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才なし

東の山を越え、またその先の海を越えると男神と女神によって造られた国があるらしい。

万物に神が宿るとされ、人々は技術を磨いてあらゆる物を作り、成長し、栄え、大国とも渡り歩いている、らしい。


「はぁ、私もヒノモトに行ってみたいわー」


大きな屋敷の自慢の庭が見える自室。両親に聞かずともわかる、この屋敷で一番の部屋をあてがわれている少女は、一つため息をついて呟いた。

窓辺から庭を眺めるのが好きな少女は、ここでなら心に溜まったモヤモヤも発散できるのでは無いかと思った。侍女に紅茶と軽食をお願いして、いつもは用意しない小さなクッションも用意した。それから誰も入室しないようお願いをして引き籠った。

だというのに、一向に気分は晴れない。なんなら、眼下に広がる煌びやかな庭を見て余計に劣等感に包まれた。


「ヒノモトなら私も正当に評価してもらえるのかしら…」


先日行った魔力測定を思い出し、少女はまた一つため息をついた。

グリュックリー王国。魔法によって栄えたこの国の優劣は階級などではなく魔法によって決まる。魔力が高く、魔法が扱えれば平民であろうと騎士団長になれるし、魔法を扱えなければ貴族であろうと仕事が無くなることだってある。

その魔法主義の考え方は建国神話に基づいている。


『名もない田舎村にある日"今日から私が領主だ"と男が押しかける。その男は山を越えた先にある大きな街の領主だった。村の誰よりも金を持ち権力も持つ男に立ち向かうことがてきず、気づけば村は男の物になっていた。男の横暴な統治に不満を抱くものは居ても、立ち向かう者は居なかった。

そんなある日、一人の少年が立ち上がる。村の外れに住む少年は精霊の声が聞こえるという不思議な力を持っていた。

新月の日、彼はこう言った。"あの領主を倒すための力を私に貸してほしい"と。精霊たちは喜んで力を与えた。

ある者には燃え盛る火を。

ある者には耐えることのない水を。

ある者には崩れることのない力を。

ある者には止むことのない風を。

ある者には正しい者を救う力を。

そして五人は力を合わせて領主を倒し、その地を治めた』


小さな頃から絵本でも読み聞かされた建国神話は、力の無かった者が精霊から授かった力で悪しき領主から人々を守った事からいつしか、魔力の高いもの、魔法の強い者が政をするのに重要なのではという考えができていた。

また、最初に立ち上がった少年に授けられた火の属性は今も王家が受け継いでいることから、火属性は秀でているという謂れすらあった。

貴族のみに、であるが。

魔法の才能が秀でていなくとも学や他の才能に秀でている者は居る。その者たちを蔑ろにするのは神話の領主と同じ愚王のするところであるという先王の考えにより、今では全ての者に平等であれもいうのが国民の考えとなっていた。

