双盾の誓い
大河と陽明の共闘
大広間に飛び込んだ伝令の顔は蒼白だった。
「総領、千佳様が……ねねの道で攫われました。参拝していた一般の人々は、皆毒で……」
空気が凍った。
護衛たちが血を吐くように名を呼びながら倒れていった報告。
観光で溢れていた参拝客が、一瞬で命を落としたという惨状。
その中に、千佳も――。
大河の手がゆっくりと刀の柄に伸びた。
握りしめる掌が白くなる。
「……人が……死んでいるのか。」
低い声は、獣の唸りにも似ていた。
長老も四天王も、誰一人声を発せない。
大河の放つ殺気が、屋敷の柱まで軋ませていたからだ。
胸に広がるのは焦燥と怒り、そして――恐怖だった。
千佳が今も生きているのか。
あの小さな体が、あの柔らかな笑顔が、どこかで毒に晒されているのか。
「縁。」
片眼鏡を押し上げた側近が、即座に前へ出る。
「はっ。」
「あいつらの隠れ家に行く。地獄を見せろ。……生かしては帰さぬ。」
「御意。」
その声は震えていた。恐れからではない。総領の怒りが、この世すべてを薙ぎ払うほどの重さを持っていたからだ。
大河は静かに立ち上がる。
「……千佳。待っていろ。」
その一歩ごとに、空気が震えた。
鬼の総領――鬼藤大河が、本気で動き出した。
同じ刻。
京都の町家をイメージした一条のマンション。
晴明は文机に座り、静かに茶を啜っていた。
障子の外で白狐の式神が低く唸る。
――不穏な気配。
次いで、もう一体の式神が血の匂いを纏って戻ってきた。
「……なんですって。」
茶碗を置く指が震えた。
聞こえたのは、護衛四人が毒に倒れ、千佳が狗と猫に攫われたという知らせ。
参拝していた人々が次々と倒れ、道は屍に埋め尽くされた。
晴明はゆるりと立ち上がった。
「……動きましたか。狗と猫が。」
扇を開く。
白と黒、二匹の烏が虚空に舞い上がる。
「追え。あの方の行方を必ず……見失うな。」
式神の影が、ねねの道を越えて闇へと飛び去っていく。
晴明は袖を払って歩き出す。
その横顔は笑みを浮かべながらも、瞳の底は怒りに燃えていた。
「千佳様に手を出すとは……愚かな。あの鬼を敵に回すだけでも死を意味するのに。」
扇を閉じ、唇に当てる。
「……いいでしょう。私も地獄を見せて差し上げますよ。陰陽師として…妖狐として」
化野念仏寺。
千を超える石仏が見守る静寂の地に、異様な気配が満ちていた。
参道の端、倒れ伏す四つの影。
若き護衛たち――千佳を守りながらも毒に侵され、血を吐き、なお這うように追ってきた彼らが、今は石畳に崩れ落ちていた。
「……烈火! 浅葱!」
牡丹が駆け寄り、その口元に手を当てる。かすかな息を感じ、安堵と怒りが入り混じる。
燈夜は無言で解毒薬を懐から取り出すと、冷たい指先でひとりひとりの喉に薬を流し込んでいった。
「まだ間に合う……お前たちはよくやった。」
その声は低く、それでいて震えていた。
そこへ、重い気配が風を裂いた。
「手当を急げ。」
振り向けば、大河の姿。
黒い外套を翻し、目に怒りを宿している。だが次に口から出た言葉は、意外にも柔らかかった。
「……4人ともよく耐えた」
その一言に、護衛たちの瞼が震え、血に濡れた唇が僅かに笑みを刻む。
安心に身を委ねるように、彼らは昏倒した。
「遅かったですねぇ、総領。」
軽やかな声とともに、廻廊の影から現れる男。
陽明――安倍晴明本人であり妖狐の長。
扇を開き、すでに何体もの式神が周囲を舞っていた。
大河は睨み据える。
「……晴明。」
「狗と猫の巣は、この先の屋敷。化野念仏寺の地に隠れ家」
陽明の声音は飄々としていたが、その瞳は冷たく怒りに燃えていた。
「行来ましょう。あなたの番は中にいる。」
大河は刀の柄に手をかけ、低く息を吐いた。
「チッ……狐と並ぶのは癪だが、今は構っていられん。」
「奇遇ですね。私も鬼と手を組むなんて御免ですが――」
陽明は扇をぱたりと閉じ、笑みを深めた。
「……あの方を救うためなら話は別です。」
二つの強者の影が、静かに並び立つ。
石仏の視線を背に受け、地獄へと続く屋敷の門へと歩を進めた。




