第1話:婚約破棄は舞踏会の鐘とともに
美しく飾られた舞踏会場で、その声は鳴り響いた。
「――アリシア・グランフォード嬢。君との婚約は、今この場で破棄する!」
一瞬、時間が止まったようだった。舞踏会に招かれた貴族たちの視線が、まるで刃のようにこちらへ向けられる。父の選んだ婚約者である侯爵家の嫡男――エリオットが、妹セリーヌの手を取りながら、私をまっすぐ見下ろしていた。
「な、何を……?」
「君は冷たく、傲慢で、高慢だ。僕は、君の妹であるセリーヌと真実の愛を見つけた。だから……この婚約は、無効だ!」
言葉を失ったままの私に、追い打ちをかけるようにセリーヌが甘ったるい声を重ねる。
「ごめんなさい、お姉さま。私は最初から、彼に心を奪われていたの……でもお姉さまに悪気はないって、信じてるわ」
――言い回しは控えめでも、それが何より残酷だった。
私は確かに社交界では“冷たい”とか“近寄りがたい”とか、そう言われてきた。けれどそれは、公爵家の令嬢としての誇りと、家の名に恥じぬようふるまうための仮面だった。
それを「悪役令嬢」と勝手に決めつけられ、すべてを奪われるのか。
(これが……私の人生の結末なの?)
目の奥が焼けるように熱い。だけど、涙は流さないと決めていた。
私は深く一礼して、ただ一言だけ言った。
「――では、婚約破棄をお受けします」
その瞬間、舞踏会の鐘が鳴った。社交界で最も華やかな夜が、私にとって最も惨めな幕引きとなった。
だが――それから三日後。
私のもとへ、皇帝からの使者が訪れた。
「アリシア・グランフォード嬢。陛下のご命令です。第一皇太子・シオン・ヴァルディウス殿下の妃として、王宮へお越しください」
その日、私の人生はもう一度、静かに動き始めたのだった。