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※聖女様の言葉遣いに一部修正を加えました。
聖女の神託が降りた以上、いずれ魔王が復活することは確定事項だったので、王国も聖女教育の他に、過去の魔王軍との戦闘データの再集計や、それを元にした作戦案の樹立、騎士の育成に傭兵の収集などを水面下で行っていた。
更に今回は十年もの猶予があったため、今までにないほど完璧な軍隊に仕上がったらしい。
魔王復活までの歴代最短記録は僅か半年程度だったらしいので、そういう意味では今回は本当に幸運だったと言ってもいいだろう。
そして魔王が復活して一月もしないうちに討伐軍の編成を終え、いよいよ出陣式の日取りとなった。
魔王封印の切り札である聖女の私も勿論参加している。
十年ぶりの娑婆の空気が美味すぎる…と謎の感慨に耽りつつ出陣式の会場前に訪れると、そこには夢のような空間が広がっていた。
あちらにおわします方は、泣きつく婚約者とおぼしき女性を前におろおろしている幼馴染系騎士様。
こちらにおわします方は、仕えているであろう高位貴族に頭を垂れる忠臣系騎士様。
そちらにおわします方は、軟派な態度で揶揄ってくる貴族男性と、それに振り回される生真面目系女性騎士様。
出陣式だと思ったら騎士カプのバーゲンセール会場にきていた。
十年に渡る禁欲の果てに、とうとう己にとって極めて都合のいい夢でも見てるのかな?と思ったが、いくら頬を抓っても騎士カプの群れが視界から消えないので幻覚ではなかった。最高です天国です本当にありがとうございます。十年間腐らずに生きててよかった!
己の身に降ってきた突然の幸運を前に、思わず一心不乱に神に感謝の祈りを捧げていると、突然ひとりの騎士が目の前に現れ、流れるような所作で膝を付き頭を垂れた。
「この度、聖女様付き護衛騎士を拝命したヴィルフレド・カーライルです。聖女様は我が命を賭してお守りいたしますので、どうぞご安心ください」
「……ヴィーくん?」
私の呟きにぱっと頭を上げた騎士様……美しい青年へと成長したヴィルフレドは、僅かな驚きを一瞬顔に浮かべた後、とろりとした笑顔で私を見上げた。
月を溶かしたような銀髪と菫青色の瞳こそ幼少期の彼のままだが、顔立ちは精悍なものへと変わり、私よりもわずかに高い程度だった背丈も今では私よりも頭一つ分以上高く、体格もすっかり大人の男のそれに成長していた。
しかし本当に顔が良い、十年前も絶世の美少年だったけど今は銀河いちの美丈夫といったところだろうか。おまけに以前は中々御目に掛かれなかった笑顔まで完璧に会得しているではないか、滲み出る色気の限界突破具合が凄まじい。
色味も相まって冷たく感じる切れ長の瞳に、やや陰のある雰囲気からの笑顔のギャップ、これは確実に王都中のお姉さまから絶大な支持を得ているに違いないし、ファンクラブが乱立しているのは想像に難くない。
「私のことを覚えていてくださったのですね。この十年間、聖女になった貴女の騎士になることだけを考えて日々研鑽を積んできたのです。お迎えが遅くなり申し訳ございませんでした、今後は決してお傍を離れません」
以前手ずから教えた完璧な台詞をスラスラ述べる彼に私は確信を持った。
彼もまた、私と同じく従者沼にガッツリ落ちたのだと。
信じて送り出した幼馴染が立派な騎士様ガチ勢になって帰ってきた……!
いや(神殿に)送り出されたのは私の方な気もするけど、それはそれ。
「完璧だよヴィーくん、いいえヴィルフレド!暫く見ない間にすっかり立派(な騎士ガチ勢)になっちゃって……!もう私から教えることなんて何もないや、今後は立派な騎士さまとして従者萌えの布教活動に邁進してほしい」
「いいえ、聖女様と比べれば私などとてもとても……。まだまだ至らぬ点も多くあります故、今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します」
「謙虚かよ……従者の鑑か?