現騎士団の団長は平民の出で、風属性の魔法に秀でている騎士だった為、昨年騎士団長に任命された。

次世代の宰相候補になっているのは、貴族と平民の間に生まれた聖属性の方。小さな傷を治す位の魔力量しかないが、国外情報に強いため宰相候補になっている。

こんなに機会があるのは平民のみ、である。

貴族社会は酷く面倒なもので、学があること、見目麗しいこと、そして魔法が扱えることが必須となっていた。


「はあ…」


先日受けた魔力測定までに練習を怠ったことはない。毎日家庭教師と勉強もした、自分を美しく保つための努力を怠ったこともない。

祖先のように水属性の魔法を巧みに扱い、立派な王家の剣になることを夢見て練習に練習を重ねた。

その結果がーーーーーーー才なし。


『貴族の才なし』


それは人生を捨てるのに十分な要素だった。

男性であれば自身が家督を継ぎ平民で魔法に秀でた娘を妻と迎えれば、円満に行く。

だって平民間に格差などないのだから。

だって貴族間の格差など、魔法の前では無に帰すのだから。

女性はそうはいかない。家に居続けることもできるが、職がない、魔力がない娘を好んで妻に迎える貴族はいないし、平民も貴族の娘と結婚したいとは思わない。

行き場が無くなるのだ。


「才なし、か…」


一つため息をついて庭を眺めた。

煌びやかな庭を持つシルクトレーテ家。

グリュックリー王家が建国するその時から存在する歴史の長い私の家は、水属性を授かった剣士の子孫だ。

王家の剣として騎士団を所有し、その耐えることのない水を持って何者からも王家を守り抜くことを家訓としていた。

父は当家騎士団の団長を努め、母は賢者と呼ばれるほど魔法の才に溢れる人だ。兄は私の歳の頃には水の剣で稽古をしていたし、弟は既に水を自由に操れるようになっている。

私だけが、落ちこぼれだった。


「サーシャ!!」


侍女の焦る声を掻き消す慌ただしい声は兄ーアダルフォのものだった。豪快な音を立てて扉は開き、少しだけ空気が軽くなる。

かつかつと、アダルフォの足音が近づいてくる。それでも少女は決して庭から視線を逸らすことはなかった。


「サーシャ、夕飯の時間だぞ。みんな心配してる」


「食欲がないの…みんなで食べてしまって」


「食べないと元気が出ないだろう。鍛錬も身が入らなくなるぞ」


「……私が鍛錬したって…何も意味ないわよ」


「いいや、そんなことは無い。サーシャ、お前は強くなっている」


「…………っ!……兄様も聞いたでしょう!!私は、才なしなのよ!!!」


「ああ、聞いたとも」


「なら、わかるでしょう!!!」


「ああ、知っているとも」


「なら、なら!!」


湧き上がってくるこれは、アダルフォへの嫌悪感では無い。なら家族への劣等感か、惨めな自身への怒りか。

ぎゅうと優しく抱きしめてくれる兄の胸に顔を押付けた。

そうすればこの惨めな顔を誰も見ることはないから。


「俺の妹は、アレクシアは強いってことを知っているさ」


「……にい、さま……私、私…うわあああああ」


それは私を決して否定しないという家族への安堵だった。

涙となって私の体から流れ落ちるそれを拭ったアダルフォは、太陽のような笑顔を向けてこう言った。


「さあ!サーシャ、ご飯にしよう!」


昔から変わらない、アダルフォの温かい笑顔。有無を言わせない笑顔。

アレクシアは、あの落ちこぼれと言われた日以来、やっと泣けて、笑顔を浮かべた。


「うん!」


その日の朝食はいつもより少しだけ塩辛かった。

あれから2年の月日が経った。

春になり、花々が顔を見せ始めた朝。今日はいつもより朝食も豪華だった。


「サーシャが今日から騎士科か。感慨深いな!だがなぁ、騎士科か、女生徒も少ないし、また何か言ってくるやつが現れるやもしれんし」


あの時と同じ笑顔を向けてアダルフォはそう言った。

アダルフォとは違う軍服に似た制服を着て、私は剣を携えた。一応魔法書も持ってはいるが、多分使うことは無いだろうと侍女に他の荷物と纏めておいてもらっている。

今日まで変わらず剣術、学術、それから魔術の訓練を積んできた。魔術は相変わらず上達しなかったけれど代わりに剣術は騎士団長に目をつけてもらえるほどになったため、アダルフォとは別の学科に行く。んだけど……。


「に、兄さん、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


「わからないだろう!?またお前に難癖付けてくるような奴がいたらすぐに俺に言うんだぞ!!魔法科だろうと騎士科だろうと俺が話してやるからな!」


「生徒会長に呼び出されるなんてその人が心配よ!」


あの日から過保護が加速していた。

引きこもっていた時期がアダルフォにとっては余程トラウマらしい。騎士科に行くと両親に相談した時、2人は少しだけ渋った顔をしたけれどすんなりと承諾してくれた。問題は今も目の前で説き伏せてくるアダルフォだった。これにはアレクシアの4つ下の弟フランツも苦笑いをしながら見ていた。


「いいか、まず言い寄ってくる男には気をつけること。それから同じ五大貴族と言えどティガー家のリリィ嬢以外は簡単に信用してはならないぞ、それから!」


「もう!耳がタコになるほど聞いたわよ!大丈夫だってば!」


「兄さん、姉さんももう子どもじゃないんだから」


「まだデビュタントもしていない令嬢など、子どもだ!」


「そこ正論返さないでよ」


「大丈夫よ!エテルも連れていくし!」


「むっ、なら……うん」


「なんでエテルの事は信用して私は心配なのよ!!」


私の肩に乗り欠伸をする小鳥の頭を撫でてアダルフォは納得したように頷いた。エテルとは小鳥の形をした水の精霊だ。所謂使い魔で、使役しているのは兄のアダルフォだった。初めて使役した日からなぜか私に懐いたため、私と共に学校に行くことになった。

利点といえば、何かあった時エテル越しに全てアダルフォに筒抜けになることだ。

先程のなにかあればすぐに言えというのは私ではなく、エテルへの命令だ。私に懐いている癖に「内緒にしてね」という我儘を聞いてくれたことは無い。


「大丈夫といって着いていってどこぞの令息に婚約まがいの事をされたことを忘れたのか!」


「あああ!!やめてよ!!気をつけるから!!」


「貴方たち!学園の転送陣が繋がったから早く行きなさい!広間で騒ぐんじゃありません!!」


カツン、と鋭い音がなった方を見ると大きな杖を片手に額に青筋を立てた母が立っていた。

ここで「でも母様!」と言えるほど私たち兄妹は愚かではない。

私とアダルフォは顔を見合せて、静かに魔法陣へと足を進めた。


「アレクシア、いってらっしゃい」


「父様、母様、フランツ!行ってきます!」


アレクシアは初めて使う魔法陣に不安な気持ちで足を運んだ。途端歪む視界にぎゅっと目を閉じた。


「アレクシア、目を開けてごらん」


アダルフォに言われ目を開けると、ほんの数秒前までは自分の家に居たのに目の前には大きな門とその先に校舎へと並ぶ木々。薄ピンク色に染まった木々は、小さな花びらを散らせていた。


「わぁあ、兄さん、この木はなんて木なの?」


「これは桜という木だよ。ヒノモトから取り寄せたらしい。花言葉は『精神の美』。どんなに優秀になったとしても驕らず己を磨き続けるという学園の方針を表しているんだ。ここではキルシュブリューテという呼び方をしていて現皇女様、フランツと同い年だったかな、あの方のお名前はこの花から来ているんだよ」


「たしか、キルシュ様よね。素敵ね!」


たくさんの生徒が歩く道に、ひとつふたつと落ちていく花びらはまるで生徒の入学を祝っているようでアレクシアはくふくふと微笑んだ。


「ん?どうした?」


「ううん、なんでも。兄さん、私すっごい楽しみになってきた!」


「それは良かった、楽しんで学んでおいで」


アダルフォの優しい笑み、目の前に広がる綺麗な景色に、たくさんの人。その全てがアレクシアの胸を躍らせた。

家を出るその時よりも逸る気持ちを抑えてアレクシアは足を踏み出した。


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