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☆魔物界隈3大怨敵紹介の巻
隠匿魔法はヴィルフレドの助言もあり、習得に成功した。とはいえやはり加護の弱さ故に隠せるものの制限があるが、豊富な魔力量のおかげか、死なない限りはほぼ永続的に隠し続けられるらしい。
『聖女様が隠せないようなものでしたら私が代わりに隠しますよ。常にお傍におりますのでいつでも取り出せますし、お気軽にお声掛けください』と、ヴィルフレドから申し出られたが丁重にお断りした。いくら性癖知ったる仲とはいえど、ちょっとアレな品々を他人に預けるほど自分は酔狂ではない、断じて。
そして突然死した瞬間、性癖が周囲に晒されるという実質死体蹴りに等しいリスクが常に存在するので、今後は健康面に人一倍気を遣おうと心に誓う。
なお魔物や間者に命を狙われるリスクについてはほとんど解決したと言っても良くなったので考えないことにする。
と言うのも、うちの護衛騎士、本当に強かったのである。
あらゆる武具を使いこなす器用さと併せて、希少な高位闇魔法の優れた使い手でもあるヴィルフレドは、こと護衛をさせれば王国一との呼び声高いらしい。
元々は王族や高位貴族等の要人護衛をメインに勤めていて、その腕を買われて聖女付き護衛騎士に拝命されたとも事前に聞いてはいた。
聞いてはいたのだが、こんなに強いとは聞いていなかった。
魔王のいる領域に近付くにつれ魔物の数も増えていき、戦闘は激しさを増していく。
魔王からすれば封印の切り札足る聖女さえ仕留めれば勝ったも同然なので、戦闘中は必然的に私が狙われたり間者を差し向けられたりするのだが、ヴィルフレドが以前私に誓った通り、どれだけ強大な魔物だろうが一匹残らず、かつ一切の容赦なく魔物を八つ裂きないし串刺しにしていった。
私の視界に魔物が入り込む頃には、彼の一突きで『魔物』は『魔物だったもの』に変わり果てているのが常である。どれだけ魔物の猛攻を食らおうとも、その毛一本、血の一滴すら私の肌に触れることはなかった。
前線から離れた後方とはいえ、支援にかかりっきりで自身を守る余裕など殆どない中では大変頼りになる護衛騎士である。とはいえあまりの強さにちょっと規格外すぎない?とは思っていた。
そして私以外にも気付いている人間がいたようで、いつの間にやら調査されていたらしい。その結果、どうも私の神聖魔法と彼の持つ加護の特殊性が今日の異常なまでの強さの要因らしいことが最近になって判明したのである。
聖女の行使する神聖魔法のひとつ『全体強化』は味方の身体能力を上昇させる魔法で、特定範囲の全ての味方に効果がある。
効果は同一属性である聖属性に最も強く作用し、次点で聖属性と相性の良い火・土属性が続き、その後に相反属性である水・風、闇、といった具合で効果に差が出る。
とはいえそこは聖女様専用の魔法なだけあり、聖属性だけは別格ではあるものの、例え相反属性であったとしても火・土との効果量の差はそこまで大きくないらしい。
それに聖属性持ちは基本的に神官や修道女等の後方支援組が多く、『強化』系の恩恵を受けたところで戦う力を持たない職種でもあったので、今日まではその差について深く考えられていなかったのである。
しかしヴィルフレドは護衛騎士であり、生粋の武闘家である。そして弱いとはいえ聖属性の加護を持つ彼に、同じく聖女の神聖魔法『全体強化』は恐ろしく相性が良かった。彼だけに破格の恩恵を与えていたのである。
本来光と闇は相反属性にあり、強い闇属性の加護を持つ彼はそこまで強い恩恵は受けないはずだが、それでも聖属性でもあるが故に受ける恩恵の方が優先されるらしい。
元々強い力を持つ騎士が、更に聖女の後方支援を受けてより強くなってしまったのである。
