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☆よいこのレーヴェガルド王国における魔法説明回
ほぼほぼろくな使い方しかしない予定なのでざっくり理解で問題ないです
魔王封印の為の遠征がはじまった。
さぞかし過酷な旅路になるだろうと予想し、聖女たる私も相応の覚悟を持って挑んだはずなのですが。
「私、どうして優雅にお茶をしばいているのかな……?」
良く晴れた昼下がり。
大街道から少し離れたところにある大木の下、設置されたテーブルの上には柔らかい木漏れ日が揺れ、真っ白なクロスに穏やかな陰影のアクセントを添えている。
目の前には品の良いティーカップに香り高い紅茶が注がれ、少し離れた所にはかわいい花形のクッキーが、やはり品の良い小皿にちょこんと盛り付けられている。
そう、行軍中であるにもかかわらず呑気にティータイムをキメているのである。
今は戦時中だと思っていたが、もしかして私の認識が間違っていたのだろうか。
「どう考えても不謹慎では?それに魔王とか魔物に襲われる可能性もあるよね?」
「街道沿いは騎士隊の定期的な巡回と魔物の討伐を行っていますので比較的安全ですし、万が一のことがあったとしても私がお守りするので問題ございません。
それに魔王も復活して日が浅いせいか、まだ積極的な行動は起こしていないようです。今も封印地周辺こそ魔物の数が増えているとの報告が上がっていますが、元々あの付近は監視用の騎士隊以外に人は住んでいませんし、人的被害も現在のところはまだ起きていないようです」
傍に控えていたヴィルフレドが、添えられた焼き菓子よりも甘い笑みを浮かべつつ答える。
相変わらず本日も絶好調の美男子っぷりだ、ひとたび彼の笑みを真正面から受けでもしたら、どんな女性でもうっかり従者沼に落ちてしまうであろう破壊力がある。
「まだ行軍も始まったばかりですし、今から気を張っていては身が持ちませんよ。ですので今はごゆるりとお寛ぎくださいませ」
そう彼が告げつつ紅茶のおかわりを注いでくれる。
ふわりと漂う上品な香りと、ティーカップの中を彩る美しい紅色と金の輪、そしてこの味。
あまり紅茶に詳しい方ではない私でも、ヴィルフレドの淹れる紅茶のレベルが極めて高いことは理解できる。私のいない十年の間に紅茶にハマったりしたのだろうか。
ひとまずお茶をしばいても問題ないらしいことは理解した。
せっかくなのでもうひとつ、以前より疑問に思っていたことを口に出す。
「ところでヴィルフレドは私の護衛騎士だったような気がするんですけど、どうして給仕まがいのことをしてるのかな?」
「私は貴女の護衛騎士であり、従者でもありますので」
「何の答えにもなってないけど、最近の奇行の数々への答えが出てしまった」
今回の給仕役は今に始まったことではなく、なんなら遠征が始まってから現在に至るまで、本来侍女なり執事なりがやるであろう身の回りの世話を何故か彼が行っていた。
それこそ朝、目が覚めると洗顔の準備から着替えの服の用意(流石に着替えの手伝いは全力でお断りした。とても不本意そうだった)がごく当たり前のように行われ、果ては各種食事の給仕から就寝の準備に至るまで、全て彼がこなしているのである。
その姿があまりにも自然すぎて、突っ込む機会を今日まで失っていたほどだ。
孤児院にいた頃は文字通りおはようからおやすみまで、全て彼が私のお世話をしていてくれていたのもあって深く気にしていなかったが、冷静に考えると護衛騎士の仕事の範囲とは到底思えない。
あと孤児院時代のそれも正直今となってはどうかと思うし、修道女たちも彼のあまりの甲斐甲斐しさに若干引いていたような気がする。
「私の世話をしながらの護衛は大変でしょう?私ももう子供じゃないし、流石に自分の身の回りのことぐらいならできるようになったから、ヴィルフレドは護衛だけに専念してほしいんだけど」
「いえ、聖女様のお世話をさせていただくことに幸せを感じこそすれど、大変だなどと感じたことは一度たりともございません。ですので護衛もお世話も、全て私にお任せください」
やんわりとノーを突きつけるが、思いのほか彼の意志と押しが強い。
