風に舞う鬼の声
大河目線の千佳の前世との交わり
あの夜の記憶は、何百年経とうと今も大河の胸を裂き続けていた。
源氏と平家が刃を交わし、天下が血に染まる最中。
鬼の一族の総領である大河には、ただ一つの救いがあった。
――番。
鬼にとって唯一無二の存在。
人でも妖でもなく、ただ「運命」に選ばれた者。
彼にとってのそれは、武家の姫・千姫だった。
嫁ぐ日を互いに心待ちにしていた。
戦乱の世にあっても、二人の未来だけは確かに光だった。
だが――あの夜、その光は無残に踏みにじられた。
婚礼前夜千姫は実の兄、頼定によって犯された。
「鬼になどくれてやるか」
そう吐き捨てながら、獣のように彼女を蹂躙したのだ。
尊厳を汚され、心を引き裂かれ、
花嫁としての幸せは血に塗れた悪夢に変わった。
果てて眠る頼定を見て千姫は震える手で、婚礼のために与えられた護り刀を抜いた。
その刃はまず頼定の喉を裂き――血飛沫と共に、男の命を絶った。
そして次の瞬間、ためらいもなく己の胸を突き刺した。
知らせを受けて駆けつけた大河が見たのは、
肉塊と化した頼定、そして母に抱かれ冷たくなった千姫の姿だった。
「千姫……!」
嗚咽が喉を引き裂いた。
大河の膝の上で、千姫の小さな体はもう何の温もりも返さなかった。
千姫の母は、涙に濡れた顔でそれでも毅然と告げた。
「大河……この子は里で葬ってほしい。きっと……この子もそれを望むでしょう」
「…………」
「いつか巡り合うことを。……信じて」
大河は答えられなかった。
ただ、冷たくなった千姫を抱きしめ、
その頬に額を押し当て、声にならない慟哭を漏らすしかなかった。
彼女を守れなかった。
誓った未来を奪われた。
その痛みは刻を経ても消えることはなく、
今、博雅の姿を通して再び大河の胸を焼いていた――。




