてそんなに優しいんだ。俺を壊すのは……お前だ。

愛してるほどに、俺は……人でなくなる)


大河は震える指で千佳の頬を撫でた。

その優しささえ、自分を狂わせる檻に変わっていた。


大河の瞳は赤く燃え、鬼の血に狂気が滲んでいた。

千佳を逃がすまいと、荒々しくその細い体を抱きしめる。


「もう二度と……俺から離れるな……!」


あまりにも悲壮で番を殺してしまいそうな大河の姿に縁が常盤木を呼んだ。


常盤木は座敷牢に踏み込んだ。


「総領、正気に戻れ!その娘は番であろうが!」


怒声と共に、黄土色の衣をまとった常盤木が大河の腕を押さえにかかる。


だが大河は振り払う。


「離せ……! 誰も邪魔するな!!」


力任せに振るわれたその腕。

その刹那――


「やめて!!」


千佳が思わず飛び出した。

大河を止めようと、常盤木の前に立ちはだかる。


バシッ――


振り払った手が、そのまま千佳の頬を打った。


一瞬、時が止まった。

赤く腫れはじめる頬。驚きに瞳を揺らす千佳。


その光景に、大河の胸を焼くのは歓喜でも怒りでもない――

ただ、己が壊してしまったというどうしようもない痛みだった。



赤く染まる頬に触れることもできず、大河はただその場に立ち尽くした。

(……俺が……俺がこの手で……)


胸を抉る罪悪感が押し寄せ、足から力が抜ける。

大河は膝をつき、そのまま崩れ落ちた。


「…………俺は、千佳を……」

声は震え、鬼の総領の威厳はそこにはなかった。

ただひとりの男が、愛する者を傷つけた恐怖と痛みに打ちひしがれていた。


千佳はゆっくりとその膝に身を寄せ、震える大河を抱きしめる。

頬の痛みよりも、目の前で苦しむ彼が悲しくて仕方なかった。


「……ごめんね」


涙をにじませながら、千佳は大河の背に腕を回した。

「私、もうどこにも行かないから……やっぱり離れるなんて無理」


大河の胸に顔を埋め、震える声で続ける。


「だから私があなたの足を引っ張る時は……お願いだから……私を喰ってください………」


その言葉に、大河の瞳から赤が消えていった。

抱き寄せる腕が強く震え、鬼である前に、一人の男として泣いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