幕間 推しとの遭遇と己が性質の自覚と-2-
☆前話と同じくヴィルフレド視点
長かったので2分割
三割のヤンデレ予備軍と七割の限界オタク布教活動なので注意
今日はかわいいかわいいフィーの誕生日だというのに、どうしてこうなってしまったのか。
文字通り人が変わったかのように目の前で熱弁を振るう愛おしい幼女を前に、俺はただひたすら聞き役に徹していた。
「私……、わたし……っ!従者がこの世で一番、いや銀河で一番好きだったじゃん!!!!!!!」
フィーの絶叫で飛び起きた俺の目覚めはすこぶる悪い。
久しぶりに見た彼女との甘美な出会いの夢を邪魔されたからではない、むしろ世界で一番、いや銀河一愛おしいフィーの声で目覚められたのだから、添い寝の恩恵を最大限受けることができたと言ってもいい。寝ても覚めても俺の女神が目の前に存在しているのである、常時であれば最高の朝だったに違いない。
しかし声はともかく、内容が聞き捨てならなかった。
絶叫の後、礼拝中まともに祈ってるところを終ぞ見たことがない彼女が、未だかつてないほど真剣な姿で祈りを捧げているのを見た俺の心は一瞬にして嫉妬に染まる。
『じゅうしゃ』が世界で一番好き?誰だその男。俺が一番だって前に言ってたじゃないか。よし消そう、そして彼女の一番に返り咲くしかない。しかし返り咲いてもまたほかの男に目を向ける可能性がある。やはり部屋から一切出さない方が良いのかもしれない、面倒はどうせ俺が見るのだから特に問題はない。
「は?じゅうしゃが銀河で一番好き?じゅうしゃって誰?俺が一番好きじゃなかったの?」
隣で横になっていた彼女を背後から拘束し、思わず耳元に吹き込んだ声は自分が思っているよりもずっと低くなってしまった。
普段から誰よりも何よりも大事にしていたというのに、彼女にはまるで伝わっていなかったらしい。如何に俺が彼女のことを愛しているのか、もう一度キッチリと骨の髄まで教え込み理解してもらわなければ。
返答如何によっては実力行使も辞さないと考える一方で、俺が起きていたことに驚いたのか、絶叫を聞かれていたことに驚いていたのか、はたまた別の理由か。
彼女は焦ったように言い返す。
「まってまって、違うのヴィーくん。『じゅうしゃ』は人間じゃない……いや人間だけど。『従者』だよ、騎士さまとか執事とか。」
なんだいつものか。本当にフィーは騎士が大好きだな。
以前、修道女が読み聞かせた絵本『姫様と救国の騎士』を知って以来、彼女の中では空前の騎士ブームが巻き起こっていた。
それこそ『ヴィーくんとけっこんする!』から『騎士さまとけっこんしたい!』にあっさり宗派替えするぐらいには好きらしい。思い出したらイライラしてきた。やはりわからせた方が良いのかもしれない。
「それなら俺がフィーの騎士になるって前に約束したじゃないか。つまり俺が一番のままなんだよね?」
彼女の敬愛を一身に受けるまだ見ぬ騎士を相手に殺意を抱いたりもしたが、まだ彼女の前には彼女の理想とする騎士は存在していない。いや厳密に言うと孤児院に慰問に来る元騎士がいないでもないが、彼は妻子持ちかつ、いい年なので問題はないだろう。
即ち俺が彼女の騎士になれば万事解決するので、その場で彼女の騎士になる約束を取り付けた。
国に仕えるとかお姫様を守るとか正直どうでもいいし興味もないが、彼女だけを守り慈しむ騎士になるのであれば吝かでもない、というよりも俺がならずして一体誰がなると言うのか。彼女には俺しかいないのだ、俺が彼女の騎士になるんだよ。
「そうだね……」と肯定する彼女の言葉に、全身を覆っていた妬ましさは簡単に消し飛び、代わりに愛おしさが溢れてくる。見てくれ俺を一番愛してくれている彼女が今日もかわいい。いややっぱり見るな、彼女を見ていいのは世界で俺だけだ。
俺には騎士の魅力がよくわからないが、彼女にとっては何よりも、いや俺の次に勝るものらしい。
しかし将来彼女の騎士になると約束こそしたものの、いざなってみて思っていたのと違う、などと彼女に言われては困ることに今更気付く。
