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千年の約束〜恋綴り風に舞う夢  作者: 愛龍
第四章 泡沫の籠

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鬼哭の契

すれ違う想い

襖の開く音とともに、足音が近づいた。

大河だった。片手に膳を持ち、もう片方には湯気の立つ椀。


「……食え。」


低く短い声が、牢に落ちる。


千佳は顔を背け、両腕で自分を抱き込む。

「いらない……」


震える声。

拒絶したいのに、腹は空いて痛むほどに鳴っていた。

大河は眉をひそめ、格子を開けて座敷に入ってくる。


「また痩せ細るなんて許さねぇ。」


そう言うや否や、千佳の顎をぐっと持ち上げた。

視線を逸らす暇もなく、大河の口に含まれた飯が押し当てられる。

驚きで息を呑む千佳。けれど強い腕に押さえ込まれ、逃げ場などなかった。


温かい米粒が舌の上に広がり、喉の奥へ落ちていく。

「……ん……っ」

無理やり飲み込むしかなかった。


「ほら、まだだ。」


またひと口。

そしてまた。

何度も、何度も。


拒めば拒むほど、強引に口移しで流し込まれる。

そのたびに大河の吐息と熱が重なり、胸の奥をざわつかせる。


(……どうして……どうしてこんなに……)


千佳の瞳に涙が滲む。

「……っ、やめて……」


だが大河は止めない。

ただ必死に、焦がれるように。


「死なせねぇ。お前を弱らせるくらいなら……鬼にでもなる。」


その声は荒々しくも震えていた。

怒りでも、支配でもない。

切羽詰まった、ただ一人の男の声だった。


千佳は抵抗の力を失い、ただ大河の胸の熱に押し潰される。

涙が頬を伝いながらも、喉は食を受け入れていた。


(嫌なの。あなたに……生きていてほしいって思ってるの……)


溢れる想いがどうしようもなく千佳を追い詰めていった。

重苦しい沈黙を切り裂くように、大河の声が響いた。


「……嫌いなら嫌いって言ってみろ! 愛してないって……言ってみろ! 俺は……そんなに優しくねぇ!」


その瞳には赤い炎が宿り、声は掠れ、喉の奥で震えていた。

次の瞬間、千佳は大河の腕に抱きすくめられ、荒々しい口づけを受けた。


「ん……っ……!」


逃げ場はない。何度も、何度も。

千佳が拒む間もなく、唇は塞がれ、呼吸すら奪われていく。


衣擦れの音。荒く重なる息。

大河の体温が全身を覆い尽くし、千佳の小さな体はその熱に押し潰されそうだった。


荒々しい腰の動きに、声が洩れる。

「……あっ……! や、やだ……っ」

けれど、それは嫌悪の声ではなく、どうしても抑えられない震えと甘さが混じる声だった。


(……嫌いなんて、言えない……)

(愛してないなんて……言いたくない……)


涙が溢れる。

でもそれは恐怖の涙ではなかった。


(……あなただけなの……大河さんだけ……)


心の中で必死に叫びながら、千佳は荒々しい愛の奔流に飲み込まれていった。




乱れた息の中で、千佳は胸の奥が痛くてたまらなかった。

(……優しい人を、傷つけた……壊してしまった……)


荒々しく抱かれるたびに、大河の瞳に滲むのは激情ではなく、狂おしいほどの哀しみ。

その姿を見るたびに、千佳の心臓は裂けそうだった。


――とうとう。


大河の唇が耳元に落ち、低く押し殺した声が囁く。


「子でも……孕めば……もう二度と逃げないか……」


「お前は優しいからな……」


熱く荒い口づけ。

千佳の喉から、か細い声が洩れた。


「……どうして……」


どうしてそんな言葉を言うの。

どうしてそんなに大河は自分自身を追い詰めるの。


大河は答えない。

ただ必死に抱きしめ、口づけを重ねる。

まるで千佳を壊してしまうことだけが、自分の弱さを覆い隠す唯一の術であるかのように。


千佳の涙が、唇に触れるたび塩辛く滲んだ。



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