何事も始まりはある
何事にも始まりはある。
例えば永遠の命を持つ人外の者。
彼は本当に可哀想な存在だった。
幼馴染の少女と共に二人で廃墟を探検していた折。
彼だけが奇妙なコウモリに噛まれてしまった。
「痛っ……」
「大丈夫?」
「うん。平気平気! もっと奥まで行ってみよう!」
普段と変わらない会話をしておしまいだった。
二人は探検を続けて、夜遅くになって帰って、そして遅くまで遊びすぎとお互いの両親に叱られた。
変化に二人が気づいたのはそれから数日後。
「日差しが痛い」
彼はそう言って家に籠りがちになった。
「お腹が空かない」
彼はそう言ってご飯を食べるのをやめた。
「昼間は眠い」
彼はそう言って昼間に眠り、夜に起きた。
「大丈夫?」
少女だけはそう言って彼の家に会いに行っていたが、両親も含めて彼のことを人々は気味悪がっていた。
「大丈夫だよ」
寂しくて、怖くて、泣き出してしまった彼に少女は言ってあげた。
そのおかげで彼はどうにか日々を生きることが出来た。
やがて、一年が経ち彼は幼馴染の少女に背を抜かれた。
背も低いまま、声も高いまま、幼い顔はずっと変わらない。
おまけに彼は家から出ずに少女の訪問を家で待つばかり。
不審がって少女の両親や村人が彼女に様子を尋ねるが少女はいつも通り言うのだ。
「大丈夫。大丈夫だからね」
ある夜、旅の途中に村へ寄った高名な騎士が少年の話を聞いて血相を変えた。
彼は大慌てで少年の家へ向かい、彼の部屋の戸を蹴破ると、そこには少女の首から血を吸う少年が居た。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
少女はそう言って騎士へ言ったが、騎士は剣を抜いて少年へ向けた。
そして、少年は全てを悟りその場を走りだし、少女もまた彼を追い走り出す。
「君はここに居ろ!」
少年は少女に気づき叫んだ。
「大丈夫! 一緒に行こう!」
少女の言葉と意志を悟り、少年は遂に彼女の手を掴む。
最早、人ではない彼の足に騎士も誰も追いつけない。
少年は少女と共に世界へ逃げた。
少年は世界を彼女と共に逃げる。
成長しない少年と成長し続ける少女。
二人は何度も関係を偽った。
ある時は姉と弟。
ある時は母と息子。
ある時は祖母と孫。
一度足りとも真実の関係を世界に伝えることはなかった。
そして。
人間であった少女は老婆となり彼の先に死んだ。
「ごめんね。最期まで一緒に居られなくて」
節くれだった手の平をしっかりと握りながら少年は泣いた。
少年の温かさを感じながら彼女は泣いた。
少年は絶望して泣いた。
少女は未来を信じて泣いた。
・
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何事にも始まりはある。
そして、始まった以上は終わりがある。
永遠の命を持っていたはずの少年はある日、死んだ。
千年以上の時間を生きて、あっさりと死んだ。
彼は自らが生きていると実感のないまま生きて。
自らが死んだという実感のないまま死んだ。
故にぽつんと立っていた所に懐かしい顔が現れた時、混乱した。
「どうしてここに?」
「待っていただけ」
当然のように笑う少女に少年は呆れた笑いと。
涙を一つ流す。
「僕は永遠の命を持っていたんだよ?」
「うん。だけど、始まりがあったから、終わりがあるに違いないって思ってたの」
少女はけらけら笑いながら自らの手の平を見せる。
「私はおばあちゃんになったからね。それを実感してた。無限の時間があるってどれだけ信じていても、必ず終わりがあるって。まぁ、あなたの時間は人よりもずっと長かったけどね」
そんな彼女の笑顔を見つめながら。
少年は当たり前のことを噛みしめていた。
何事にも始まりはある。
今、ようやく自分の穏やかな時間が始まったのだと。
そう理解しながら少年は少女を抱きしめた。