一年前から元騎士に騎士の作法を学んだり、実際に剣を習ったりと少しでも早く彼女の騎士になれるよう努力こそしているが、きっと腕っぷしだけが強くてもダメなのだろう。絵本や寝物語を聞く限り、一概に騎士と言えど色々な種類があるらしい。
その為なるべく彼女の考える『理想の騎士さま』に摺り合わせる必要があった。
「それにしてもフィーはどうしてそんなに騎士が好きなの?」
彼女の艶やかな黒髪を弄びながら、なんてことない風に尋ねる。
実際は一字一句聞き逃す気がなかったので、彼女の口元に耳を寄せようとしたその時、
「それを説明するとす~っごく長くなるし即ち私の推し語りが聞きたいってことでいいのかな?!」
前を向いていたはずの彼女が勢いよく振り返り、その反動で避ける暇もなかった己の顎を彼女の頭に強かに打ち付ける。
彼女に怪我はなかったようだが、俺はぶつけた場所が悪かったのか流石に痛い。痛いのだがそれも彼女が齎したものだと思えば許されるし、ご褒美だとすら思える自分も大概だなと涙目になりつつも自嘲してしまう。
改めて彼女と目を合わせると、頭をぶつけてしまったことに対する申し訳なさを僅かに態度に示しつつも、それを上回る期待のようなものを覗かせていた。上目遣い可愛いな全て許した。
「フィーのことなら何でも知りたいから教えて欲しいな。今後の参考になるかもしれないし」
隠し切れぬ喜びで煌々と瞬く黄金色の瞳は、5年前のあの日、初めて彼女が見せてくれた笑顔をどことなく彷彿とさせるもので、思わず心臓が跳ねた。
何を言っているのか半分、いや八割程度は恐らく理解できているのだが、如何せん何が彼女をそこまで掻き立てているのかがわからない、というよりもこの子は本当に5歳児なのだろうか。
ませているとかそういう次元ですらない。その難解な単語の数々は一体どこで覚えてきたというのか。
突っ込みたいところは多々あるが、それよりも彼女の話す『理想の騎士さま』改め『理想の従者像』についての情報をこの際徹底的に聞き取る方が、長い目で見れば有用だと判断した俺は、ひたすら彼女の話す内容を頭に叩き込むことだけに専念することにした。
途中、院長先生や兄弟姉妹たちがやってきたが、彼女のあまりの気迫に気圧されたのか気付けばいなくなっていた。極めて賢明な判断だと思う。俺も彼女が絡んでいなければとっくに姿を消していたのは疑いようもない。
「邪魔者もいなくなったことだしもう一度従者の言葉遣いについて説明するね!あっこれサビの部分だからあと五回ぐらい話すかもしれないし応用編もあるから、その時また復習しようね。
言葉遣いについてもまあ立場によりけりなんですけどまずは王道かつスタンダードな忠臣系生真面目騎士様を前提に話しますね。やはり敬語、敬語は良いぞ。高貴で決して手の届かない高嶺の花である我が姫様に仕えるのだからもちろんパーフェクト敬語がベースなんですけど、これが同じ騎士相手だと僅かに敬語が崩れたりするところがとってもチャーミングだと思うんですよ。部下に指示を出してる時の強い命令口調もギャップがあって最高ですね。お姫様も普段とちょっと違う男らしい騎士の姿にドキドキしたり…。でもお姫様は彼らみたいに気さくに話しかけられることはないのですね…って内心ちょっぴり嫉妬してみたりするのもまた二人を隔てる身分の差を感じて大変エモだよね。いいから結婚しろ。
平民系従者の場合使い慣れないゆえにちょっと敬語が崩れちゃったりなんちゃって敬語で話すのも美味しいよね!普段はばっちりな敬語がうっかり気が緩んだ拍子にガバガバ敬語になるのも風情があるしむしろベースがガバ敬語でもそれはそれでエモですよ。この辺は実質主従の季語みたいなもんですね。その際に一人称が『私』から『俺』とか『僕』になるのも個人的には吝かでもないみたいな。幼少期からの付き合いが長い主従なら二人きりの時に『俺』でも悪くないしそこに過ごしてきた年月の重みをさり気無く感じて私的には最ッ高ですね!もちろん最初から『俺』ないし『僕』でも良いですね、前者なら貴族階級にいる高飛車系従者感があって良いし、後者ならちょっと自信なさげな従者感あってどちらもバックグラウンドをそこはかとなく感じてそそりますね。もういっそこの際お互い愛称呼びしてたりするとかわいすぎて爆発するよね、私が」
