消えた3艦
「全部ダメですね、個人のも含めてです」
副長の田上二佐が、声を低くして話した。「まだ大丈夫ですが、どこかの時点で説明が必要になってくるかもしれません」
思いつく限りのあらゆる手段で外界との連絡を試みて数時間経つが成果が上がったものは皆無だった。現状、思いつくものは全て羅列して試みていたが成果を得られたものは何もなかった。
異変は、日付が変わってすぐに起こった。
航海士から位置情報の取得が不能になった旨の伝達が入ったのだ。
最初は『ひゅうが』個艦の問題かと思われたが、次々に第3護衛隊群の所属艦から同様の異常が起きた旨の連絡が入ってきた。そのため現在では護衛隊群全体の問題として対処するべきだとの方針になっていたが、経験したことのない状況に対処に戸惑っているというのが本当のところだった。
何しろ、原因が全くわからなかった。
「司令部との連絡も取れませんし、電波状態全般に悪いようです」
司令部と連絡が取れない上に電波状態全般に悪い状態だった。悪いというよりは何も入ってこないという状態だった。
「う〜ん、昨夜から続く嵐のせいだろうか?」
第3護衛隊群は、昨日から規模の大きくない低気圧に突入していた。予定航路を変更するという考慮をするほどでもない小規模の低気圧だった。護衛隊群は、その低気圧の中心部に向かう進路だったが単縦陣で航行を続けた。雲底が低く降水量は多くなかったが雷の頻度がやや多かった。各艦はそれぞれPDEC避雷針によって直接の落雷被害を受けることはなかったが、それこそ艦隊の周囲を駆け巡るように稲津が何度も何度も走った。
その光景は気味が悪かったらしい。稲妻がまるで龍が迷走するように何度も海上を駆け抜けたのだと。艦隊の前方を後方を左右を包囲するように走る稲妻はベテランの下士官でさえ気味悪がった。
「全艦が、司令部と連絡取れない状態なので…これはやはり異常事態かと」
「航海長、現在位置は把握できているか?」
「恐らくはハワイとの中間地点の手前かと思いますが…GPSはもちろん、あらゆる位置把握システムがダウンしている状態ですから…」
位置が正確に把握できていた時点からの航行データから概算する以外に現状の位置把握は不可能だった。まだ時間経過も短く大きなズレはないとの認識だった。
「なんとか正確な位置を把握してくれ」
「はい、やってみます」
航海長は、途方に暮れながらも返事をした。
「問題は」
副長がさらなる問題点を上げてきた。「予定されているひゅうがの艦載機着艦訓練が困難になったことです」
艦橋に集まっていた全員がはっと顔を見合わせた。
「現状全く通信が行えない以上、かなり困難かと思います」
日本を飛び立った艦載機、2機のF35は洋上で空中給油訓練を行った後に『ひゅうが』にて訓練を兼ねた着艦を実施する予定だった。予め、概略は決めてはあったが最終段階では緊密な相互通信が必要になる。現在位置が正確に把握できない以上、航空隊を正確に誘導できな危険性もあった。
2機のF35を洋上で失うわけには行かない。
表向きには『ひゅうが』クラスはF35を運用できな手前になっていたが、極秘に行われた難燃化と補強工事によって『ひゅうが』の飛行甲板の35%は垂直離着陸機の離着艦が可能だった。これは、自国の艦載機のためだけではなく、友軍(主には米軍になるが)の垂直離着陸機の緊急着陸を受け入れ可能にするためだった。
「とにかく、司令部との連絡をどんな手段でもいい、取れるよう努力してくれ」
「承知しました、やれるだけやってみます」
船務長が下がるのを見届けると副長がささやき声で話しかけてきた。
「艦長、みょうこうとまきなみが応答してきません。他にも給油艦のおうみもです。他の艦から隊内無線で連絡が入りますが、これら3艦は応答がない状態です。舷側灯の点灯を命じますか?」
現在艦隊は訓練の一環で完全な灯火管制の中に置かれていた。
「良いだろう。どのみち正規の訓練は始まっていないしわけだしな。レーダーに反応ないな?」
「はい、船務長に確認しています。3艦はもちろんですが、それ以外にもレーダーに探知できるものはありません。商用航路から外れていますし、この時期この海域で漁船は操業していません」
「よろしい、各艦に舷側灯の点灯を命じろ」
「了解です」
結果、やはり『みょうこう』と『まきなみ』、『おうみ』の3艦は反応がなく、舷側灯が確認できたのはその3艦を除く5隻しかなかった。
夜が明けても視認できる範囲にその3艦は見つからず、『ひゅうが』を中心とする輪形陣を命じたがその3艦からは応答もなく姿を見せることもなかった。
昨日こそ海上に多少のうねりはあったが今朝はそれもなく太平洋と呼ばれるに相応しい凪の状態だった。2隻なら通信が途絶した状態で衝突し轟沈したという最悪の事態も想定できなくはなかったが、3隻が同時に忽然と姿を消したとなると衝突したとも考えられなかった。
「艦載機に偵察させますか?」
朝になってもどこの部隊や基地とも連絡が取れない状況は続いていた。
「よかろう、本艦からシーホーク2機、あたごから1機を発進、それぞれ0度、120度、240度を哨戒させろ」
「了解です」
松下は、一旦全員を下がらせると、黙考した。
哨戒によってこつ然と消えた3隻のうち1隻ですら見つかるとは思っていなかった。それでも捜索を兼ねた哨戒に向かわせたのは、何かが分かるかもしれないと思ったのだ。何をだと問われたら返答に困るが、現状では全く何もわからず手立ての立てようがなかったからだ。
あるいは、地球上から自分たち以外の全人類が消えてしまったのかもしれない、と考えてフッと笑った。異常事態ではあったが、人智を超えるような事態が起こるはずなどなかったからだ。
しかし、後になってこの思考がある意味正鵠を射ていたと知ることになろうとはこのときの松下には思いもよらなかった。
個人に名前を振っていないのですが、名前があったほうがよいでしょうか?