護衛騎士と従僕を兼任する従者……はもちろん従者推し界隈では当たり前のように存在するし、どちらかと言わずともバリバリ私の性癖守備範囲内ではあるのだが、彼が国王陛下から賜った役職は、私の記憶の限りでは聖女付き護衛騎士だけのはずである。
そして鎧こそ着用してるとはいえ、いま彼が手にしているのは私の目の前にあるティーカップに合わせた品の良いティーポットとトーションのみ。護衛騎士であるにも拘らず実質丸腰である。安全面の観点から見ても本当に問題しかない。
「お世話中に帯剣しているところを一度も見たことがないんだけど、本当に大丈夫なの?」
「武装でしたらこちらに用意しております」
彼が手のひらを眼前に伸ばすと、地面にあった筈の彼の『影』の一部がまるで意志があるかのようにぬるりと動き出し、あっという間に漆黒の長槍に姿を変えたのである。
「お世話中は武骨故、武具類は全て聖女様の目につかぬよう私の『影』に隠してあります。他にも長剣や弓矢、聖女様の身を護るための大盾の他、短剣から投擲短槍まで多数取り揃えて万が一の事態に備えております。槍が最も扱い慣れていますが、もちろん他の武具も全て使いこなせますのでご安心ください」
ガチャガチャとけたたましい音をたてながら、あらゆる種類の武具が目の前に現れては山になっていく。種類といい量といい、ちょっとした武器屋が開けそうなラインナップである。
「凄いねこれ!でも一体どういう仕組みなの?」
「『隠匿』の闇魔法ですね。私は闇の加護を賜っておりますので」
大道芸も斯くやと思わせる芸当だったが、魔法の力だと思えばなるほどと納得がいく。
異世界転生と言えば魔法は付きもの、勿論レーヴェガルド王国にも存在している。
この世界には火、水、風、土、光、闇の6つの属性が存在し、貴族平民問わず全ての人間がどれかしらの属性の加護をもって生まれ、加護を受けた属性の魔法を行使することが出来る。
ただし加護の強さや魔力量は人によってばらつきがあるため、加護の強く魔力も多いものは上級魔法をいくつも行使できる一方、加護が弱く魔力も少ないものは僅かな低級魔法しか扱うことができない。
基本的にひとりにつきひとつの加護を持つが、人によっては稀に複数の加護を受けることがある。
複数の加護を持つ場合は、火・土・光か水・風・闇といった具合に、互いに相性の良い加護を持つことがほとんどで、逆に相反する属性、特に火と水・風と土・光と闇を同時に持つのは極めて稀とされている。ただし王族あたりは太陽神の加護を強く受けているので、それなりの頻度で4属性持ちが生まれるという。
なお6属性の中でも光と闇は希少性が極めて高く、発見次第、光は神殿に、闇は王国に身柄を保護され手厚く遇されるという。
私と別れた後、ヴィルフレドが孤児院の慰問によく訪れていた元騎士様、カーライル侯爵家の養子に入ったと聞いたときは大変驚いたものの、闇の加護持ちであれば納得できる。『隠匿』もそうだが、闇魔法は光魔法と同じく何かと有用なものが多いらしい。
ちなみに私は聖女の名前の通り、強い光の加護と、聖女のみが扱える神聖魔法を持っている。更に魔力量も極めて高いのだとか。
この辺りは歴代聖女も似たようなものらしいのだが、しかし私の場合は何故か光属性に加えて弱いながらも闇属性の加護も受けていた。
転生と言えば規格外、はある意味お約束みたいなものだけど、自分も例に漏れずそうらしい。とはいえ弱い加護なのと、周囲に闇魔法を扱える人もいないので持て余しているのが現実ではあるが。
それにしてもこれだけ沢山の武具が彼の影の中に隠されているとは、誰も想像もしないだろう。しかも一瞬で取り出し可能だなんて本当に便利な魔法だなと思いつつ、ふと脳内にひとつの疑惑が浮上する。
「まさかとは思うけど、今この場にあるティーセット一式も、普段ヴィルフレドの影の中に隠してたりとかしないよね……?」
「聖女様をもてなす為の道具一式でしたら、これに限らず各種取り揃えておりますよ?」
そう答えた彼が己の影に手をかざすと、可愛らしい刺繍の施されたクッションやふわもこブランケット等々見覚えのある生活用品から、果ては本棚やらドレッサー等々大型家具類まで、文字通り影からにょきにょきと生えてくる。ああ、あの用意されていた着替えの数々はこのクローゼットの中に入っていたのか……いやクローゼットごと隠すって正気か?