「つまり俺とフィーで例えるとして、普段の俺の一人称が『私』でフィーの呼び方が『フィローネ様』、二人きりの時だと一人称が『俺』で呼び方を『フィー様』にするとかわいすぎて爆発するということでいいのかな?」
「そういうこと!!!!流石ヴィーくん呑み込みが早くて助かる~!
ああそうだこれも関係性にもよるけど、主人に近い系従者ならここぞというところで呼び捨てにすると私調べ破壊力が増すから合わせて覚えておくと良いよ~!ヴィーくんも騎士志望だし、もしかしたらどこかで役に立つかもしれないよ!」
何処も何も彼女以外に役立てるつもりは毛頭ないのだが、またもやプレゼンに夢中になってしまっているので突っ込みどころを失う。あと爆発はしないでほしい、もしどうしてもというのであれば、俺も巻き込んで一緒に死んでほしい。
説明し疲れたのか、彼女的にきりが良いところだったのか、一旦プレゼンが途切れる。
その一瞬を見逃さずに彼女に水の入ったコップを手渡すと、「ありがとう~~!」とお礼を述べて一気飲みしていた。ああ来世があれば彼女の喉を潤す水になりたい。
それはそれとして良い機会なので、先程のプレゼン中に気になった部分を聞いてみることにする。
「フィー、質問なんだけど、従者における主人の呼び方には何か拘りがあるのかな?」
「大変良い質問ですね!!!!そこはもうお互いの関係性によって使い分けないといけません!!!!!!!
幼少期から見守る系ちょっと年の離れたお兄ちゃん系従者ならお嬢様一択だし、王国へのガチ忠誠心系従者なら我が君我が主、王様とか巨大権力者相手なら主君もいいよね!!!わんこ系従者ならご主人様もちょっとこうえっちな趣をそこはかとなく感じて良いですね。もちろん役職名+様も鉄板であり王道だし外せません!!!!!!もうほんと全部違って全部良い…主人の呼び方に貴賎なし……!」
「フィーは結局どれが一番好きなの?」
「何て難しい質問なんでしょう…!そんなこと言われてもほんと貴賎なさ過ぎて全部いいからなぁ。ああ、でも強いて言うならあれば役職名+様付けかなあ。でも暴走しちゃった主を諫める時なんかは名前+様付けみたいな感じで使い分けるのも美味しいかな?美味しいな!」
俺のかわいい純真な女神にえっち、なんてけしからん単語を一体どこの誰が教えたのか、あとで詳しく問いただすことにする。俺が教える予定だったのに、教えたやつはいつか確実に消そう。
やや不穏な空気を醸している俺に気付くことのないフィローネは、従者の性格について語り始めた。
「従者と言っても性格は様々。その中でもやっぱり忠誠心の強い生真面目系従者はもうグローバルスタンダードと言っても過言じゃないよね。
王国の為主人の為に粉骨砕身の精神で忠誠を捧げるその姿はまさに騎士の中の騎士、しかしその忠誠心の裏に巧妙に隠された零れなさそうで、でもふとした拍子に零しちゃう愛情はまさに隠しきれない隠し味、即ちビッグラブなんだよ。草葉の陰から永遠に愛でたいよね早く結婚しろ幸せになれ。
個人、即ち主だけに忠誠を誓っている従者もまたラブだよね。国の行く末が滅亡一択であろうとも世界に破滅が訪れようともそんなものはどうでもいいけど、主人だけはどんな手を使ってでも守り通す一途な忠誠心も最高に良い。このタイプはヤンデレ拗らせてる場合もあるけど私ヤンデレ従者めっちゃ性癖だからぜひぜひ健やかに拗らせて欲しい」
「やんでれ……?」
やんでれ、という単語が示すものが一体何なのか全く分からないが、彼女にとってはとてつもなく素晴らしい従者らしい。即ち彼女の考える『理想の騎士さま』像がこの『やんでれ従者』と呼ばれるものだとみて間違いない。そうとなれば是が非でも知りたい、そして俺こそが彼女の理想の『やんでれ騎士』に……!