その規格外の強さに王国最強と名高いパーシヴァル将軍と良い勝負になるのでは?と噂される程である。
もっとも、パーシヴァル将軍は集団戦でその才能を発揮するタイプなので、要人護衛等の個人戦に特化したヴィルフレドとは一概に比べられるものではないのだが。
その王国最強の名を欲しいままにするパーシヴァル・ランドグリーズは御年27歳。ランドグリーズ子爵家の当主であり、王国の誇るレーヴェ王宮武装騎士団を率いる若き将軍であり、今世における私の推しカプのひとりである。
彼が率いるレーヴェ王宮武装騎士団は、レーヴェガルド王国を護る剣であり、主に武具の扱いを得意とする者たちが集まる騎士団である。
剣士として天賦の才を持ち、子爵家の出でありながらも、パーシヴァル将軍はその腕を認められ弱冠24歳で騎士団の長に抜擢された。そして今日に至るまで華々しい戦果を数多く上げ、その地位を不動のものとしている。
冷静な観察眼や高い状況判断能力など、上に立つ将としての才にも恵まれており、国王はもちろんのこと、若き王子を補佐する懐刀としても名高い。
今回の遠征で副大将に任命されているのも、総大将たる王子殿下のお目付け役を兼ねているのだろう。
王家に対する忠誠心は国一番との呼び声高く、その高潔さから「騎士の中の騎士」として老若男女問わず国民からの評判も高いらしい。
燃えるような赤毛に、光の当たり方によって青から赤にも変わる、極めて珍しい青柘榴石の瞳。やや強面ながらも整った顔立ちに男らしい長身と筋肉質な体格を持ち、性格は大変生真面目かつ穏やか。
その見目の良さといい性格といい、非の打ち所ひとつないその姿は正に完璧な騎士様で、特に正統派騎士様好きの王国女性陣から絶大な支持を集めているとか。
王子と並んで王国内ファンクラブ最大手の双璧と呼ばれるだけはあると言えよう。
遠征中、将軍は聖女たる私にも大変良くしてくれており、その優しさとあまりの顔の良さにうっかり惚れそうになったが、彼にはレティシア姫という最高のお相手がいらっしゃるので辛うじて夢女にならずに済んだ。
先に推しカプにしておいてよかったと心の底から思うとは、将軍もなかなかに恐ろしい男である。王国随一の夢女製造機と呼んでも良いのかもしれない。
なおパーシヴァル将軍も聖属性の加護は持たないものの、元の強さに加えて火・土属性の強い加護を受けているぶん、並の人間よりは聖女の魔法の恩恵を受けているらしい。今回の遠征ではヴィルフレドに勝るとも劣らない獅子奮迅の大活躍で魔物を屠りに屠り、戦果を上げていた。
どちらにせよ魔物からすればヴィルフレドもパーシヴァル将軍も、はた迷惑な怨敵であることに変わりはないに違いない。
いや、魔物にとっての最大の怨敵がもう一人いた。
レーヴェガルド王国王子、レナート・ルツ・ルーンレーヴェ殿下その人である。
レナート殿下は御年18歳。レティシア姫の3歳上の実兄であり、レーヴェガルド王国の王位継承権第一位を持つれっきとした王子様である。
彼もまた若いながらもルーン王宮魔導騎士団の将軍の肩書を持ち、今回の魔王討伐の遠征では高齢の国王陛下に代わり総大将を任されている。
ルーン王宮魔導騎士団は、レーヴェ王宮武導騎士団と対をなす、レーヴェガルド王国を護る盾であり、主に魔法の扱いを得意とする者が集まる騎士団である。
王子でありながら魔導騎士団の長を務めるレナート殿下は、火・水・風・土属性と4つの強い加護を持つと同時に、王国随一の魔力量を誇る優秀な魔導士でもある。
元々王家の血筋は優れた加護と魔力を持つので、魔導騎士団の長は王族に連なる者が就任することが多いのだが、その中でも殿下は別格の強さを誇る。
見目は癖のない眩い金髪を、品の良い前下がり気味のボブに仕立て上げ、大ぶりな紅玉を嵌め込んだかのような美しい瞳は、その頭髪と同じく金色の睫毛に縁どられている。