テーブルだとか椅子だとか、一体どうやって持ち運んでいるのかと思いきやそんなからくりがあったとは。貴重な闇魔法に私をもてなすためだけの私物を入れるな。
無限に湧き出るファンシーな雑貨と家具の山を前に一瞬意識が遠くなるが、流石に収拾がつかなくなってきたので一旦全てしまうよう指示を出す。
「ええと、そこまで気を回してくれて本当にありがとう。ヴィルフレドは本当に良い従者になったね……」
正直だいぶ、いやかなりやりすぎな気もするが、これもすべて私が少しでも快適な旅路を過ごせるよう彼なりに心を砕いてくれたのであろうと考えれば可愛らしく思えてくる。素直にお礼を述べると、褒められたことがよほど嬉しかったのか、彼は満面の笑みを浮かべつつ、山のような武具とおもてなしグッズの数々を己の影へと戻していく。
しかしこれが闇魔法なら、一応闇の加護がある私にも扱えないのだろうか。
「そういえば私にも闇の加護が少しあるらしいけど、もしかして同じことが出来たりする?」
「恐らく可能かと。ただし影に隠しておける物の量や内容は加護の強さに、隠せる時間は魔力量に比例します。聖女様の場合長く隠すことはできても、隠せる物に制限がかかりそうですね。それでも本や小物程度であれば少しの練習で隠せるようになると思います。
それにしても聖女様も闇の加護をお持ちなのですね。私にも光の加護が僅かながらあるそうなので、加護の強弱は在れど、互いに同じ属性の加護を受けていることになりますね」
「えっ、ヴィルフレドも光の加護持ちなの?」
「はい。偶然とはいえ聖女様と同じ加護を持てるなど、身に余る光栄です」
元々珍しい光と闇、おまけに相反する属性だから稀を通り越してほぼほぼ存在しないって神殿長が仰っていたはずだが、こんな身近にお仲間がいるとは。
まさかとは思うが、幼少期にひっついて暮らしていた際に、互いに加護をうっすらと与えあったりでもしたのだろうか、いやそんなはずは……無いとも言い切れないぐらいべったりしていたので否定できない。とはいえ真実は神のみぞ知るところである。
「相反属性かつ希少属性なのにすごい偶然だね。ところで『隠匿』の魔法だけど、今度時間があるときに教えてくれないかな?弱いかもしれないけど折角の加護だし、私にも使えるかどうか試してみたいな」
「ええ、聖女様がお望みであればいくらでも。ただ、その代わりと言っては烏滸がましいかもしれませんが、私にも光魔法についてご教授いただけないでしょうか?
加護も弱い上に周囲に学べる相手がおらず、使ったこともないのですが、少しでも聖女様のお役に立てるのであれば選択肢の一つとして取り入れようかと思い至りまして」
「もちろん!それならお互いに教え合う感じにしよう」
とても嬉しそうなヴィルフレドには悪いが、私には大変下種な下心があった
この『隠匿』、何かと後ろめたい部分がある我々オタクにとって大変有用な代物ではないだろうか。
これを使えば内容が若干アレなプロットとか、少々背後に気を付けないといけない神本等々、ちょっと人には見せられない品々をこっそりしまっておけるのではないか。
神殿生活中に起きた、うっかり他人に自作本を読まれてしまうなどの悲しい事故を未然に防ぐことができる、大変便利な魔法である。是が非でも習得したい。
「ああ、『隠匿』にはひとつだけ注意点があるのですが」
「注意点?」
「万が一術者が亡くなった場合、影に隠していた物は全てその場に吐き出されます」
絶対に突然死できない理由ができてしまった。
☆『隠匿』
闇魔法のひとつで、己の『影』にあらゆる物体を隠すことができる。高位術者にもなると人間すらも隠せるらしいが、内部の住み心地が大変よろしくないそうで、あくまで護衛対象等の緊急時の一時避難か、或いは”様々な理由”で死んだ人間の一時保管場所としての利用となるのが一般的。
術者が死亡すると影に隠れていた物は全て出てきてしまうので、人に見られたら困るものを隠す際には、主に自身の健康や安全等に気を配るなどの注意が必要になる。