苺のケーキと鬼の牙
第4話大河目線
千佳が牡丹と睦月に連れられデパートできせかえ人形となっている頃…
重厚なスイートルームの空気を切り裂くように、縁の低い声が響いた。
「……調べがつきました。千佳様の祖父は会社を経営しており、本来であれば千佳様の父上が継ぐはずでした」
燈夜が続ける。
「事故死とされているご両親、病死とされた祖父母……すべて、叔父の仕組んだものです。財産も家族も奪われ、残された千佳様は転々とたらい回しにされ……最終的に博雅に売られた……」
沈黙。
重く、深い沈黙。
やがて大河は目を伏せ、低く吐き捨てるように言った。
「……なるほどな」
握りしめた手の甲に血が滲みそうなほど力がこもっていた。
祖父の会社も、家も、家族も――すべて奪われた少女が、笑うことすら忘れるほど追い詰められていた。
大河の目が細められる。深い闇を孕んだ双眸。
「……社会的に、消せ」
その声に縁も燈夜も背筋を正した。
「承知しました」
大河の一言は、容赦のない刃となって走った。
その日のうちに――。
千佳の叔父が経営していた会社は、すべての取引が停止されていた。
得意先は次々と契約を破棄。何が起きたのか理解する前に、会社は事実上の終わりを告げていた。
従姉妹は、夫の家から追い出された。
「お前の家は泥を塗った」と冷たく言い放たれ、行く当てもなく泣き崩れる。
従兄弟は、勤めていた会社から解雇を言い渡された。
「悪いが庇いきれない」と。
親族たちは次々と破滅していった。
それは偶然ではなく、見えぬ手で確実に断たれていく道だった。
同じ日、千佳を売り渡した元凶の一人――美容室オーナー。
その店は表向きこそ洒落た街角のサロンを装っていたが、裏では博雅と繋がり、少女たちを人身売買に流していた。
大河の命で動いた者たちが証拠を集め、警察に差し出す。
数々の契約書、偽造された書類、監視映像。
逃げ道は、もうどこにもなかった。
逮捕の瞬間、オーナーは真っ青な顔で叫んだ。
「俺は悪くない!みんなやってることだろうが!」
だが、手錠の冷たい音がその声を遮る━━━━━
街の人々はざわめき、かつての客たちは目を逸らした。
彼が築いた虚飾の城は、一瞬にして崩れ落ちた。
夕方。ホテルのラウンジにて…
大河がエレベーターでラウンジに出ると、そこにいたのは――青色のワンピースを着た千佳だった。
シンプルで柔らかな布地が、彼女の細い体にぴたりと馴染む。
セミロングのこげ茶色の髪は少し癖があり、光に透けると淡く揺れる。
茶色の瞳が、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。
二十歳の普通の女の子としての愛らしさが溢れていた。
ラウンジのテーブルの上に置かれていたのは、ホテルの厨房が用意したサンドイッチの皿。
「牡丹さんがフルコース頼んでくれたんですけどフルコースは…ちょっと、食べられないので……」
照れくさそうに笑うその声に、大河の胸がまた締め付けられる。
その場にいた牡丹と睦月が同時に立ち上がる。
「本日購入した品はすべてお屋敷へ運ばせました」牡丹が告げ、
「お屋敷の準備も整っています」睦月が続ける。
「……ああ、わかった」大河は短く頷く。
大河はゆっくりと膝をつき、千佳の瞳の高さに視線を合わせる。
「今日は、仕事で戻るのが夜中になる。だからお前は寝ていろ」
そう言って少し言葉を切り――声を低くした。
「明日……すべてが終わったら、話したいことがある」
千佳は驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと微笑んだ。
「はい」
その小さな返事は、どんな誓いの言葉よりも確かに大河の心を揺らした。




