苺のケーキと鬼の牙
第4話 大河目線
千佳を抱き上げたまま大河は店を出て自分の泊まる帝都ホテルへ連れてきた。
もうあそこには用はない。
煌びやかなスイートルームの扉が閉じられると、千佳はまるで異国に放り込まれたようにきょろきょろと辺りを見回した。
柔らかなソファーの上に座らせても、肩が小さく震えている。
「……落ち着け」
低く声をかけると、彼女の動きが止まった。
大河はゆっくりと視線を合わせる。
「とりあえず腹が空いただろ? 何が食べたい?」
千佳は逡巡し、言葉を選ぶようにおどおどと問い返した。
「……なんでも?」
「なんでもいい。好きなものを言え」
一瞬の沈黙。
そして小さな声で、千佳は口を開いた。
「……苺の……苺のショートケーキ。おじいちゃんと食べたのが最後で……ずっと食べたかったんです」
その言葉に、大河の喉の奥が詰まった。
ほんの小さな願い。誰もが当たり前に口にできる甘味を、彼女はずっと遠ざけられてきたのか…
「……わかった」
息を整えて、努めて普段通りに言う。
「ただ飯も食え。チーズは好きか? リゾットは?」
千佳は少し驚いたように顔を上げ、そして小さく笑んだ。
「……はい。好きです」
柔らかく温かい笑み。
大河は静かに頷き、すぐに料理を用意させるよう側近へ連絡を取った。
(苺のケーキ一つで、こんな顔をするのか……)
胸の奥に、怒りとも哀しみともつかない熱が広がっていく。
テーブルに並んだのは、リゾットと苺のショートケーキだけ。
豪奢な部屋には似つかわしくない、あまりに質素な夕餉。
だが千佳は小さな口で、一口一口を大切に噛み締めていた。
頬に浮かぶ安堵と幸福の影。
その姿に、胸の奥が軋んだ。
「……お腹いっぱいです」
フォークを置き、千佳は微笑んだ。
それだけで瞼が重くなるのだろう。
柔らかなソファに身を寄せると、すぐに呼吸が深く穏やかになっていく。
(……こんな量で、眠れるほどに満たされるのか)
痛々しさに、拳が無意識に握り締められていた。
生きるために削られ、奪われてきた年月。
その爪痕が、こうして目の前に突きつけられる。
大河は立ち上がり、廊下に控えていた縁を呼んだ。
「……明日、千佳を四人に会わせる。お前たちで支度を整えておけ」
縁は短く頷いた。
「承知しました」
扉を閉め、寝息を立てる少女をもう一度見やる。
大河は静かに吐息を漏らした。
(……よく生きていてくれた。明日からは、もう一人じゃない)
朝の光が差し込むスイート。
昨夜は安心したように眠りについた千佳の顔を思い出しながら、俺は四人を伴って部屋の扉を開けた。
「……千佳。紹介しておく」
隣に腰を下ろしながら言う。
俺の声に怯えることなく、千佳はまっすぐこちらを見てくれた。
「こいつらは俺の側近だ。これからはお前の世話もしてくれる」
牡丹が一歩前に出て優雅に微笑む。
「牡丹と申します。本日はぜひ一緒にお買い物をいたしましょう、千佳様」
続いて睦月が静かにお辞儀をする。
「睦月と申します。千佳様はどのようなブランドがお好きでしょうか?」
……その瞬間、千佳が困ったように俯いた。
「ブランド……知らなくて。持ってるお洋服は全部お古で。あっでもこれはお婆ちゃんの形見なんです」
笑顔を浮かべているのに、声はかすかに震えていた。
何一つ与えられず、ただ古びた服だけを身に纏ってきた――その事実が痛いほど胸に刺さる。
牡丹の瞳が揺れ、唇を噛むのが見えた。
……あいつも同じだ。怒りを隠しきれねぇ。
「……総領」
牡丹が低く俺に呼びかける。
「カード、限界まで使ってもいいですか?」
短く息を吐き、俺は肩をすくめた。
「お前たちに渡してるカードに、元から限度額なんてなかったはずだろう」
牡丹と睦月の本領発揮が見ものだ……