わかりました、そこまで言うのであれば私としても吝かでもないし。流石にあの五日間では魅力の全てを伝えきれなかったから。ああでも今はちょっと推しカプを物色するのに忙し……ではなく流石に旅の途中でそういう話をするのは些か不謹慎だから、魔王を封印してからにしようね」
「ええ、聖女様に仇名すものは全て八つ裂きの上、我が槍の錆びにして差し上げましょう。もちろん魔王とて例外ではございません。御身の前に立ちふさがる魔物は一匹残らず殲滅いたしますので、どうぞご安心くださいませ。」
大変良い笑顔なのに言動は極めて物騒、ギャップポイントが高いです本当にありがとうございますとても好きなやつです。
そういえば昔、布教活動の際にうっかり第二の性癖『ヤンデレ』についてヴィルフレドに熱く語ってしまったのだけど、若干その影響を受けているのかもしれない。
当時10歳の子どもに語るのはいささか問題があったのでは?と後になって思ったりもしたし、説明中に少しずつ情緒が乱れていた気がして心配になったりもしたけど、結果的にこの程度で済んでいるのであれば問題はないだろう。たぶん。
いやでも執着束縛監禁調教共依存のメリバのハッピーセットとか調教洗脳快楽堕ちエンドとか、いくら中身がアラサーでも見た目5歳児が10歳児相手にしていい話じゃなかったわ。
内心で当時の己の所業について真摯に反省しつつ、彼の爽やかな笑顔を受け止めていると、一連の流れを見ていたらしい周囲の皆様がぎょっとしている。
まあこれだけの国宝級イケメンが笑顔で魔物殲滅宣言してたらそりゃびっくりしますよね。しかし本当に正面から受け止める笑顔の破壊力がすごい、あんまりやりすぎると死人が出るからほどほどにしてほしい。
私は幼少期からヴィルフレドの国宝級顔面に接してるのもあってある程度の耐性があるが、それでも結構刺さるし直視するのも一苦労である。
これ討伐中ずっと眺めないといけないんだよね、更に耐性上げておかないと私でもうっかり天へ召されるかもしれない。魔物よりもよっぽど命の危険を感じる顔面って何なの?罪深いな。
なんにせよ布教活動がこうして実を結んだところを見れたので、今世はもう思い残すことはないのかもしれない。
あとはサクッと魔王を倒して余生は推しカプ観察と、今となっては立派な趣味となった主従モノの執筆活動に現を抜かしつつ平穏な暮らしでも……などと考えていたその時だった。
「パーシヴァル将軍、兄上……どうか、どうか無事に帰ってきてくださいね。貴方たちが死んでしまったら、わたくしは生きていけません……!」
腰まで伸びたやや癖の強い艶やかな金髪に、紅玉のような瞳を持つ美しい少女、レーヴェガルド王国の王女レティシア姫の前に跪く、ひとりの騎士。
燃えるような赤毛を後ろに流し、それと対照的な瞳の色は夜明け前の空のように深い群青色で。面を上げた瞬間僅かに赤みが差したその色は、さながら青柘榴石のような美しさだった。
「ご安心くださいませレティシア姫。私も、殿下も必ず生きて戻って参ります」
出征に心を痛める王女様の悲痛を少しでも和らげようとしたのであろう、騎士の顔には絶対の自信と安心感が伺える。
それでも心配なのか、何度も無事を祈る王女様の姿に、私の脳内で性癖センサーがけたたましく鳴り響いたのである。
王女様、これはもう絶対に騎士さまに惚れてますね、と。
そしてこれは従者ガチ勢の私だからこそ見逃さなかったのだが……騎士様の瞳にも、本当に本当に僅かではあるものの主従を超えた思慕の情のような熱を、見出したのである。
その瞬間、長らくの禁欲生活で色褪せた私の脳内にあらゆる色が宿り天からは光が降り注ぎ祝福のラッパが高らかに鳴り響いたのち、底が抜けた。
そう、とうとう遭遇してしまったのだ。
今世における、最大の『推しカプ』に。
☆ヴィルフレド様ファンクラブ
どこか影のある男を好む王国女性から熱狂的人気がある。
最大手の双璧である王子派、将軍派と比べると会員数こそ劣るものの濃度はだいぶ濃いめ(=ガチ勢多数)