兄妹なだけあってレティシア姫とよく似ており、その顔の造形は中性的かつ美しく整っている。しかし線はやや細いながらも間違いなく男性を思わせる程よい長身を持つ殿下は、まさに正統派イケメン王子様と言ったところだろうか。
そう、肩書といいその麗しい見目といい、大変素敵で正統派の王子様なのである。
ただし言動と行動にさえ目を瞑れば。本当に、喋ったり動いたりしなければ。
しかし極めて残念なことに黙らないし止まらないのがレナート殿下なのである。
この殿下、その正統派な見目に相反するかのように、ド天然と鬼畜生が同居したかのような破天荒な性格の持ち主なのである。ノリと倫理観は羽根よりも軽く、ついでに好奇心旺盛。
以上のことから、彼の周りで何も起きないわけがなく。
良く言えばムードメイカー、不敬を覚悟で言うならトラブルメイカーであるとは周囲の、主に殿下に振り回されている側の談なのだが、私もそちら側に回るとは思ってもみなかった。
これは遠征に出る少し前、"魔王討伐時の遠征では聖女が直々に出撃の号令を掛けるのが決まり"だと聞いた私は、総大将たる殿下にその内容の相談に訪れていた時の案件である。
「しかしどんな感じの号令を掛ければいいんですかね?」
神殿暮らしの長い私には号令と言われてもいまいちピンと来なかったので、その肩書故に号令をかけ慣れているであろう殿下であれば、さぞ有用なアドバイスをいただけるのではないかと思い、軽い気持ちで聞いたのだ。
遠征前で大変忙しいであろうにも関わらず快く時間を空けてくれた殿下は、その優美な口元に手を当てつつ、暫し思案した。そして何度か頷いた後、大変人の好い笑みでこう答えたのだ。
「号令なら、兵士たちのやる気をとことん刺激させるようなやつがいいかな。可能な限り殺意高めなやつだとなお良いね」
「殺意」
「例えばそうだね、『私にたてつく魔物は悉く皆殺しにしなさい』はどうかな?」
「どう考えても聖女よりも悪女が吐くセリフですよねそれ」
「変にオブラートに包むよりも直接的表現の方が伝わりやすいでしょ?それに僕たちが魔王ないし魔物を殺ることに何ら変わりはないわけだし、間違ったことは言ってないよ?」
爽やかな笑顔の裏に隠し切れぬ惨忍さを添えているから性質が悪い。
聖女に殺意高めの号令を頼むってどういう神経してんだ、こちとら穢れ知らぬうら若き乙女だぞ。精神年齢だけ見れば前世今世トータルでアラフォー超えてるけど、それはまた別の話である。
殿下に相談したのが間違いだったのは火を見るよりも明らかだったので、部隊内で最もまともな倫理観を持ち合わせているパーシヴァル将軍に相談相手を変えた結果、最終的に聖女らしい無難な号令になった。
殿下は大変不服そうだった。
また先日、突然降って湧いた魔物の群れを、殿下はたったひとりで壊滅にまで追い込んだらしい。
らしい、というのは私が途中までしか戦闘に参加できなかった為である。
殿下の放った火と土の複合大魔法『流星』は魔物の群れを無慈悲にも薙ぎ払ったが、前世、隕石の直撃で死んだ私には少々刺激が強すぎた。
戦の最中、突然昏倒した聖女に周囲は騒然となったが、当の殿下は『あれ?寝ちゃったの?寝不足だったのかなあ?しょうがないからそのまま寝かせといて、残りは僕が片付けるから』と呑気に呟きながら、逃げ惑う哀れな魔物の生き残りに容赦なく隕石を雨あられとブチ込んでいたらしい。
もちろん私のトラウマなぞ知るわけがない殿下に罪はないが、こんな戦場のど真ん中で突然寝る女だと本気で思われているのは甚だ心外である。
そしてこの一件以来、ヴィルフレドの過保護さに拍車が掛ったのは言うまでもない。そしてたぶんだが、殿下に対する彼の忠誠心は地の底まで落ちたように見える。
ここ最近では、聖女の恩恵をフル活用したヴィルフレドのあまりの無双っぷりに『もう護衛騎士を辞めて前線で戦ってくれないかな?そっちの方が早いから』と、レナート殿下から直々に勅命が下りたのだが、先日の流星の一件で忠誠心が霧散したらしいヴィルフレドは断固拒否の姿勢を取った。
