繋ぐ想いと護りの夜
婚礼当日
朝、鬼の里は静かにざわめいていた。
雲ひとつない青空の下、琵琶湖から吹く風が白い幕を揺らす。
桜が舞い上がり湖面に舞う。
広間には鬼藤家の紋が掲げられ、重々しい空気の中で婚礼の式が始まった。
長老四人を筆頭に四天王と縁、睦月、牡丹、燈夜、そして侍女たち。
すべての視線が一人の娘に注がれる。
白無垢を纏った千佳。
その姿は、緊張に揺れながらも真っ直ぐに前を見据えていた。
壇上に進み出た大河が、漆塗りの杯を手に取る。
赤黒く輝く酒が、まるで千年の血脈を象徴するように揺れる。
「この杯を交わし、我が命と共に在ることを誓う」
酒に大河が刀で少し傷を入れた指から落ちる血が広がる。
続いて千佳も血を落とす。
共に盃に口をつける。
杯を千佳の唇に寄せると、彼女は静かに受け止め、わずかに赤を差した頬で大河を見上げた。
「……共に、生きます」
その一言は小さくても、すべての者の胸を震わせた。
続いて、黒藤の家紋を刻んだ懐剣が侍女の手で運ばれる。
それは千姫に渡されるはずだった護りの刀。
時を経てやっと鬼の番千佳に託される。
大河は懐剣を両手で持ち、千佳の前に跪いた。
「これはお前を護るための刀だ。……決して一人で抱え込むな。俺がいる」
千佳は静かにそれを受け取り、胸に抱きしめた。
「……ありがとうございます」
長老衆が立ち上がり、声を揃えて告げる。
「これにて婚礼、成った! 鬼の総領・大河、その番・千佳を以って、誓いとする!」
広間に響き渡る祝詞。
涙ぐむ者、嗚咽を漏らす者、拳を握る者。
長老・常盤木は袖で目を拭いながら呟いた。
「おじじ様と呼んでくれたあの娘が……今日から真の孫じゃ」
大河は隣に立つ千佳の手を握り、ただ一言だけ囁いた。
「……これで、やっとお前は俺のものだ」
千佳は頷き、微笑んだ。
その笑顔に、過去に抱えた影がひとつひとつ溶けていくのを、大河は感じていた。
――鬼の総領と、その番。
婚礼の儀は、千年を越えて果たされた。




