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千年の約束〜恋綴り風に舞う夢  作者: 愛龍
第四章 泡沫の籠

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双盾の誓い

大河と陽明の共闘

大広間に飛び込んだ伝令の顔は蒼白だった。


「総領、千佳様が……ねねの道で攫われました。参拝していた一般の人々は、皆毒で……」


空気が凍った。

護衛たちが血を吐くように名を呼びながら倒れていった報告。

観光で溢れていた参拝客が、一瞬で命を落としたという惨状。

その中に、千佳も――。


大河の手がゆっくりと刀の柄に伸びた。

握りしめる掌が白くなる。


「……人が……死んでいるのか。」


低い声は、獣の唸りにも似ていた。

長老も四天王も、誰一人声を発せない。

大河の放つ殺気が、屋敷の柱まで軋ませていたからだ。


胸に広がるのは焦燥と怒り、そして――恐怖だった。

千佳が今も生きているのか。

あの小さな体が、あの柔らかな笑顔が、どこかで毒に晒されているのか。


「縁。」


片眼鏡を押し上げた側近が、即座に前へ出る。

「はっ。」


「あいつらの隠れ家に行く。地獄を見せろ。……生かしては帰さぬ。」


「御意。」


その声は震えていた。恐れからではない。総領の怒りが、この世すべてを薙ぎ払うほどの重さを持っていたからだ。


大河は静かに立ち上がる。

「……千佳。待っていろ。」


その一歩ごとに、空気が震えた。

鬼の総領――鬼藤大河が、本気で動き出した。



同じ刻。

京都の町家をイメージした一条のマンション。


晴明は文机に座り、静かに茶を啜っていた。


障子の外で白狐の式神が低く唸る。

――不穏な気配。

次いで、もう一体の式神が血の匂いを纏って戻ってきた。


「……なんですって。」


茶碗を置く指が震えた。

聞こえたのは、護衛四人が毒に倒れ、千佳が狗と猫に攫われたという知らせ。


参拝していた人々が次々と倒れ、道は屍に埋め尽くされた。


晴明はゆるりと立ち上がった。

「……動きましたか。狗と猫が。」


扇を開く。

白と黒、二匹の烏が虚空に舞い上がる。

「追え。あの方の行方を必ず……見失うな。」


式神の影が、ねねの道を越えて闇へと飛び去っていく。


晴明は袖を払って歩き出す。

その横顔は笑みを浮かべながらも、瞳の底は怒りに燃えていた。


「千佳様に手を出すとは……愚かな。あの鬼を敵に回すだけでも死を意味するのに。」

扇を閉じ、唇に当てる。


「……いいでしょう。私も地獄を見せて差し上げますよ。陰陽師として…妖狐として」



化野念仏寺。

千を超える石仏が見守る静寂の地に、異様な気配が満ちていた。


参道の端、倒れ伏す四つの影。

若き護衛たち――千佳を守りながらも毒に侵され、血を吐き、なお這うように追ってきた彼らが、今は石畳に崩れ落ちていた。


「……烈火! 浅葱!」

牡丹が駆け寄り、その口元に手を当てる。かすかな息を感じ、安堵と怒りが入り混じる。


燈夜は無言で解毒薬を懐から取り出すと、冷たい指先でひとりひとりの喉に薬を流し込んでいった。

「まだ間に合う……お前たちはよくやった。」

その声は低く、それでいて震えていた。


そこへ、重い気配が風を裂いた。

「手当を急げ。」


振り向けば、大河の姿。

黒い外套を翻し、目に怒りを宿している。だが次に口から出た言葉は、意外にも柔らかかった。


「……4人ともよく耐えた」


その一言に、護衛たちの瞼が震え、血に濡れた唇が僅かに笑みを刻む。

安心に身を委ねるように、彼らは昏倒した。


「遅かったですねぇ、総領。」

軽やかな声とともに、廻廊の影から現れる男。


陽明――安倍晴明本人であり妖狐の長。

扇を開き、すでに何体もの式神が周囲を舞っていた。


大河は睨み据える。

「……晴明。」


「狗と猫の巣は、この先の屋敷。化野念仏寺の地に隠れ家」

陽明の声音は飄々としていたが、その瞳は冷たく怒りに燃えていた。


「行来ましょう。あなたの番は中にいる。」


大河は刀の柄に手をかけ、低く息を吐いた。

「チッ……狐と並ぶのは癪だが、今は構っていられん。」


「奇遇ですね。私も鬼と手を組むなんて御免ですが――」

陽明は扇をぱたりと閉じ、笑みを深めた。

「……あの方を救うためなら話は別です。」


二つの強者の影が、静かに並び立つ。

石仏の視線を背に受け、地獄へと続く屋敷の門へと歩を進めた。


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