「え?ヤンデレって何かって?精神的に病んでる&デレるを合体して『ヤンデレ』と読むように相手のことが好きすぎて好きすぎて震えるほど精神や情緒が不安定になってる人のことだよ。異常なぐらい相手に執着心を持ったり依存したりされたりすることを望むし倫理がアレでも幸せならオッケーですを地で行く傍から見たら完全アウト衛兵さんこの人ですのやばい人だけどそれだけ愛情が重いってことだからね。それってすっごくかわいいよね許しちゃうよね結婚しろ。
どうしても束縛監禁調教共依存のメリバのハッピーセットがついてきちゃうことが多いから道徳的にも倫理的にもアウトなことが多いけど。その場合快楽堕ちはおまけの玩具みたいで趣があるよね。
それも含めて愛情だと優しく包み込む懐深い主も良いけど調教洗脳快楽堕ちしちゃう主も私的にはアリだよね。従者が幸せなら(互いの生死と相手の幸不幸は横に置いといて)それはもうハピエンなんですよ異論は一切認めない。
あ~~~~~~従者でヤンデレ、もっと流行ってほしいけど布教するにはちょっと大変なんだよね、主に倫理面でのアレが。私的には大変性癖なシチュなんだけどなあ……。あっそれはそれとして逆に主がヤンデレで純粋な忠誠心を捧げてきた従者が調教洗脳快楽堕ちするシチュもすっごい滾るよね?!ねえヴィーくんはどう思う?!」
何だ俺か。
そうか、俺は『やんでれ』だったのか。
彼女に出会って、生まれて初めて沸き上がったこの気持ちが『愛』だと思った。
しかし『愛』と呼ぶにはあまりにも歪んでいることにも、薄々気付いてはいた。
「ヴィーくん?どうしたの?うーんやっぱりヤンデレの概念はこの世界の人類にはちょっと早すぎたかな?一旦忘れよっか!じゃあ次は従者界隈に於ける永遠のテーマ、主人と従者の距離感についてなんだけど……」
彼女が語り疲れて眠った後、聞いた内容は全て本に記した。
決して忘れないように。
彼女の『理想の騎士さま』になるだけではなく、この世でただ一人の『完璧な理解者』になる為には、この本の内容がいつか絶対に役に立つであろう。
歪んだ性癖を持った彼女を理解し、彼女の全てを包み愛することができるのは世界でただ俺ひとりだけ。
例え傍から見れば歪な愛情であったとしても、それが彼女にとっては『性癖』で、俺にとっての『性質』なのだから何の問題はない。
俺の月女神様、俺の性質を理解させてくれてありがとう。
☆ヤンデレ従者とメリバのハッピーセット
これは全て聖女様とヴィルフレドの心の内にのみ存在する固定概念です。そのため感じ方には個人差があります。またヤンデレを嗜むときは倫理観と道徳観を心の隅に必ず置き、用法容量を守って正しく愉しみましょう。