中身はアレだけど、一応次期国王でもあらせられるお方の命令を拒否って正気か?下手したら死罪ぞ?と至極冷静なヴィルフレドよりも隣にいた私の方が余程ハラハラしていたが、『それなら聖女とふたりで前線に行けば万事解決だね?』という殿下の逆転の発想で、彼を私ごと魔物が跋扈する前線に放り出したのである。
正気じゃなかったのは殿下の方だった。
『聖女が前線にいた方が士気も上がる上に、最短距離で回復や強化を掛けられるからとっても便利だね!まあその代わりに魔物から最優先で常に狙われ続けるけど、そこは護衛騎士が串刺しにするから問題ないし。討伐効率も極めて良い上にひとつの無駄もない、まさに一石三鳥な作戦だったねえ?』とは後の殿下の談である。
士気が上がったのであればそれはそれで喜ばしいことではあるのだが、聖女を魔物寄せの囮にするな。
これ以外にも、それこそ対象を私以外や過去に広げたとしても、かなりの広範囲で殿下の武勇伝がそれこそ流星の如く部隊内に流れているのである。
見た目と性格は決して比例しない、たいへん良い例である。
なお殿下は御覧の有様だが、妹であらせられるレティシア姫はそんな兄に相反するかのように至って常識人らしい。
王子殿下が王妃様のお腹にうっかり倫理観を置き忘れて生まれたので、妹である王女殿下が兄の分まで代わりに持って生まれたに違いないのは確定的に明らかである。不敬すぎるので誰も口には出さないが。
しかし性格こそアレだが、国家運営に関してだけは至極真っ当な采配を行っている為、国民からは国王陛下に勝るとも劣らない人気を博しているらしい。
また見た目の麗しさと性格のド天然畜生さのギャップが乙女心を掴んで離さないらしく、やはり王国女子内では絶大な人気を誇っているとか。
これが二次元か、或いは部外者側であれば私も嬉々として推したに違いないが、極めて残念なことに完全に身内側に属してしまったので、やはり夢女にならずに済んだ。
いずれ殿下と一緒に推したくなるような運命の相手が、彼の横に立つのを待つばかりである。できれば歩くトラブル製造機の手綱をきっちり握れるような、真っ当な常識と倫理感を持ち合わせた相手がくることを祈っている。
そんな殿下の猫(の下僕)をも殺しかねない好奇心を敢えて遺憾なく発揮した数々の戦術と、パーシヴァル将軍が立てた綿密な部隊運用・兵糧確保等の戦略と、そして私とヴィルフレドの尊い犠牲もあってか、こちらには大した損害もなく想定よりも早いスピードで進軍できているらしい。
最後まで生き残った暁には危険手当をキッチリつけてもらおうと心に誓う。これで神本でも買い占めないと、とてもじゃないがやってられない。
それと結果的に人一倍頑張る羽目になったヴィルフレドと、殿下のそこそこ無茶で奇抜な作戦の数々に付き合わされ、だいぶ胃を痛めていたパーシヴァル将軍にはたっぷりと恩賞を与えるよう、重ねて国王陛下にはお願いしたい。
ついでに殿下の再教育も打診したいところだが、既に手遅れ感が否めないので心に留めておくことにする。
決して二度目の生も『流星』に直撃して死ぬのだけは避けたいからなどと、己の保身を最大限考えたわけではないです、断じて。
☆『全体強化』
聖女様専用スキル、『神聖魔法』のうちのひとつ。
超広範囲の味方に身体強化のバフを配る大技。そこそこの魔力を持っていかれるが、当人にしか恩恵のない各魔法の『強化』の上に重ね掛けが出来る上、半日は効果が持続するので、とりあえず掛けておけば並の兵士でも大体の魔物は対処可能になる優れもの。
なお聖属性持ちには想定を超えた強力なバフがかかる仕様が最近になって発見された為、一部神官や修道女の間で密かに筋トレブームが起きているとかいないとか。