第7話:決別と戴冠――“あなたが妃で、本当によかった”
帝都の空は晴れ渡り、鐘楼から鳴り響く鐘の音が、遠くまで清らかに届いていた。
今日は、第一皇太子妃・アリシアとしての正式な戴冠の儀――
すなわち、“皇太子の正妃”として、帝国全土にその名が認められる日だった。
「緊張しているか?」
シオン殿下が、私の手をそっと取って尋ねてきた。
「……少しだけ。でも、不安はありません」
「ふむ。頼もしいな。……いや、もとからそうだったか」
彼が、口の端をわずかに緩めて笑う。
冷酷皇太子と恐れられた彼が、私にだけ見せてくれるその微笑みに、私は何度も救われてきた。
もう“悪役令嬢”と呼ばれることも、“代わりの妃”と陰口を叩かれることもない。
この日を迎えるまでに、多くのものを失い、そして――手に入れた。
儀式の場には、帝国の三公、枢機卿、宰相、貴族代表たちがずらりと居並ぶ。
威厳と格式に満ちた玉座の前、私は膝をつき、皇帝陛下の前で静かに頭を垂れていた。
「アリシア・グランフォード。汝をもって、我が第一皇子シオンの正妃とする。冠を授け、帝国の未来を共に担う者として認めよう」
皇帝の右手が、銀の冠を掲げる。
その瞬間――私は、帝国の“未来”となった。
儀式を終えた後の控えの間。
私は玉座の間で受け取った冠を、静かに膝の上に置いていた。
「これが、私の居場所……」
つい口にしてしまった言葉に、背後から答えが返ってくる。
「――ようやく、辿り着いたな」
シオン殿下。いや、今は私の“夫”と呼ぶべき人。
「殿下……」
「なぜか、“正妃の椅子”はずっと空いたままだった。誰が来ても、何かが違った。だが今なら分かる。お前を待っていたのだと」
「……そんな、大層なものじゃありません。私はただ……選ばれて、ここに来ただけです」
「違う」
彼は、きっぱりと言った。
「お前は、選ばれたのではない。俺が選んだんだ」
その一言に、何度も抑えてきた涙が、ついに頬を伝って落ちた。
嬉しくて、苦しくて、報われて、愛しくて――いろんな感情が溢れて、止まらなかった。
けれど、それでよかった。
「……ありがとう、ございます。わたくし……この場所に立てて、本当に、幸せです」
彼はそっと私の涙を拭い、額に口づけを落とした。
「――お前が妃で、本当によかった」
帝都では、今なお噂が渦巻いている。
“冷酷皇太子が心を許した唯一の女性”
“悪役令嬢と呼ばれた彼女は、本当は聡明で誇り高い淑女だった”
“真実の愛に救われた姫君”――
でも私は、そういう言葉をもう気にしない。
誰かの評価や、名前や、噂ではなく。
私は、私自身として、この場所に立っている。
彼と共に。
シオンとアリシアの物語は、ここから始まるのだ。
――光の未来へと。




