幕間 推しとの遭遇と己が性質の自覚と-1-
※幼少期のヴィルフレド視点。
長いので二つに分けます。
彼女との出会いは俺が5歳、彼女が0歳の頃だった。
王国北部の貧しい農村に生まれた俺は、その貧しさ故に4歳の時に両親に売られた。
銀髪に紫紺の瞳という珍しさもあったのだろう、物好きな好色家に引き渡される寸前に何とか逃げ出し、今いる孤児院に駆け込み半ば無理矢理保護してもらって以来、ずっと世話になっている。
生まれてこのかたろくな食事も与えられずガリガリに痩せこけた見目に、幽霊じみた白に近い銀髪は、孤児院の兄弟姉妹たちからすれば化け物のように見えたのだろう、好き好んで俺に近付いてくる人間は皆無だった。
院長先生や修道女たちも、沢山の兄弟姉妹たちの世話に忙しかったことや、表情の乏しい俺を扱いかねていたのであろう、食事などの世話はすれども深く関わろうとはしてこなかった。
俺自身、元々そういう性質なのか他人に興味を持てなかったこともあり特別気にもしていなかったが、それでも心の底では誰かに必要とされたいと願っていたんだと、今となっては思う。
実の両親にすら捨てられた俺だけど、それでも誰かに必要としてほしい、愛してほしいと心の奥底では渇望していた。
彼女を拾ったのは、本当に偶然の産物だった。
夕食を終え、談話室の片隅で兄弟姉妹たちが繰り広げるお喋りを眺めているだけの時間に苦痛を覚えた俺は、修道女たちの目を盗んでこっそりと庭へと抜け出した。
元々存在感のない俺ひとりがいなくなったところで誰も気付きはしない。
雲一つない冴えわたった夜空には黄金の満月が昇っていて、夜だというのに酷く明るく見える晩だった。
明日は初霜が降るかもねえ、なんて修道女たちが夕食前に話していた事を思い出す。
羽織るものを一枚持ってくるべきだったか、などと考えていたが今更談話室に戻るのも気が引ける。
身を切るような寒さから己を守るように、両手で身体を抱きしめながら通用門付近を歩いていると、微かな泣き声が耳に飛び込んできた。
泣き声を辿るように門の前へと出て見ると、おくるみに包まれた赤子が地面に放置されていた。
孤児院の前に子どもが捨てられているのは特別珍しいことではない。むしろ俺みたいに自ら飛び込んでくる方が余程珍しいらしい。状況からして捨てられているとみて間違いないだろう。
ただ実際遭遇するのは初めてだったので暫し固まってしまう。
院長先生をまず呼んでくるべきか……?少々迷ったが、寒い中冷たい地面の上に置いておくのもよくないだろうと、泣いている赤子を抱きかかえる。
生まれてからあまり日が経ってないように見える、王国内では己の銀髪以上に珍しい、漆黒の髪が印象的な赤ん坊だった。おくるみの色からして恐らく女の子だろう。
ぐずり続けるその子を前に……そもそも他者との接点が皆無だったのもあり、あやし方なんて碌にわからないので、ひとまず適当に揺らしてやる。
すると赤子はぴたりと泣き止み、閉ざされていた瞼をぱっちりと開いた。
深い闇夜にも屈することのない、煌々と輝く金色の瞳はまるで今宵の月のようだと思った。
先程ぐずっていたのがまるで夢幻だったかのように、俺に向ける無垢な笑顔は、まるで女神のようだと思った。
蔑みか、憐憫の籠った目でしか見られてこなかった自分に対して、生まれて初めて、俺だけを見て、俺だけに微笑んでくれた赤子の姿に、俺は雷が打たれたかのような衝撃を覚えた。
そして心の底から湧き上がってくるこの感情こそが『愛』なのだと、無意識に自覚したのだ。
もしも俺があの時彼女を見つけてあげなければ、彼女は凍死していただろうと後日、院長先生は言っていた。
俺以外の人間に世話をされると彼女は泣いてしまうので、修道女たちに教えてもらいながら、ほぼつきっきりで面倒を見てあげた。
彼女にとって恥ずかしい人間にならないように、お化けのようだと言われていた見た目にも気を遣うようになったし、食事もきちんと摂り、どんな時でも彼女を守れるように体力も付けた。
その甲斐あってか、かつて遠巻きで見ているだけだった兄弟姉妹たちの中には俺に話しかけてくるやつも出てきたが、彼女の世話に忙しかったのですべて無視した。
彼女は俺を必要としていたし、俺も彼女を必要としていた。そして彼女以外を俺は必要としなかった。俺を愛し慈しんでくれる彼女さえいてくれれば、それでよかった。
彼女の身元を示すものは、おくるみに挟み込まれた、恐らく彼女の生まれた日らしい数字が記された一枚のメモのみ。名前はどこにも書かれていなかった。
だから彼女に月女神と名付けてあげた。
夜を思わせる漆黒の髪に揺蕩う、満月のような黄金色の瞳を持つ彼女にぴったりな名前だと思った。
かわいくて愛おしい、俺だけの女神様。
死がふたりを別つまで、いや死後も永遠に彼女の傍に寄り添い守り慈しもうと、俺は生まれてはじめて、神ではなく俺の月女神様に誓ったのだった。
☆月女神様(フィローネ様)
レーヴェガルド王国で信仰されている月女神様。
王国を守護する神々には公式カプが存在するが、夜の女王たる彼女には唯一公式カプがいない。
ヴィルフレドもそれも理解した上で付けたと思われる。
例え神々であろうとも俺の女神様を嫁に出したくなかった模様。